一章〜非望〜 五百三十二話 それぞれの受け止め方
それにしても、預かり知らない所で随分とヒリついた状況になっているなとアレルは思う。もし、元黒羽根がアリシアの事を捕らえようとしている者に拉致されていたなら、立案していた計画次第ではこちらにも影響があるかもしれないとアレルは考える。
それ故に、アレルは最後にもう一つだけジェシカに訊ねる。
「なあ、落ち着いたならもう一つだけ訊いておいても良いか?」
「はい、ウチで答えられる事なら」
そう言ってくれるジェシカに、まるでいなくなった元黒羽根が口を割るのではと疑っているみたいで申し訳無いと思いつつも、アリシアに危険が及ぶ可能性がある以上訊く以外の選択肢がアレルには無かった。
「その、さ······いなくなった元黒羽根が計画してた内容って判るか? 黒羽根を担っていた奴が、簡単に口を割るだなんて思いたくはないけれど、万が一を考えて知っておきたいんだ」
万が一、それはその計画が大幅に変更になったとはいえ、どこかでこれからアレルの考える予定と重なる部分があったならアリシア達へ危険が及ぶ。
それは、アレルに訊ねられたジェシカにも伝わったみたいで、それを失念していたせいなのか驚いた表情をしつつも顔色までが蒼白くなってしまう。
「も、申し訳ありません! あの、そういうのはウチが気付いてお伝えするべきだったのに、それを──」
「良いから、そういうのは。それより、ジェシカはしっかりしている様に見えて不測の事態に弱いな」
ジェシカの謝罪を遮り 、そんな事を言うアレルの言葉にジェシカは落ち込んだのか俯いてしまう。すると、そこへ接近を主張するみたいにわざと足音を立てながら、誰かがアレル達の所へ歩いてくる。
「あまりジェシカをイジメないで下さいよ。ソイツ、本当に参ってる時は弱いんスから」
と、どこか表情や雰囲気が引き締まった印象のメッサーが姿を見せる。
「そうか······今のが、本来のメッサーって訳か」
「いえ、本来というかなんというか、まあ人に対する情ってものが薄いんでこういう時に自分がブレないんスよ。······逆に、ジェシカはなんだかんだで情が厚いからこういう時は駄目で、でもそういう所に俺は助けられてもいるんで······んで、少しどういう事になってんのか聞かせてくれないか?」
メッサーは、アレルへは愛想良く話すものの、振り向いた先のジェシカに対しては神妙な面持ちを向ける。
対するジェシカは、そんなメッサーを信頼しているのだろう。どこか安堵したみたいな様子で、その表情も普段のものと遜色ないものに戻る。
「分かった、それじゃ話すけど──」
そうして、ジェシカは遅れて来たメッサーに対してここまでの話の流れや元黒羽根の一件についての推測などを話していく。それを聞き終わったメッサーは、開口一番にアレルへ言い放ってくる。
「つうか、アレル様はよくそこまで話を飛躍させられますね。いや、でも確かに順序立てて説明されると納得させられるあたり、詐欺師の才能でもあるんじゃないスかね?」
「ああ、舌先三寸は自覚してるよ」
すると、ドスッと結構重い音でジェシカがメッサーの脇腹を肘で打つ。
「失礼でしょ、この馬鹿ッ!」
「いやいや、こんな時に礼儀なんて考えてる方が失礼だろ? そんな事を気にしていたら、回る頭も回らないっての。まあ、俺は回す頭も無いんだけどな」
イシシッと、メッサーは冗談を口にしながらも、事の重大さを理解しているみたいな発言をしてくる。なので、アレルの方もそれに乗っかって話を進める。
「メッサーの言う通り、礼儀なんてどうでも良い。それより、計画内容の話を聞かせてくれないか?」
「良いっスよ。まず、あの人の計画では騎士団長······確か、ガルシア・ウォード様でしたっけ? その人から、あの御方達を預かる予定だったんス。だから、この時点で破綻はしてるんスけど、その後は商会の輸送路を使って追手が砦に入ってしまう前にクレイル領から公国へって流れっスね。リバッジとセプルスを避けたのは、辺境伯様への配慮っスね」
