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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜非望〜 五百四十四話 そこに達成感などなく

 ズキッと、脇腹が鈍い痛みを伝えてくる中、アレルは大角牛(ホーンブル)を倒す為の策を考える。その時間を(かせ)ぐ為に、アレルは左手でナイフ帯からナイフを一本取って大角牛(ホーンブル)に残されたもう一つの目を狙える様に構える。

 すると、先程片目を潰されたのが相当に(こた)えているのか、大角牛(ホーンブル)はこの場において初めて後退(あとずさ)る。


(あんまり良くねえ傾向だな······これで退()くって事は、危険を判断する程度の知能が最低限あるって事になる。これなら、まだ本能的に攻撃を繰り返してくるヤツの方がやりやすかったかもしれない)


 アレルは、最低限の知能がある事が判明した事で、相手を馬鹿にした駆け引きが使えなくなったと判断する。それに、ナイフをチラつかせた事で怒りではなく怯えを見せた事で、敢えて怒りを誘って逆上させる事も難しいと考える。

 ただ、そうして(にら)み合っているだけなのも時間が勿体(もったい)ないので、アレルは曲がっている長剣を直そうと剣先を地面につけて該当箇所を足裏で踏み始める。かなり雑なやり方で、シープヒルでの時と合わせて考えるならば長剣はもう鍛冶屋で直しを頼まなくては使い物にならなくなってしまうだろう。それでも、この場だけでも(しの)げれは良いとアレルは長剣を使い果たす覚悟でそれを行う。

 その間、アレルが常にナイフを投擲(とうてき)出来る様に構えているのを警戒してか、大角牛(ホーンブル)はアレルの行動を見過ごしている。だが、そんな大角牛(ホーンブル)からはアレルと同様に、この場の勝利を収めんと何やら画策している気配が感じられる。


(まあ、こんな奴といつまでも(にら)み合っている訳にはいかないんだ。とにかく、今どうにかしなくちゃいけないのは攻撃面だ。どうにか手持ちだけで、アイツの息の根を止めないと)


 斬れ味の落ちた長剣、ダガー、投げナイフ、魔物に命があるかは判らないが殺す事にソードクラッシャーは使えない。他に、右足のブーツに隠しナイフがあるがダガーや投げナイフと同様に、致命傷を負わせるのは難しいだろうとアレルは考える。

 最悪、今構えている投げナイフでもう片方の目を潰して逃げる事もアレルは考え始める。ただ、そうして逃げる事も念頭(ねんとう)に置き始めたアレルは不意にある作戦を思い付く。そして、それを遂行(すいこう)する為にアレルは密かに周囲の位置関係を確認する。


(向かって、左前方の道の先にアリシア達の乗る馬車があって、そっちにはそれなりに(みき)の太い木も数本は存在している······何とかなりそうだな)


 そう判断したアレルは、即座に構えていたナイフを大角牛(ホーンブル)の残っている目へと投擲(とうてき)する。それも、今度は狙いが相手にも判りやすい様に上手投げで回転させずに真っ直ぐ投げる。

 だが、それを最も警戒していたであろう大角牛(ホーンブル)は、いとも容易(たやす)くその角でアレルが投げたナイフを叩き落とす。

 でも、アレルはその結果を見る事なく大角牛(ホーンブル)へ背中を見せて、空いた左手で脇腹を抑えながら馬車が走っていった方へ逃げ出す。怪我なんてしてない右足を引き()りながら、判りやすい恐怖をその顔に貼り付けて、みっともなく滑稽(こっけい)に手足の動きもバラバラな状態で必死に逃げ出す。


 その姿に、大角牛(ホーンブル)は何を思っただろうか? 自分の命惜しさに、戦いを放棄(ほうき)する(みじ)めな存在にでも見えたか? そんなちっぽけな存在を、殺す価値なんて無いと興味も失せたか?

 答えは、否。大角牛(ホーンブル)は、まるで好物を前にして我慢(がまん)が出来ない子供の様に喜々とした雄叫(おたけ)びをあげながら、アレルの情けない背中に突進を始める。それは、既に自らが勝者だとでも言わんばかりの反応だった。


 アレルは、そんな大角牛(ホーンブル)の様子を、恐怖に染まった表情を作りながら首だけで振り返り肩越しに確認する。そうして、最早止まる事の出来なくなった事を確信したアレルは、引き()るみたいにしていた右足を大きく踏み出して道を外れ真っ直ぐに駆け出す。

 きっと、大角牛(ホーンブル)が馬鹿でなければそれで(だま)されていた事に気付いただろう。しかし、いくら普通に走れたとはいえ、人間の足では大角牛(ホーンブル)の突進を振り切れる程の速度で走れない。それ故に、(だま)されたと気付いたとしてもその優位性は崩れないと考え、突進を止めようとはしないだろうとアレルは考える。

