一章〜非望〜 五百三十九話 共有しても深まる溝
荷台を降りたアレルは、テーブル代わりの木箱に瑠璃の蜂蜜水を置いてから、メリルに取り分けて置いてもらったパスタと玉子スープを受け取る。
「ありがとな」
「いえ、こちらこそですから」
そうして、朝食を瑠璃と一緒に食べ始めたアレルではあったが、瑠璃の事も気遣って半分程食べ進めた所で一旦手を止める。
「あのさ、全員で共有しておきたい情報があるんだけど、食べながらで良いから聞いてくれないか?」
「うん、私はほとんど食べ終わっているから」
「アタシも、大丈夫ですよ」
──ルリも、大丈夫です!
アリシア、メリル、瑠璃と、ちゃんと言葉を返してくれる中、ただ一人ミリアのみがフガフガと口の中に玉子スープを流し込みながら首を縦に振る。
そんなミリアの姿に、話す気を若干削がれてしまったアレルではあったが、文句を言いたいのを我慢して話を切り出す。
「じゃあ話すけど、少しこれからの事を話しておきたくてさ······今日は、これから旧道を通ってヘッケルまで行くつもりなんだけど、ヘッケルから先はまた街道を進む事になる。そこで、街道の方に少し問題があってさ、シープヒルでの一件に託つけて王都から街道警備強化の為の兵士が派遣されているらしい。でも、そんなのはただの建前で、十中八九アリシアを捕らえる為の兵士だと思う」
「待って下さい! それでは、街道に戻るのは危険なのではありませんか?」
黙ったまま、膝の上の両手を握り締めるアリシアに代わり、メリルがアレルの発言に待ったをかける。それに、アレルは首を横に振って返す。
「兵士が、そのまま街道にへばり付いていたらな。でも、大丈夫なんだよ。現状、辺境伯暗殺の疑いを王都へ向けているエリオットが、ブルックス領の領境で派遣された兵士を堰き止めているんだ。それで、今は王都側の兵士の受け入れを決めている辺境伯とエリオットの間で揉めていて、エリオットの部下と王都の兵士が睨み合っている間にエリオットがダリアへの呼び出しを受けているって状況らしい」
「えっと、それってどういう事なんですか?」
「つまるところ、俺が辺境伯暗殺を狙った計画かもしれないって吹き込んだエリオットと、そういう事情を知らない辺境伯とで親子喧嘩中って事だな。まあ、そのお陰で街道を押さえるはずだった兵士が領境で足止めされているんだから、助かってはいるんだけどな」
「おいアレル、お前まさかとは思うがそれを狙ってエリオット殿に色々と吹き込んだのではあるまいな?」
疑問を呈するメリルに代わり、ミリアが珍しく食事の手を止めて訊ねてくる。それには、アレルも多少驚きつつも軽く肩を竦めて返す。
「だとしたら、俺は策士になれるだろうな。残念ながら、俺が意図したものではないよ。それでも、エリオットの奴がそうしてくれてなければ、今頃セプルス・クレイル領方面とリバッジへの分岐の辺りまで王都の兵士が睨みを利かせている状況になっていたな」
実際には、親子喧嘩を装った辺境伯による時間稼ぎなのだが、それをアリシア達へ伝える事で気を緩められても困る状況だ。そして、何より辺境伯がどういう考えで動いているか判らない以上、下手に味方かもしれないとアリシア達へ伝えるのは悪手の様にアレルには感じられる。それ故に、あくまでもこちらには関係ない所での話だとしてアリシア達には伝える。
「それと、クレイル領と公国の境にある砦には既に王都の兵士が駐留しているらしい。幸い、セプルスとリバッジにもそういう輩が送られたらしいんだが、そっちは辺境伯が手ずから自分より弱い奴に守りなんか任せられないって排除したって聞いてる。······まあ、自領でデカい顔されるのが嫌だったんだろうな。それでも、何人かは街中に潜んでいる可能性は残っている。だから、現状は前と後ろを押さえられつつある状況にあるって事を知っておいてくれ」
