一章〜非望〜 五百四十三話 闘牛士の様にはいかない
改めて対峙すると、その大きさがまじまじと理解出来てくる。体高は約百八十cm、全長は三m強といったところで、その前方に向かって大きく湾曲した角は丸太の様な太さがある。
そんな大角牛が、その足を地につけて動きを止めると、アレルの方も長剣を右手で持ち左手では外套を摘んで広げる。その姿は、さながら闘牛士のそれに倣うみたいに。
しかし、アレルの外套は漆黒で赤くはない。それで、対峙する大角牛が食い付いてくれるかは判らない。それでも、目眩まし程度にはなるだろうと、アレルは広げた外套をヒラヒラと揺らして大角牛の突進を誘う。
──ブモォォォォ!!
すると、大角牛は自身が挑発されてると解ったのか、雄叫びをあげながらアレルへと突進を繰り出してくる。それに、アレルはヒラリと広げていた外套を背中へ翻すと同時に、サッと大角牛の向かって右側へ移動して突進を躱す。その際に、長剣で胴体を斬りつけるが、筋肉が分厚くてあくまで表皮を削る程度の傷を付けるに留まってしまう。
(手応えが、まるでゴムタイヤでも斬りつけたみたいだ。これだと、身体強化で斬撃力を増しても然程結果は変わらないだろうな)
そう感じたアレルは、狙いを筋肉の付いていない関節へと変更する。しかし、相手は人間ではなく四足獣である為に、狙うべき関節はどれも正面からでは狙いづらい位置に存在している。
加えて、しっかり狙おうと棒立ちでもしようものなら、周りの木々を薙ぎ倒す様な勢いで放たれる突進の餌食になりかねない。更に言えば、その突進は威力だけでなく分厚い筋肉の鎧も纏っていて、生半可な攻撃では足を止めさせる事すら出来はしない。よって、投げナイフでの牽制も役に立たないとアレルは判断する。
ただ、幸いな事に分厚い筋肉はそれなりに重いのか、突進の速度は決して遅くなくともアレルにも対応可能な速度に留まってくれている。それに、未だ攻撃を喰らってない事もあり体力も充分に残っている。それならば、幾度か攻防を繰り返す内に好機も訪れるだろうと、アレルは先程と同様に外套を左手で広げる。
──ブモォォォォ!!
雄叫びと共に、その紅い目でアレルを捉えた大角牛は再び真っ直ぐにアレルへ突進してくる。
それに、今度は身を屈めて角を躱したアレルは、そのまま前脚を見逃して屈んだ状態から伸び上がる様にして後ろ脚の付け根を斬り上げる。続けて、斬り上げの動きを利用してくるりと大角牛から離れる様に身体を横に回転させる。
すると、流石に関節に筋肉が付かないのは魔物でも同じだったのか、アレルの手にする長剣の刀身にはベッタリとドス黒い血液が滴っていた。しかし、それでも魔物であるせいか、振り返ったアレルが見た大角牛はそれがどうしたと言わんばかりに平然としているみたいに見えた。
(それぐらい、大した事ありませんってか? フザケてやがるな······それでも、何度か繰り返して斬り落とされても同じ様にしてられるかな?)
手応えを感じたアレルは、そうして再び長剣を構えるも大角牛がやけに大人しい事に違和感を感じる。そして、その違和感は以前にもどこかで似た様なものを感じた気がすると思った瞬間、大角牛が上体を起こすと共に両前脚を高らかと掲げる。
そこで、アレルはアリシアと出会った時に戦った影獣が魔法を使ってきた際の事を思い出す。
「不味ッ──」
アレルは、即座に構えていた長剣を防御に回すも、反応が遅れた事で先手を許してしまう。
──ズドンッ!!
と、大角牛の前脚が地面を叩いた瞬間、アレルの足元の地面がグラグラと立っていられない程に揺れる。この時、影獣の時の様に何かが飛んでくる事に備えていたアレルは不意を突かれ、完全に体勢を崩されるも咄嗟に地面に突き立てた長剣のお陰で何とか転ばずに済んでる状態になってしまう。
そんな所へ、大角牛は容赦なく突進を繰り出してくる。その突進前に叫んだ雄叫びは、まるで策に嵌まったアレルを嘲笑うみたいに高らかだった。
(不味い、このままだと突進をまともに喰らっちまう。こうなったら、一か八かやってみるかッ)
覚悟を決めたアレルは、近づいてくる大角牛に対して左手でナイフ帯からナイフを一本手にし、下手投げで回転させる形にして大角牛の片目を狙って投擲する。
当たるかどうか判らない、ましてや刺さるとも思えない。それでも、現状ではどうにかして突進を阻害してその威力を削るか進路を曲げさせる他に手はない。
そうして、放たれたナイフはクルクルクルクルと回転しながら大角牛へと迫り、突進中は頭を動かす事が出来ないのか徐々にその片目へと向かっていく。向かってくる大角牛と、飛翔するナイフ。その二つがまさに交差した瞬間、けたたましい叫び声が上がる。
──ブモォォォォン!?
運が良かったのか、アレルの投げたナイフは大角牛の片目に突き刺さる。しかし、それでも大角牛の突進は乱れる事なくアレルへと向かってくる。
「クソッ!?」
間に合うかどうかは判らない。それでも、アレルは足元の揺れが止まった瞬間に長剣を抜いて横に跳ぶ。すると、寸での所でギリギリ躱せるはずの位置までどうにか移動出来た。
それなのに、片目を潰された執念だったのか、大角牛は体勢を崩して倒れ込むのも覚悟で回避したアレルの身体に丸太の様な角を薙いできた。
「──グッ!?」
反射的に、アレルは長剣を自身と角との間に差し込んで防御するも、突進の勢いも乗っていたのか長剣だけでは受け切れなかったアレルは角にふっ飛ばされてしまう。だが、アレルはきちんと受け身を取る事で、その衝撃を受け流して即座に立ち上がる。
「──痛ッ」
瞬間、アレルの脇腹に痛みが走る。ただ、魔神のアンデッドとの戦いの経験から、骨が折れている程の痛みではなくあくまで打ち身程度のものだろうとアレルは考える。
それよりも、深刻なのは防御に使用した長剣の方で、こちらも魔神のアンデッド戦にて曲げられた部分で受けてしまった為か再び曲がってしまっている。でも、剣が使えなくなるのを気にして重症を負った時よりかは多少マシになったかなとアレルは思う。
ズドドッズドドッと、その一方ではナイフで片目を抉られた大角牛が地面を叩き鳴らしながら、その痛みにのたうち回る。その姿を眺めながら、アレルは斬撃に期待が出来なくなった長剣でどう戦うかを考える。
(歪んだ刀身では、何度も関節を斬りつけて脚を斬り落とすのも難しい。かといって、ダガーを使った所で難しさはそう変わらない様に感じる。それに、打ち身とはいえ、この痛みは戦いが長引けば身体の動きにも影響が出る······さて、どうするかな)
そうして、アレルが打てる手段を考えていると、痛みに慣れたのか大角牛が鼻息を荒くしてアレルを睨み付けてくる。その眼光に、睨み付けてんじゃねえよとアレルは睨み返す。そして、次の攻防で決着をつけてやると心に決めるのであった。




