一章〜非望〜 五百三十三話 言葉に隠れた本心
別に、それで楽になりそうだとかは思っていなかった。それでも、常にある程度の緊張の糸を張り続けているのは流石に疲れてしまう。そんなアレルが、唯一その糸を緩めても大丈夫だと思っていたのが公国入りした後だった。
だが、それが今回の元黒羽根の拉致疑惑による懸念から、公国入りした後も気の抜けない状況が続く事が確定してしまった。それでも、現状ではまだ色々と推測の域を出てはいない。なので、そうやって自らを追い詰める様な考え方は止めようと、アレルは開き直る。
「それで、あの人の事なんスけど、情報を吐かせようと拷問されても確実に一日は保つと思うんス。まあ、その後はどれくらい耐えられるかってのは想像しづらいんスけど、大抵拷問する側も死なれたら元も子もないんで二日目からは趣向を変える事が多いんス。それと、拉致してからは運ぶまで薬でも嗅がせて眠らせたまま拠点かどこかに運んで一日か二日──」
「待って、その拠点がダリアに作られていれば、そんなにかからないでしょ?」
メッサーの言葉を遮り、ジェシカがその考え方に待ったをかける。ただ、それにはメッサーの方に考えがあったみたいで、直ぐにメッサーは言葉を返す。
「いや、ダリアって辺境伯様がいる所なんだから、俺だったらあんな鼻の利く人がいる所に拠点なんて作らない。そんな辺境伯様から離れる為の、一日か二日の距離なんだ。······それから薬が抜けて目覚めるまでに半日ぐらいかかるんで拷問されたとしても昨日からだったと思うんス。だから、今日を入れて最低でも二日か三日は稼げると思うんで、アレル様はその間に可能な限り進んで下さいっス。俺等は、どうにか救出出来る様に動くんで」
メッサーは、口を挟んだジェシカに応えた後で、少し間を置いてから口調を変えて再びアレルへ向けて話してくる。そんなメッサーからの言葉に、アレルは肩を竦めて返す。
「ああ、元より俺にはそうするしかないからな。······それよりも、良いのか?」
但し、アレルはメッサーが気にしているといけないと思いぼかして訊ねたが、メッサーはそれを元黒羽根の事ではなくその家族の事と勘違いしてしまう。
「ああ、心配ないっスよ。こういう時は、捕まった本人は既に死んだものとして考えるんで、アレル様が言った通り家族を先に捜索します。相手は、あの人がやられる程の手練れっスからね、こちらも戦力を分散させていたら返り討ちになりかねないっス。なんで、上の人達からの援軍が来るまで俺等は纏まって動くのが適切だと思うんス」
その考え方は、至ってまともな様に聞こえる。しかし、その言葉の裏にメッサーの元黒羽根を助けたいという想いが隠されていたなら、それはあまり良い考えだとは言えない。
ただ、そこは同じ言葉を聞いていたジェシカもアレルと同じ事を考えていたみたいで、ジェシカはそこでメッサーに食ってかかる。
「アンタ、それで本当に良いの? 後悔するんじゃないの?」
「後悔なんてするかよ。言っただろ? 俺は、薄情なんだって」
薄情だと、そう言いながら自身の親しい人すらも切り捨てるみたいな冷酷な判断をする。その姿と、他者に興味がないと言いながら常に正しい判断を下すロバートの姿とが、アレルには僅かに重なって見えてしまう。
アレルは、こうした判断が出来るからこそメッサーが纏め役としてロバートに選ばれたのだろうと感じる。ただ、その考え方が似ているだけで、自身が興味を持てる相手以外本当に興味がないロバートとは違うんじゃないかとアレルは感じる。
でも、これから危険な仕事に赴くというのに、そんな事を口にして良いのかとアレルは迷う。それ故に、アレルが何かを口にする前にメッサーに動かれてしまう。
「それじゃ、俺等は人選を改め次第、捜索と救出に動きますんでそろそろ失礼するっス。ああっ、でもアレル様の方には影響が出ない様に片付けるんで、アレル様は気にせずこれまで通り進んで下さいっス」