これは、ある意味で賭けになる。何故なら、アリシア達はそれぞれにどこか打たれ弱い所を持っている。だから、本来なら不安などを感じさせずに先へ進むのが良いんだが、この先は無警戒では危険が伴う可能性がある。
それ故に、アレルは敢えて切羽詰まった現状を教える事で警戒を促す事にした。ただ、警戒以前にアリシア達の精神が疲弊してしまえば元も子もない。
ビットーリオ配下の監視網が整うのが先か、アリシア達の精神が摩耗し切ってしまうのが先か、それとも一行が国境を越えるのが先になるのか。ここからは、本当に時間との戦いにもなってくる。
(······まあ、俺もアリシア達の事を言えない程度には精神が揺れたりもするけど、それでもどうにかするしかないからな。それに、厳しい状況は相変わらずでも、希望がない訳ではない。きっと、どうにか出来るはずだ)
アレルはそう思うも、実際には精神的な負担はアレルの方が大きい。ここでは話していないが、現状で最も怖いのはどんな結果になるのか予想もつかない元黒羽根の拉致に関する事だ。
メッサーやジェシカに任してはあるものの、最悪なのがアリシア達の目的地がアエシュドゥスだと判明してしまう事にある。王都からの兵士は、辺境伯が止めてくれていると考えると、その情報が漏れた場合に差し向けられるのは暗殺者である可能性が高い。
そして、差し向けられる暗殺者の事を考えると、その危険性をロナに示唆された『蜃気楼』と対峙する事もあり得るだろうとアレルは考える。姿が見えない上に自身との実力差がある敵、それがどこで遭遇するかも判らない状況は想像以上に精神を削る事になるはずだ。そこに、早くアリシア達を公国まで抜けさせてアエシュドゥスへ向かわせなければという焦りと、差し向けられる暗殺者との実力差を早々に埋めなければという焦りまで加わる。
「まあ、脅すつもりなんてないけれど、ここから先は速さも重要だし警戒も更に強める必要がある。とは言っても、四六時中気を張ってろって訳じゃなく、警戒すべき所で警戒してくれれば良いだけだから。······でも、俺の方は余裕が無くなる事もあるだろうから、何か嫌な思いをさせたり怒らせたりもするかもしれない。だから、先に謝っておく······そうなったらごめん」
それでも、アレルはそういった部分は自身が一人でどうにかするべきものだとして、アリシア達を気遣って言葉を尽くす。
「あの、そういうのって先に謝っておけば許されるって事ではありませんからね」
「アハハ、だよな」
メリルの指摘に、アレルは苦笑いを浮かべる。しかし、そう返すという事は話した内容を理解してくれた上に、一先ず気負っているという事もないとアレルは判断する。
なので、アレルは最後に考えていた事を一つアリシア達へ提案してみる。
「それで、今の話を解ってくれたなら一つヘッケルで試したい事があるんだけど、良いかな?」
「······試したい事って?」
そこで、ようやくアリシアが言葉を返してくれる。それに、どこか胸がざわめく感じがするも、アレルは気の所為だとして話を続ける。
「ああ、まずはヘッケルに入る時の組分けかな? 少し、瑠璃との意思疎通を利用したやり取りがどこまで出来るか試したくてな。だから、瑠璃をアリシアに任せて······ミリア、アリシア、瑠璃は馬車で後からヘッケルに入って来て欲しい。俺は、メリルと一緒に先にヘッケルに入って宿を決めてそれを瑠璃に伝えるから」
──ルリは、主様と別なのですかぁ!?
予想はしていたが、瑠璃の容赦ない絶叫は鼓膜を揺らしはしないが、その代わりにアレルの頭に直接響いて意識を失いそうになる。ただ、それに耐えながら窺ったアリシアの様子は、フードを目深に被っていて表情が判らなかった。