 だが、大角牛(ホーンブル)が追いつくよりも先に、アレルの目の前には人一人と同程度の(みき)の太さをした木が立ち塞がる。それも、全速力で走っていたせいで左右どちらかに回避する事も叶わない。


 勝った、そんなアレルの状況を真後ろで眺めている大角牛(ホーンブル)はそう確信した事だろう。(だま)されはしたが、この人間は自分よりも(おろ)かだったと優越感に(ひた)ってもいただろう。

 アレルが、本当の狙いを見せるその瞬間までは。


 あと一歩と、立ち塞がる木が目の前までアレルに迫った次の瞬間、アレルは牛と人間との違いを見せつけるかの如く、木の(みき)に足をかけて垂直に登り始める。これも、ロバートから教わった事ではあるが、走った勢いを利用しても咄嗟(とっさ)に行ったアレルでは五歩程度駆け登るのが限界で、アレルはその最後の一歩で木の(みき)を蹴って大角牛(ホーンブル)を上から見下ろす様に身体を背面側に縦に回転させる。

 そこで、ズシンッと突如として標的を失った大角牛(ホーンブル)がそのまま木の(みき)へと衝突する。そこから、アレルの目には映る世界がスローモーションにでもかかったみたいにゆっくりと見え始める。

 衝撃で揺れる木から木の葉が舞い散る中、それらよりも早く足を下にして落下していくアレルは右手の長剣を下に向け両手でしっかりと握る。そうして、アレルが狙うのは首の付け根の部分なのだが、時の流れがゆっくりに感じられているアレルには余裕があるので正確に狙う事が出来る。ただ、後は真っ直ぐに落下するだけ、そうなったアレルには逆にその変化した時間間隔が(わずら)わしくなってくる。

 体感覚だけが引き伸ばされ、思考速度の方は変わらないのでアレルはその瞬間が訪れるまで色々と考えてしまう。アリシア達はどこまで逃げたのだろうか、瑠璃とは精神感知で届く距離にいるのだろうか、長剣の代わりにこれからはシープヒルで(もら)った騎士剣を使うしかないななどと考える。


(そういえば、無意識に使用を避けていたけれど、身体強化を使えばもっと楽に勝てたのかな?)


 そう、今頃気付いた事ではあったが、アレルは夢で見たものの影響で無意識に魔力の使用を控えていた。正確には、マスラオから教わった循環の使用に二の足を踏んでいた。

 マスラオと暴走を引き起こした声の主、そのどちらもが自身の中にアマデウスとして存在しているなら、マスラオから教わった方法は夢で見た周囲を消し去る暴走に(つな)がるかもしれない。その懸念(けねん)が、この戦闘においてアレルの無意識下で魔力の使用自体を控えさせていた。

 ただ、その事にアレルが気付いた所でようやく長剣の切っ先が大角牛(ホーンブル)に届き、その瞬間からアレルの体感時間も元に戻る。


 ──ブモォッ······!?


 ズブブッと、落下で加速したアレルの荷重が加えられた刃の切っ先は、驚く程に抵抗が少なく深々と大角牛(ホーンブル)の首をその頭上から突き貫く。一瞬、断末魔の様な叫びも聞こえたがそれも直ぐに止み、広い背中へと着地したアレルはその足場が揺れた事で咄嗟(とっさ)大角牛(ホーンブル)に刺さったままの長剣から手を離し、背後へと飛び退いて背中から降りる。

 ドシンッ、とその巨体が横倒しになるも、アレルは直ぐに気を抜かずにダガーを右手で抜き放つ。それから、しばらくダガーの切っ先を横倒しになった大角牛(ホーンブル)へ向けていたアレルだったが、再び動き出さない事を確信してダガーを納める。すると、ヒラヒラと先程散った木の葉が横たわる大角牛(ホーンブル)の体へ落ちてくる。


(案外、幕引きは呆気(あっけ)なかったな)


 そう思いながら、アレルは大角牛(ホーンブル)の死体へ近づき、刺さったままの長剣を引き抜こうと柄を握る。その際、返り血を浴びたくないアレルは、正面から引き抜かずにやや斜めから背中に足をかけて長剣を引き抜く。

 すると、ブシャッとドス黒い血液が噴出はするものの、絶命して血流がない為かアレルが思っていた程の出血はなかった。続けて、アレルは(ぬぐ)(がみ)代わりに持っていた粗末(そまつ)な布の切れ端で、長剣の刀身を(ぬぐ)ってから長剣を鞘へ納めるのであった。



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