メッサーはそう言い残して、アレルへ背中を向けてその場を去ろうする。ただ、何か言える事があるんじゃないかと思ったアレルは、その背中に声を掛ける。
「メッサー!」
「なんスか?」
「えっと、その······そうだ、何か暗殺者で『蜃気楼』って姿が見えない危険な奴がいるらしいんだ。ソイツ······いや、なんかソイツ含めて二人ぐらい同じ事が出来るのがいるみたいなんだけど、女の暗器使いらしくてクーデター絡みの事で動いている可能性があるんだ。だから、ソイツ等にも気を付けろよ」
首だけで振り向いていたメッサーは、アレルの言葉に少しだけ視線を上に向けると直ぐにアレルへ戻す。
「······忠告、感謝するっス。でも、筆頭からはそういうのも想定した訓練受けてるんで大丈夫っスよ。あと、言い忘れてたんスけど、俺等が行った後も何人か残していくんで何か用があるならそっちに言って下さいっス」
そう言うと、メッサーはまるで散歩にでも行くかの様な軽い足取りで他の黒羽根がいる所へ戻っていく。そこへ、その場に残っていたジェシカがアレルに訊ねてくる。
「あの······アイツ、無理してる様に見えませんか?」
「いや、昨日今日会った俺にはそうは見えないけど、たぶん無理はしてるんだろうな」
「でも、アイツ自身薄情だって言ってるんですから大丈夫ですよね」
ジェシカは、まるで自身の不安を打ち消したいみたいな言い方をしてくる。しかし、そんな事ではジェシカの方が後悔しそうだと感じたアレルは、少しだけ余計な事を口にする。
「これは俺個人の考えだけど、本当に薄情な奴の中に自分を薄情だなんて口にする奴はいないよ。だから、メッサーにとってそれは自分を押し殺して冷静な判断をしなければならない時に、自らの未練や甘さを断ち切る為の魔法の言葉みたいなもんなんじゃないか?」
「自己暗示みたいなものですか?」
ジェシカの返しに、アレルは実際に魔法が存在する世界で、紛らわしい言葉を使うんじゃなかったと反省する。
「······ああ、まあ何でも良いんだけど、そうやって自分の出来ない事とか手が届かない事をどうにかしようと足掻いているんだろ? 俺も、そうしてる最中だしな······」
やり方は違えど、アレルもアリシアを無事に送り届ける為に虚勢も張ればハッタリも利かせている。ただ、いつまでもハリボテや継ぎ接ぎのままでいたくないからと、せめてアリシアの剣としてではなくとも、近くに置いておいても恥ずかしくないぐらいにはなりたいとアレルは思う。
そんなアレルの言葉を聞いたからか、ジェシカはどこかその顔に滲む不安の色を濃くする。
「あの······ウチに、何か出来る事はないんでしょうか?」
「そうだな······何か、変な事したり巻き込まれたりしない様に、傍で見ててやれば良いんじゃないか? それこそ、今みたいに文句でも言いながらさ」
そう、そうやって近くで叱ってくれる存在がいる事、ただそれだけで救われる部分があるのはアレルが一番実感している。きっと、それはメッサーにとっても変わらない事ではないかとアレルは考える。
「傍で······今みたいに······ですか。分かりました、ウチやってみます。あっ、それではウチも向こうに戻ります。ありがとうございましたっ」
ジェシカはそう言い残して、アレルの返しも聞かずにメッサーの後を追って小走りに駆けていってしまう。その背中に、礼を言うのはこっちだよと、アレルは心の中でだけ返す。
「さてと、俺も戻るか······」
新たな懸念が発覚したものの、だからといってやる事が変わった訳ではない。出来るだけ早く、それでも慎重に油断もせず安全に、アリシアを公国へ送り届ける。
ただ、それだけをすれば良いんだとアレル考えながら、馬車へと戻るのであった。




