一章〜非望〜 五百二十九話 夢の少年が意味するもの
覚えている範囲で思い返してみると、随分と不思議な夢ではあった。翡翠色の髪をした少女『エメラダ』、それは確かアマデウスの力を使おうとした時に暴走という形で邪魔をしてきた奴が気にしている存在のはずだった。
しかし、シープヒルで幽霊の老人から伝承を聞いた際に、アレルは不意にエメラダという名を口にした事から、自身の内にいる存在がそのエメラダと共に伝承に出てきた討伐者の男なのではないかと考える。流石に、それは考え過ぎかもとは思うものの、どこかそれを否定しきれない部分が自身の中にあるのをアレルは自覚する。
だが、今のアレルには考えなければならない事もあるし、集中したい事もある。きっと、今見た夢も魔物なんてものが存在する世界にいるせいで見た、単なる記憶の整理の一環でしかないとアレルは割り切ってしまう事にした。
(それにしても、天賦の才に加えて超常的な能力まであるのか······羨ましい限りだな)
自身に無いものに惹かれるアレルは、割り切ろうと思っていたはずなのについ考えてしまう。
──何故、夢は少年からの視点でのみだったのかと。
もし、あの少年が後のシープヒルの伝承で語られていた討伐者の一人であるなら、その生きていた年代は今から二百年も前でアレルが知るはずもない話だ。何で、そんなものを夢で見るのかと考えると、アマデウスの暴走を引き起こした不気味な声の主がその記憶の持ち主だと考えるのが妥当だ。
しかし、そうなると何故その者は自身の中にアマデウスの一部として存在し、その上でどうしてアマデウスの能力を使おうとした自身を邪魔したのかとアレルは更なる疑問を抱いてしまう。それとは別に、その者が共に居続けたエメラダという女性は、一体どんな存在だったのか······何一つ判らないまま、アレルの中には疑問ばかりが増えていく。
(もしかして、魔神のアンデッドと戦っていた時に、尾の一撃をもらった際僅かに標的を俺に絞ってきた感じがあった。それも、あのアンデッドが俺の中の存在に気付いたからなのか? それよりも、いつもなら忘れるはずの夢をどうして覚えていられる? まさかとは思うが、何か理由があってわざわざ見せてきたのか? いや、もう止めよう。······いくら何でも、不毛過ぎる)
そうやって、思い残しを頭を振る事で頭の隅に追いやったアレルは、顔でも洗おうと立ち上がる。そこへ、丁度誰かの近づく気配がする。
「おいアレル、そろそろ代わるか?」
と、どこかぶっきらぼうな感じで声を掛けてきたミリアに、アレルは即座に表情を普段のものに装ってからフードを脱いで応える。
「なんというか······交代する気、あったんだな」
「ぐぬっ······これまでのは、少し体調が優れなかっただけだ。決して、役目を疎かにしていた訳ではないっ」
ミリアは、バツが悪そうな表情をしつつも、これまで夜番を代われなかったのは体調のせいだと言ってくる。そんなミリアに、アレルは肩を竦めて返す。
「······それ以外にも、理由はあった様な気はするけど、そういう事にしておいてやるよ」
「ぐぬぬ······」
互いに、協力体制を了承していても、こういう所でのやり取りはそれ以前とほとんど変わらないなとアレルは思う。ただ、ミリアとはこれぐらい雑な関係が丁度良くも感じられる。
「そういや、夜番なんだけどな向こうの連中が──」
「それならば、アンネ様から聞いている。私は、お前ならそれでも一応やってそうだと思って出てきたのだ」
などと、アレルにはどこかミリアらしからぬ発言に聞こえる事を返してくるので、アレルはそんなミリアに対して警戒心を高める。
「クリス······お前、誰かが変装しているとかって事はないよな?」
「はあ? 貴様は、何を言っているのだ? アレルの方こそ、寝不足で頭がおかしくなったのでないか?」
多少カチンとはきたものの、このどこかイラッとする返しは紛れもなくミリア本人のものだとアレルは確信する。短時間とはいえ、少し眠る事の出来たアレルはそれにより得られた余裕を用いて、ミリアに対する苛つきを抑え込む。
「······ああ、そういや変装で思い出したけど、クリスの腰回りの問題何とか出来るかもしれない」
「ぬ? どういう事だ?」
「そうだな、クリスの場合は説明するよりも連れて行った方が早いだろうな。ちょっと、ついて来いよ」
アレルはそう言うと、ミリアへ背中を向けて歩き出す。それに、ミリアは一応ついては来るものの不満があるのか黙ってはいない。
「おい、あんな正体不明な連中の所へ行って何をする? それよりも、馬車の方は見てなくて良いのか? 火も、放っておいて大丈夫なのか?」
矢継ぎ早に質問攻めしてくるミリアに、アレルは少々面倒臭がりながらも一つ一つ黒羽根達の所へ歩きながら答えていく。
「連中は信頼出来るし、馬車の方も周囲は壁だし俺が感知で壁の外にも探りは入れている。あと、焚き火に関しては火の周りは土の表面が剥き出しだし石で囲ってあるんだから大丈夫だろ」
そう言うと、ミリアはぐうの音も出なくなり大人しく後をついて来る様になる。なので、アレルも特に会話をする事もなく黒羽根達の近くまで来ると、起きていれば良いなと声を掛けてみる。
「お〜い、ジェシカ起きてるか?」
すると、こちらの接近に気付いて動向を探っていたのだろう。集められた物資の物影からスッと客対応の笑みを浮かべたジェシカが姿を現す。
「は〜い、お気が変わって何か買って頂ける気になって頂けましたか?」
一瞬、そんなジェシカの鋭い視線がミリアに向けられたのに気付いたアレルは、ミリアがいる時に黒羽根の事は話せないという事なのだろうと理解する。
ただ、ミリアの方も視線には気付かなったものの、直感の様なものでジェシカを警戒している。
「······おいアレル、この女何か変だぞ。気を付けろよ」
と、ミリアは耳打ちしているつもりなのだろうが、声がデカくてジェシカにも筒抜けになっている。しかし、当のジェシカはニコニコと笑顔を浮かべているのが、アレルには少し怖い。
「あ······のさ、訳あってコイツに俺の服を貸してるんだけど、コイツ男のくせに腰が細くてベルトを締めて何とか履いてる状態なんだ。だから、コイツに合うものがないかと思ってさ」
ただ、アレルから来ておいて何も言わないのも迷惑でしかないので、アレルはジェシカならば色々と察してくれると信じて直接的な事は口にしないで用件のみを伝える。すると、ジェシカはアレルに対してだけ僅かに素の微笑みを向けて、任せて下さいと声には出さずに応えてくれる。
「はい、大丈夫ですよ。私共の商材には、そういった男性向けにコルセットなどをご用意しております。本来は、身体を締めたり姿勢を矯正したりするものでは御座いますが、寸法調整の為にも使えそうだと作ったものが御座います。装着された方の動きを阻害する事もありませんし、重さなどもそれ程気になるという重さではありませんよ」
つまり、それをミリアに付けさせれば男装で問題になっていた腰回りの細さも解決するし、装着した事で戦闘で違和感を感じる事も少ないとジェシカは言っている。
そんな、こちらの思った通りに全てを汲み取ってくれたジェシカに、アレルはミリアが気付かない様にこっそり感謝を伝えるのであった。




