一章〜非望〜 五百四十話 連鎖する不和
避けてないかと、そう問われてからの組分けの話だ。アレルとしては、そんなつもりで口にした訳ではないがアリシアには曲解して伝わっているかもしれない。
ただ、アレルの中にアリシアを遠ざけておきたい気持ちがないのかと問われれば、全くないとは即座に言い切れないのが現状だ。第一に、昨夜からの気不味さがあるのだが、それとは別に今の旅で最も重要な人物がアリシアだ。そのアリシアが、無事に公国まで辿り着けてこそ今回の旅に意味が出てくる。
それ故に、アレルの個人的な感情は別にして、どうしたって何を後回しにしてでもアリシアを優先してしまう傾向がある。それは、ある意味正しくて決して間違った事ではないのだが、この先どこで何が起こるか予想しづらい道中ではアリシアに気を取られて他への警戒が薄まるのは非常に不味い。なので、アリシアの無事が最優先である事に変わりはないのだが、アレルの中で優先度が突出してしまっているアリシアの事を一時的に遠ざける事で、アレルは考え方を万遍ない形にしておきたかった。
──あっ、主様······その、驚いたとはいえすみませんでした。
と、そこへアレルが瑠璃の精神波的なもので堪えているのに気付いた瑠璃が、そうやって謝ってくる。
(いや、気にしなくていい。俺も、話し方が悪かった)
すると、既に食事は終えたのか瑠璃はアレルの肩へと止まりに来る。そこへ、アリシアの様子を一瞥したメリルがアレルへ訊ねてくる。
「あの、それは何か理由があっての事なんですか? 単純に、ルリさんを介したやり取りを試すなら他にも方法はある様に思えますが」
「確かにそうだけど、シープヒルでは結局やらずじまいになったから結果的には良かったけど、突発的な状況だったから瑠璃とアリシア達との間ではやり取りが上手く出来なかったかもしれなかっただろ? でも、今は瑠璃が文字を覚えてくれたから、それもある程度出来る様になっている。それを、余裕のある内に少し訓練しておこうって考えと、前に話した町への入り方がシープヒルで有耶無耶になりつつあったから改めて引き締める意味もある」
「あっ······あの時は、ミリアの事を優先してそのまま皆で入ってしまいましたからね」
どこか勢いが削がれた様子から、アレルが危惧した通りメリルの中では既に全員一緒に動くものだという認識が出来つつあったみたいだ。それと、流石にシープヒルの件では気にしているのか、ミリアの玉子スープを食べる手がピタリと止まる。
そんな中で一人、唯一アリシアだけがまるで何かを耐えているみたいに、一言も発する事なくじっと動かずにいる。流石に、そんな様子を放っておける訳もなくアレルは確認の声を掛ける。
「あの······さ、アリシアはそれで大丈夫か?」
「うん、平気······私は、アレルの言う通りにするから、続けて」
平気と、解ったではなく平気と口にするアリシアにどこか引っ掛かるものをアレルは感じる。しかし、ここで踏み込めばまた昨夜の様に恫喝してしまうのではと恐れたアレルはそのまま引いてしまう。
「ああ······分かった。じゃあ、一応組分けの説明をすると、瑠璃を預けるなら俺以外で一番懐いているアリシアに、んでアリシアの護衛は俺だと意味が無いからミリアにって感じかな。護衛って観点では、ミリアは俺より上だしミリアの苦手な警戒に関しては俺よりも感覚の鋭い瑠璃がいる。そういった意味では、俺が傍にいるより安全かもしれない」
「あの、その言い方だとアタシの方は安全ではないのでしょうか?」
そこへ、アレルとアリシアに対してどこか違和感を感じた様子のメリルが、場の空気を和ませる事を狙った一言を発する。
なので、そんなメリルの思いを汲んで、アレルは敢えてわざとらしく大袈裟に肩を竦めてみせる。
「そこは、俺を信頼してくれって言いたいところだけど······善処はする」
「そんな言い方だと、余計に心配になりますよっ!」
アレルの発言に、メリルの方もわざとツッコミを入れるみたいな返しをしてくれる。
しかし、それでケタケタと笑うのはミリアだけで、アリシアは依然として黙ったままだった。その事に、メリルはどういう訳なんですかと目配せしてくるも、アレルには首を横に振る事しか出来ない。それに、呆れた様子のメリルは全くとため息を返してくるのであった。
