一章〜非望〜 五百四十一話 出発の前に
どうして、こんな風にしか出来ないのだろうとアレルは自身の不器用さに辟易する。さっきのミリアにしても、踏み込まれたくからといっても他にいくらでも言い方なんてあった。それを、あんな言い方しか出来なかったとアレルは反省からため息を吐く。
そんなアレルを心配してなのか、どんな時だろうとアレルの味方でいてくれる瑠璃が声を掛けてくる。
──主様、あんな奴の事なんて気にする必要ありません! どうせ、また何か食べれば直ぐに忘れる様な奴なんですから。
瑠璃はそう言うものの、流石のミリアもそこまで単純ではないだろうとアレルは思う。しかし、そう言ってもらえて少しは気が軽くなったのも事実ではあった。
(······瑠璃、あんまり人を小馬鹿にするのは止めろよ。でも、少しは気持ちも軽くなったからありがとな)
いえいえと、言葉を返す瑠璃と一緒にアレルはメッサー達が去って尚、この場に留まり続ける黒羽根達の元へやって来る。すると、わざわざ朱羽根を出せずとも黒羽根達は態度を改めて畏まる。
「アレル様っ、何か御用で御座いましょうか?」
「いや、用とかじゃなくてそろそろここを離れようと思ってな」
「そうでしたか······」
特に用は無いと言うと、残っていた二人の黒羽根はあからさまにホッとしたみたいな反応を返してくる。その様子に、少し違和感を感じたアレルだったが、その辺りは目の前の二人がここに残された理由でもあるのだろうと見過ごす事にした。
「なあ、最後に何か新しく入ってきた情報とかってあるか?」
「へ? あっ······はい、一つだけ御座います。もう聞いてるとは思いますが、王都側が街道警備強化の一環だとブルックス領へ介入しようとしてますよね?」
「ああ」
「それで、膠着状態の現状を打破する為に、近い内にセドリック・ハウザーというハウザー家の分家に婿入りした者が派遣されるという情報が御座います」
セドリック・ハウザー、その名前を初めてアレルが聞いたのはパメラやロナと話している時だった。
その男は、パメラに懸想しているという話で、元はキンバリー領領主モーガン・ドートレスの部下で街道警備の手腕は中々のものだったらしいとアレルは聞いている。ただ、セドリックは扱う剣術に特徴があって、騎士剣を片手に持ちもう一方の手で何かしらの二次的武装を扱う認知度の低いパウリー流というものに固執しているという話だった。
その剣術も開祖がセドリックの先祖だったり、婿養子のくせに家の為にと側室を持とうとしていたり、出世の為に主であったモーガンを見限ったりと、アレルの見立てではかなり自尊心の強い人間だと見ている。
「そうか、セドリックの奴がねえ······」
「ご存知なのですか?」
「いや、会った事なんて一度もないけど、見かけたら玉を潰しておくって約束をしているんだ」
話を聞いた時、パメラがやけに嫌がっていたのを知っているアレルは、遭遇する機会があったならそれぐらいの事はしてやっても良いと思っている。大体、分家とはいえ家の血を継いでいる娘が子を産む事で血筋を繋ぐのに、入婿が側室を娶って子を作るなんて家の乗っ取りと変わらない。
仮にも騎士を名乗る人物が、そんなカッコウみたいな真似をして恥ずかしくないのかとアレルは思う。
(それに、そんな邪な願望の片棒をパメラに担がせる訳にもいかないしな。······一応、友人だし)
そんな事を思うアレルに、瑠璃は主様にそんなご友人がいるんですねと返してくる中、どこか呆然とした表情を浮かべる黒羽根が辿々しくも口を開く。
「た、た······玉? いや、いやいや······なんで、そこまでなさるのでしょうか?」
「ん? それは、ソイツがパメラの事を狙っているって聞かされたからな。パメラは、一応俺の個人的な友人でもあるし、いつまでもそんな奴が近くを彷徨いてるのも嫌だろうから······不能になれば、付き纏う事も無くなるだろ?」
