一章〜非望〜 五百三十話 ほんの感謝のつもりで
アレルの感謝を、その場では気付かないふりをしたジェシカは失礼しますとミリアの腰回りに手で触れる。それから、判りましたと口にすると、少し失礼しますと奥へ行ってしまう。
「おいアレル、今のはなんだったんだ?」
「あ? 採寸と、今はクリスに合った物を取りに行ったんだろ。コルセットって都合上、ある程度寸法に幅はあるだろうし正確に測らなくても大丈夫って事だと思う」
加えて、ジェシカならば本来目測だけでも充分だっただろうが、ミリアの手前変に疑問を抱かれない為にわざわざ手で触れたのだとアレルは推測する。
すると、ジェシカが件のコルセットを手にしてアレル達の所へ戻って来る。
「お待たせ致しました。こちらが、お求めになられた商品で御座います」
言いながら、ジェシカはミリアへコルセットを差し出すも、ミリアの方は何故か警戒しつつそれを受け取る。そして、何故か身に着けていた外套を脱ぎだそうとしたので、アレルはその手を掴んでミリアの行動に待ったをかける。
「む? 何をする?」
「何をする? じゃねえよ! 寸法なら、幅があるから大丈夫って言ったし身に着けるなら馬車の方に戻れッ!」
「いや、騎······以前の職場では人前で着替えるぐらい普通だったぞ」
「世間一般では、それが普通じゃないから人目の無い所で着替えろって言ってんだッ。······支払いとか、諸々は済ませておくからクリスは馬車の方に帰ってろよ。戻って来なくて良いから」
ハァと、ため息を吐くアレルが横目でチラッとジェシカを窺うと、ニコニコと笑顔を保ちながらも僅かながらにその表情を引きつらせている。そして、アレルの視線に気付いたのか、いますよねこういう本能で動く方と、視線だけで訴えてくる。
どうやら、ジェシカもミリアみたいな人間とは相性がよろしくないらしいとアレルは感じる。
「そういう事なら、私は先に戻っている。後は、頼んだ」
ミリアはそれだけ言うと、ノッシノッシと歩き方だけは男の様な歩き方で帰っていく。その後ろ姿に、よくロバートはあれにそんな歩き方を教え込めたなと逆に感心してしまう。
そこへ、そんなアレルの肩をツンツンとジェシカがつついてきたので、アレルはジェシカへ振り返る。
「何なんですか、アレ? 雑にも、程ってものがあると思うんですけど〜」
「いや、俺に文句を言うなよ。それに、あれでも近衛っていう立派な仕事をされてた方なんだよ」
「それ、絶対縁故登用とか贔屓登用ですよ」
ジェシカは、苦虫を噛み潰したような表情で嫌味ったらしく言う。
しかし、それについてはアレルも詳しくは知らないし、何よりアリシアとの関係性を踏まえると否定も出来ない。
「まあ、アイツの事は置いておくとして、支払いとかの話をしよう」
「あっ、それなら既にとある方へのツケという事にしてあります。というか、アレル様個人のものなら解りますけど、お連れ様の物ならアレル様が支払わなくても良いってウチは思いますけど?」
「まあ······言われてみれば、そうなんだけどさ」
アレルはそう口にはするものの、アリシアとメリルの物には金を出すがミリアには出さないなんて差別はしたくない。なので、一応の公平性を保つ為の行動だと自身に言い聞かせる。
ただ、これだけは言っておかないとと思っていた事があったので、アレルは支払いの話をそこで切り上げる。
「それにしても、悪かったな。アイツの事もだけど、こんな遅くにさ」
「お気になさらず、ウチは交代で仮眠も取ってますから」
しかし、ジェシカの方は特に気にした様子は見せずにそんな言葉を返してくる。
「それなら良いんだけど、さっきのコルセットの方とかは大丈夫なのか? その、門外不出の品とかだったりさ」
「ああ、平気ですよ。あれは、ふくよかな女性が好みな男性もいるので、そういう方を騙す用の物に手を加えただけですから物自体は普通のコルセットなんです。だから、在庫もそれなりにありますし、アレル様が心配する様な事はありませんよ」
と、ジェシカは説明してくれるが、黒羽根の拠点に置いてある時点で変装時に見た目を誤魔化すのに使う物だなとアレルは考える。もしかしたら、それこそミリアの様に女性的な腰の細さを誤魔化す為に作られた物かもしれない。
仮にそうだったとしても、それで問題が一つ片付いたのだから助けられた事実は変わらない。そう考えたアレルは、長居もジェシカの迷惑になるだろうと用が済んだので早々に立ち去ろうと考える。
「じゃあ、用も済んだしそろそろ俺も戻るよ。ジェシカにも迷惑だろうしさ」
「いえ、そんな事はありませんよ。あっ、これは建前とかでなく本当に。あと、数時間もすれば日の出ですし、ウチはその前にここを立ちますから」
「そうなのか?」
「ええ、実は二日······いえ、今日を入れれば三日前になりますが、少し前に荒事になったら足を引っ張るからと黒羽根を辞めた人がいなくなったんです」
口の横に片手を添え、ジェシカは声を潜めてアレルに話す。その話し方で、多くに話せない話だと察したアレルは僅かに身を屈めてジェシカに近づく。
「裏切りって事か?」
「それを確かめに今から、です。それに、いなくなったって連絡が届いたのも今さっきで、急遽ここにいる者達で捜索の人選を行ったんです」
「じゃあ、いなくなった事以外何も判らない状況か······いなくなった状況や、その人の家の状態とかは?」
「それが、商会のツテがある装飾品の工房での仕事を終えてから、その姿を見た人がいないそうです。家の方も······あっ、その人奥さんと娘さんがいるんですけど、その二人も家からいなかなっていて。今の環境が嫌になって、って考える事も出来たんですが金銭や貴重品がそのまま残されていたので、三人で夜逃げってのも考えづらくて」
ジェシカの話から、アレルは癖で頭の中に時系列と起きた事象、それから現在の状況を並べ立てていく。
まず、荒事になると足を引っ張るという発言から件の元黒羽根が辞めたのはクーデターの前後から現在までの間、大体こちらでいう二週間から三週間前ぐらいだろう。そして、その元黒羽根が姿を消したのが三日前──丁度シープヒルで魔神のアンデッドとの戦闘があった日だ。最後に、元黒羽根が住んでいた家には妻と娘がいたはずだが、これもその姿が無く金銭や貴重品などは家に残されたままだった。
そこまで並べ立てるも、まだ情報が少な過ぎて何も推理する事が出来ない。なので、アレルは判る範囲で良いからとジェシカに訊ねる事にした。
「なあジェシカ、ちょっと俺も考えてみるから少し質問に答えてもらっても良いか? 判る範囲で構わないから」
「ええ、ウチで答えられる事なら答えます」
ジェシカがそう返してくれたので、アレルは早速といった感じで推測に必要な事柄を訊ね始める。