そうして、朝食が終わり食器の片付けをメリルが引き受けてくれた中、出発の準備に木箱やら焚き火の後始末やらを片付けたアレルは、荷台に置いていた篭手を身に着けてから離れた所で徐ろに長剣を振り始める。
古流の動き、それを頭の中で思い描きながらロバートの教えを思い出したアレルはゆっくりと剣の軌跡をなぞっていく。思い返せば、動きを身体に覚え込ませるにはこのやり方が適していたはずなのに、昨夜は焦る余り我武者羅に剣を振るって時間を無駄にしてしまった。
そう反省するアレルは、殊更丁寧にゆっくりとした動きを心掛ける。まるで、何かに対する後悔を上書きでもしているみたいに。
「おいアレル、何を遊んでいるんだ?」
そこへ、手が空いて暇なのかミリアがアレルへ話し掛けてくる。ただ、集中しているアレルは声のした方を一瞥もせずに、身体を動かし続けたままで返す。
「型の練度上昇を狙っての動きだ。俺には、逐一時間を掛けている暇がないからな。こうして、密度の方を高めているんだ」
頭の中に残る、ルクスタニア流剣術古流の剣閃をゆっくりながらも正確になぞる事で、頭の中の動きを身体へ、身体から筋肉の一筋一筋へ、その正確な動きを一つずつ伝え刻み付けていく。一見、ミリアの言う通り遊んでいる様に見えるかもしれないが、こういった正確な動きを覚えさせる事が咄嗟の反射として身体の動きに出てくるとアレルは考える。
ただ、尚も理解を示さない様子のミリアに対して、アレルのフードから一つの影が飛び出していく。
──この、痴れ者がぁ!!
ビシッと、これまでよりも速度を増した瑠璃の体当たりがミリアの額を捉える。それは、今夜の事でアレルと離れる事が決まった鬱憤を晴らすみたいに、どこか八つ当たりめいた勢いがあった。
そんな瑠璃の姿に、アレルはそこまで想ってくれてる事に感謝と申し訳無さを感じる。
「瑠璃、暴力的な事は止めなさい。そういうのを続けていると、口よりも先に手が出る様になるから」
──はい、主様がそう言うなら止めます。
瑠璃は、アレルの言葉でスッとミリアから離れるとアレルのフードの中へと舞い戻る。そんな瑠璃の様子はいつも通りなのだが、瑠璃の体当たりを喰らったミリアは当たりどころが悪かったのか瑠璃への文句を口にしてこない。
「なあアレル、お前アリシア様と何かあったのか?」
それどころか、アリシアとの様子がおかしい事にまで気付いて、そんな事を訊いてくる。それに、多少は戸惑ったもののアレルは鍛錬を一切止める事なくそのまま受け答えをする。
「······特に何も。それが······どうか、したか?」
「いや······なんというか、アリシア様がなんと言えば良いのか判らんが、そのお前と話していない様に見えてな」
「······単純に、嫌な所でも見つけて嫌いになったってだけだろ? 良いじゃないか、そっちには好都合なんだから。それより、クリスは呼ぶ名前を気を付けろ。ここならまだ良いが、出発した後は徹底しろよ」
その言い方が気に食わなかったのか、ミリアは何も言わずにツカツカとアレルへ近づいてくる。それに、鍛錬を粛々と続けるアレルは、確かに言い方が悪かったと思うので一発か二発ぐらいは覚悟する。
「片付け終わりましたよ〜! アレルさん、お待たせしてすみませんでしたぁ」
が、そこへ片付けを終えたメリルの声が水を差す。すると、ミリアが舌打ちと共に足を止めたので、アレルも鍛錬を終わりにして長剣を鞘に納める。
「クリス、言いたい事があるなら後にしろ。まずは、ここを出発する準備をしてくれ。俺は、向こうにいる連中に挨拶してくるから」
「話なんてないから、もういい。······好きにしろ」
ミリアとしては、珍しく気を遣ってやったのにと、それを不意にされて不愉快なのだろう。それだけ言うと、どこか不満そうに馬車への方へと戻っていく。
そんなミリアの姿に、アレルはアリシアに続いてミリアまでと、自身が一行の雰囲気を悪くしているなとどこかへ消えていなくなりたい気持ちになる。アレルは、そんな感情を抱いたまま残っている黒羽根達に、ここを立つ旨を伝えに行くのであった。