すると、アレルの言葉というよりかはパメラの名前が出てきた事に、アレルと話していた黒羽根は異様な程に驚く。
「パメラ様がですかッ!? ······それならば、他の者にも通達して監視をさせておきます」
ゴゴゴゴゴと、まるで親の仇でも見つけたかの様な怒気を纏い、黒羽根は不穏当な事を口にしてくる。
それに、アレルは何故そこまでやる気を漲らせているのだろうかと首を傾げる。もしかして、羽根達の間ではパメラはアイドル的な人気でもあるのだろうかとアレルは考える。ただ、そうしてアレルがその理由を考えていると、目の前の黒羽根がアレルへ真剣な目を向けてくる。
「アレル様、こちらでも色々と対策しておきますが、万が一の時はお願い致します」
「あ、ああ······任せとけ」
アレルと話していた者と、その後ろで黙って控えていた黒羽根と、その二人が揃って丁寧に頭を下げてくる光景に気圧されたアレルは反射的にそんな事を口にしてしまう。玉を潰すと言っても、それは冗談半分でセドリックには他で何かしらの釘を差すつもりだったのだが、アレルはこれで引くに引けなくなってしまった様な気がする。
(このままだと、物理的に釘を刺す羽目になりかねないな。まあ、この場は取り敢えず逃げるか······この先、セドリックに出くわすとも限らないし)
そう思い立ったアレルは、これ以上有益な情報はないだろうと判断して逃走を図ることにした。
「それじゃ、俺はそろそろ出るから門扉の開閉を頼んでも良いか?」
「はい、それでは馬車が動き出したら対応致します」
「ああ、ありがと」
取り敢えず、この場は凌げたとしてアレルは礼だけ伝えて馬車へと戻り始める。ただ、セドリックに対しても本気で何か考えておかないと駄目だなと、アレルはまたも悩みを一つ増やしてしまうのであった。
──主様、そんなに悩まずともその時が来たなら、即座に潰してしまえばよろしいのでは?
(いや、潰すって言っても気軽に潰せる程簡単に潰れないはずなんだ······確か)
それに、この世界には回復魔法が存在している。なので、物理的に不能に追い込むよりも、精神的に不能へと追い込む方が効果的かもしれないとアレルは考える。
確か、魔法では欠損を治す事は出来ないという話だったが、例え潰れてもものがあるなら回復は可能かと考えた所で、アレルは急にいつまでも考えている様な事ではないなと思考を放棄する。
──主様?
(もう止めよう、こんな話。パメラに関しては、どうでも良くないがセドリックの事なんかその時に考えればいいだろ)
──はい、そうですね。ところで、パメラ様ってどなたなんですか?
そんな瑠璃の質問に、アレルは一瞬だけ足を止めてしまう。それまで、自然と話を合わせていた瑠璃だったが、思い返せば瑠璃と出会ったのはパメラと別れた後で瑠璃がパメラと会った事はなかった。
それを思い出した事で、アレルはふと笑みをこぼしてしまう。
(そういや、瑠璃はパメラに会ってないんだよな。なんか、瑠璃とはずっと一緒にいたみたいに感じているから、パメラと会った時も一緒だった気になってた)
──そう感じで頂けてるなら、ルリも嬉しいです! でも、パメラ様ってどんな方なんですか?
(ん? え〜っと、掴み所がないように見えて実はしっかりしているところもあってな。それで──)
と、アレルは瑠璃にパメラの事を話していく。いい加減だったり、逆に自身よりも用意周到だったり、でも色々と迷惑かけられたりもする。
そんな色んな一面を見せながらも、面倒なところはあるが今も順調に旅をしていられるのはパメラのお陰でもあるとして感謝もしているとアレルは瑠璃に伝える。そうして、パメラの事を話し終えると丁度アレルと瑠璃の二人は馬車の前まで戻って来るのであった。




