一章〜非望〜 五百三十七話 一日の最初の糧を作る
調理中は、他の事を忘れられるから良いなと、アレルは鍋を振りながら染み染み思う。
パスタソースとしてと昼の付け合わせとして、都合二食分を作る為にアレルはフライパンではなく鍋を使って調理を行う。その傍らには、もう一箇所焚き火を宿泊所の薪を使って増やし、もう一脚の三脚を使ってパスタを茹でている。そちらは、塩加減やパスタを入れるところまではアレルが行い、あとの事はメリルに任せてある。
一方で、アレルの方の鍋ではたっぷり目のオリーブ油でにんにくと鷹の爪を炒め──というよりかは素揚げの様になってしまっているが、香りが立った所で他の食材も入れていく。勿論、塩漬けの淡水魚は身をほぐしたものを入れ食べやすい様にしてある。
すると、その香りに誘われたのか、アリシアが近寄って鍋の中を覗き込んでくる。
「ねえ、これはなんて言う料理なの?」
「ああ、アヒージョって名前の料理なんだけど、ルクスタニアには似た料理が無いのか?」
「うん、少なくとも私は初めてかな」
「······じゃあ、他の国にはあるのかもしれないな」
アレルは、そんな言い方でメリルに聞かれても記憶喪失関係だと誤解させる。ただ、アレルが元の世界の料理を振る舞っている事を知るアリシアには、その言葉の意味が正しく伝わる。
「うん、そうだね」
大丈夫、普通に接していられてるはずだ。アレルは、未だアリシアに対して妙な壁を作ってしまっているが、それをアリシアに悟らせない為に努めて平静を装っている。
本来なら、勘が鋭いアリシアがそれに気付かない事など滅多にないのだろうが、現状ではそんなアリシアの意識を逸らす存在がこの場にはあった。
──キュルルルゥ。
と、依然として物言わぬ石像と化したミリアから奇怪な音が響いてくる。その音に、アリシアはどこか困った様な表情を浮かべる。
「もう、またクリスったら······ねえアレル、何とかならないの?」
「さあ······飯が出来れば、元に戻るんじゃないか?」
言いながら、神話で石にされた者達はどうすれば元に戻るんだっけかなとアレルは自身の足りない記憶を探る。
「アレルさん、パスタが茹であがったみたいなんですけど」
「それなら、そこにある器にあげておいてくれると助かる」
「はい、解りました」
メリルは返事をすると、トングに似た器具でパスタを鍋からあげていく。そこで、アヒージョの方も大体仕上がったので、アレルはその半分をフライパンへ取り分ける。
続いて、アヒージョの鍋を火から外してメリルがあげてくれたパスタを受け取り、パスタの茹で汁を匙で二杯程フライパンの方へ加えてからパスタを投入する。そうして、パスタとアヒージョを和えて今朝の主食が完成する。
「これで、こっちは出来たから四つに分けておいてくれるか?」
アレルが、そうしてメリルに頼むとメリルは用意してあった皿を持ってくる。
「はい、均等で良いんですか?」
「イバレラとアンネが、それで良ければな」
そこで、ギュルルルと名前を出されなかった石像が腹の虫を鳴かせて自己主張してくる。それに、卵を割って溶いていたアレルとパスタを分けようとしていたメリルは深いため息を吐くが、唯一アリシアだけはどこか憐れむみたいな視線を向けてくる。
「ねえ、二人共······」
そこから先は聞かずとも判るアレルとメリルは、ほぼ同時にため息を返す。
「あの、この娘は何の手伝いもしてないんですから、そんな風に甘やかさなくても良いんですよ」
「まったくだ、仮に量が欲しいなら自分の口から言うべきだろ? それを、人に言わせたままにする奴に食わせる朝食は無い」
メリルにアレルと、アリシアの甘さを続けざまに指摘すると、それを理解出来ないアリシアではないのでシュンとして反省をする様子を見せる。
だが、そこでゴゴゴゴとそれまで動かなかった石像が、僅かながらも少しずつ動き始める。ただ、それを許さんとする者がアレルのフードから飛び出す。
──させません!
ペチッと、物言わぬ石像から動き出そうとしていたミリアの額に、瑠璃が渾身の体当たりで復活を阻止しようとする。しかし、一度では足りないと思ったのか、瑠璃は抵抗が無い事を良い事に何度も体当たりを繰り返す。
──どうせ、コイツが、多く食べる、分は、主様が、食べる分を、減らして、しまうんです! そんな事を、させて、なるもの、ですかっ!
ペチペチペチペチと、一節毎に体当たりを繰り出す瑠璃は、アレルの行動を先読みしてそんな事を言う。
ただ、アレルがそんな姿を見続けている事など出来るはずもなく、そんな瑠璃とミリアの額の間に自身の手を差し入れて瑠璃を止める。
──主様?
(瑠璃、俺を気遣ってくれるのは有り難いけれど、瑠璃がミリアに対してそんな風に暴力的になるのは嬉しくないよ)
精神感知で、それだけ伝えると瑠璃はアレルの気持ちも解ってくれたのか、渋々といった感じでアレルの肩へと止まりに来る。
「ねえ、ルリちゃんはなんて?」
「ん? ああ、俺がクリスの分を捻出するのに自分の分を減らすんじゃないかって、そんな事はさせないって怒ってくれたみたいでさ」
「ルリさん、それはアタシがさせませんから大丈夫ですよ」
アリシアにメリルと、結構瑠璃の事を気にする二人が立て続けにそれぞれの言葉を口にする。それに関して、少しメリルの言葉が怖かったが、アレルは最初に心配してくれた瑠璃に対して説明する。
「まあ、こんな風に怖いお姉さんが俺にそんな事させてくれないらしいから瑠璃が心配しなくても大丈夫だ。それに、クリスには今から作る玉子スープの方を多めに食わせれば良いからさ」
「「タマゴスープ?」」
何故か、玉子スープという言葉に聞き覚えが無いのか、アリシアとメリルが声を揃えてそのまま返してくる。それに、玉子スープが割と一般的な料理だと思っていたアレルは首を傾げるが、直ぐに玉子スープが基本的に中華に分類されている事を思い出す。
「あ〜······聞いた事なかったか? 俺の中では、割と一般的な料理なんだけど」
「ないよ」
「ありませんね」
などと、返事が返ってくるので、アレルはどうせ今から作る訳だし作る所を見せながらの方が安心するかと思い直す。
「それなら、作りながら説明するから二人共見ててくれ」
言いながら、アレルは溶き卵と薄く刻んだ玉ねぎ、それと塩気のある燻製肉を刻んだやつも手に持って、パスタの茹で汁が残っている鍋の前まで移動する。それから、まずは燻製肉を入れてだし代わりにした後で玉ねぎを入れて火を通す。同時に、全体の味の調節の為に胡椒なども加えておく。
そして、仕上げに溶き卵を鍋の中をゆっくりとかき混ぜながら、少しずつ回し入れて玉子スープが完成する。
「こんな感じで、見た通りの料理なんだ。まあ、卵が悪くなり始めていたから苦肉の策ではあるんだが、不味くはないと思······いたい」
途中、説明を入れようと思っていたアレルではあったが、アリシアとメリルがあまりにも熱心に手元を見ていたので最後だけそう言って締めるのであった。