「ウチは、話を聞いただけですけど、現場はそれなりに混乱していたらしいです。騎士団長様は予定していた場所には現れないし、こちらが保護する前に追手が動くのを確認してしまったりで」
と、メッサーの話にジェシカが実際に破綻した瞬間の話を付け加えてくれる。ただ、それよりも気になった事をアレルはメッサーに訊ねる。
「なあ、その輸送路ってここに来た時に使った旧道みたいなものか?」
「いやいや、俺等で使う物ならいざ知らず、表で扱う商材を裏道通したら検閲やら関税抜けてくる事になるんで、まともな商品にならないっスよ」
つまり、逆に言えば輸送路とは言ってもそういった場所を通る街道を真っ直ぐに進むという事らしいとアレルは解釈する。
「でも、そうなるとヘッケルの先にある分岐までが怖いな」
「アレル様、それ以上は口に出しちゃ駄目っスよ。今の状況なら、俺等もアレル様の動きを知らない方が良いと思うんで。アレル様も、ジェシカに言ってたっスよね? 他の黒羽根を誘き出す為かもって」
「そうだな······まだ、何も判っちゃいないから用心するに越した事はないな」
そうして、アレルはメッサーの忠告を受け入れるも、そのメッサーは今度は自分の番だとアレルへ訊ねてくる。
「ところで、アレル様はあの人が拉致された可能性がどれ程のものだと思ってるスか?」
メッサーの言う可能性とは、おそらく確率的な意味だとアレルは受け取る。
しかし、先程からのメッサー達の発言を振り返ると、元黒羽根の事をあの人と呼んでいる事からメッサーはその人物と親しいのかもしれないと、アレルは考える。そうだとしたら、希望的観測で元気づけてやるのが良いのかもしれないが、アレルはメッサーのその真剣な眼差しに嘘がつけなかった。
「······八割以上だ。残り二割は、ソイツが何らかの気配を察知して自ら雲隠れした可能性かな」
「そう······スか。だとすると、俺等もかなり気を引き締め直さないと駄目っスね」
「どういう事なんだ?」
「いえ······あの人、思う様に身体が動かなくなったって言ってるんスけど、それ俺に手合わせで負けてから言い始めたんス」
メッサーは、アハハと苦笑いを浮かべつつも、その表情にどこか後悔の念みたいなものを滲ませる。
「あの人、確かに年はいってましたけど俺等半人前と比べれば全然出来る人だったんス。なのに、引導を渡す形になった俺がこんなんで申し訳無いんスよね」
口調こそは軽いものの、メッサーはその事に関してかなり責任を感じているみたいだった。
アレルは、その責任感が変な方向に働かなければ良いなと思う。それと、その話に加えてジェシカが戦闘馬鹿と言っている事から、そうは見えないけれどメッサーはかなりの戦闘力を保持しているらしい。それを踏まえるならば、元黒羽根が拉致されていた場合の救出はメッサーに任せておけば問題無いだろうとアレルは考える。
そんなアレルに、急に何かを思い出した様にあっと、声を上げたメッサーがアレルに向き直る。
「そういえば、アレル様は公国へ入った後の公都への入り方は何か聞いていますか?」
その言葉に、アリシアからアエシュドゥスが目的地と聞いていたので、アレルはそこから何かしらの手段を用いて入るのだろうと予想する。しかし、それをメッサー達の耳に入れるのは、アリシア達を危険に晒すかもしれないしメッサー達にとっても危険かもしれない。
なので、アレルは沈黙で以て返答とする。
「······そうスか、聞いているんなら良いんスけど、あの人の計画でも最後は状況に応じていくつか別の手段を用意していたんスよ。それが、アレル様の聞いたものと被ってなければ良いんスけどね」
そんなメッサーの一言に、公国へ入ってしまえばある程度安心出来ると考えていたアレルの精神的な牙城は、脆く崩れ去ってしまった。




