一章〜非望〜 五百二十八話 罪と後悔が満ちた夢
身体を限界まで動かした事で、鬱屈した思いも多少は晴れたが、その代わりに疲労も溜まったアレルはフードを被り少し眠る事にする。目を閉じて、纏わり付くようだった疲労が身体の内側に溶けていくと、徐々にアレルの意識もまどろみの中へ溶けていく。
そうして、アレルの意識は深くて暗い深層へと落ちていった。
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──刃の砕ける音が木霊する。
とある集落で、少年はどこか周囲の者達と馴染めずに孤独を感じていた。それは、自分の両親に対してでもあり、それもそのはず両親は生みの親ではなく、自分はある日捨てられていた所を拾われたのだと後に聞かされた。
そんなある日、自分と同じく集落の付近で全身が土埃で汚れた少女が保護された。しかし、その少女に記憶はなく自身の名前すらも覚えていなかったが、少し前に娘を亡くした夫婦に引き取られていった。
しばらくすると、少年は少女と共に過ごす事が多くなっていった。それも、同じ様な境遇なのだから当然といえば当然で、少年は少女と色々な話をした。どこの野イチゴが美味しいかとか、森の外れには悪い魔女が住んでいるらしいとか他愛のない話がほとんどだったが、それでも二人でいる時間は早く過ぎていった。
そんな中、ある日少女は自身に付けられた名前が嫌だと少年に言ってきた。聞けば、夫婦の亡くなった娘の名前をそのまま付けられているらしい。なので、少年は二人でいる時は別の名前で呼ぼうと提案し、少女のその美しい翡翠色の髪から『エメラダ』と少年は名付けた。
ただ一つだけ、少年には不思議に思う事があった。それは、少女──エメラダが保護されて以来、大人達から夫婦に娘がいた事は口にするなと厳命されていたはずだった。無論、それを言ってきた大人達が漏らすはずもないのに何故かエメラダはそれを知っていた。
その事を、少年がエメラダに訊ねるとエメラダは二人だけの秘密だとして、自分は過去を視る事が出来るのだと教えてくれた。
それから数年後、少年は王都で兵士になる為の鍛錬を始め、エメラダは偶々集落に訪れた魔法使いから才を見出されて魔法の修練に励んでいた。そうして、二人が明るい未来を夢見ていた時に集落へ魔物の大群が襲来した。
理由は判らない。判らないが、突如として襲われた集落の人達は慌てふためきまるで蜘蛛の子を散らすみたいに散り散りに逃げてしまう。そんな中、鍛錬で集落を離れていた少年は集落の異変に気付いて一人戦いながらエメラダの姿を探す。
幸いな事に、少年には天賦の才があったらしく並み居る魔物をバッサバッサと斬り伏せていく。しかし、多勢に無勢の状況では焼け石に水状態であり、少年の目的は両親とエメラダを連れて逃げる事へと推移推移していた。
そんな中で、少年は両親が既に魔物に殺されていたのを発見してしまう。血の繋がりの無い自分を、ここまで育ててくれた優しい両親。それが、無残な最期を迎えていた事に、少年はそのやるせなさから慟哭した。慟哭しながらも、埋葬する余裕の無い事を心の中で詫び続け、それまで以上の凄絶さで目に付く魔物を屠っていく。
そうして、声が枯れ叫ぶのも億劫になってきた頃、エメラダが自身を育てた夫婦と──否、動く死体となった夫婦と対峙しているのを目にする。両親の事もあり、手遅れになる前に即座に少年が駆け寄ると、エメラダは事の成り行きを説明し始める。
この事態を引き起こしたのは、エメラダに魔法を教えていた魔法使いで夫婦はソイツに死霊術で屍人にされてしまった。そして、その魔法使いを殺そうとして追いかけていたら、今の状況になったとエメラダは少年に手短に説明してくれた。
それ故に、少年はエメラダに屍人とはいえ夫婦を手にかけさせる訳にはいかないと、先に魔法使いを追う様に言って少年は夫婦の屍人と戦う。ただ、やはり顔見知りと戦う事には抵抗があり、そのやりづらさから少年は初めて苦戦する。しかし、相手は屍人で動きは遅い。少年は覚悟を決めると、夫婦が苦しまない様にと二人を纏めて一振りで終わらせてあげた。
夫婦を送った少年は、エメラダの後を追いながら生存者を探すが、自分とエメラダの他にはもう生存者なんていないみたいだった。なので、少年はエメラダの下へと急ぐとエメラダは既に魔法使いを追い詰めていた。
魔法使いは、デタラメを教えたはずなのに何故自身を追い詰める程の魔法が使えるのかとエメラダに問う。しかし、エメラダも相当に怒りを感じているのか、それには答えずに魔法使いへ攻撃魔法を撃ち込む。そうして、体を氷塊で貫かれた魔法使いが死んで、二人は全てが終わったかと思い込んだ。だが、そうはならずに魔法使いはゲラゲラと笑いながら、集落で死んだ人全てを屍人と化して自らに従わせた。当然、その中には少年の両親も含まれている。
そうして、魔法使いから全てが語られる。本来の目的は、魔法使いの仇敵に似ている少年の心を穢し、エメラダを洗脳して少年を殺させる事であったと。しかし、エメラダの魔法抵抗が思いの外高くて計画通りにはいかず、現在の様な状況を作ったのだと。
少年は許せなかった。自分を殺したかったなら、自分だけを狙えば良かっただろうと魔法使いに向けて咆哮する。しかし、魔法使いはそれでは自分の溜飲が下がらない、少年のその精神性すらも穢しきった上で殺さねば面白くないと、尚も少年の怒りを誘発させてくる。
そして、それと同時に魔法使いが少年の両親の屍人へ魔法を撃ち込んだ事で、少年の怒りは限界を超えて一気に増大し始める。
抑えきれない感情が轟々と湧き上がり、同時に身体へ流れる力も肉体の強度を超えてどこからか注ぎ込まれていく。そうして、感情と力の双方が爆発する直前の刹那的な静まりの瞬間に、少年はエメラダへ逃げろと一言だけ伝えた。
直後、少年から解き放たれた感情と力はそれを生み出したのが怒りの感情とは思えない程の綺麗な眞白なる輝きを放ち、一瞬の内に周囲を球体状に覆ってしまう。魔法使いは勿論の事、屍人と化した集落の人達もその集落自体も、その何もかもを塵一つ残さずに光へと変えていく。
そうして、そこにあったはずの集落が荒地の荒野へと変貌したその中心で、ただ一人少年が茫然としたまま立ち尽くす。何が起こったのか、何をしたのか全く判らず、自らの力の大きさに恐怖した少年は両腕を震わせてその場で膝をつく。
そんな少年の肩に、誰かの手が触れる。それはエメラダの手で、あの眞白な球体からどうやって逃れたのか判らないが、少年はエメラダの無事に心底安堵する。すると、やけに冷静なエメラダは、この場に長居しない方が良いと少年に促す。
それが、少年とエメラダの長い旅路の始まりであった。
──刃の砕ける音が、高音の残響を残して遠ざかる。
『忘レルナ、己ノ罪ヲ』
夢の最後に、誰に向けたか判らないぐらいの小さな呟きたげが遠くに聞こえた。
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目を開けると、両膝に置いた両手と地面が視界に入る。変な夢を見たせいか、やけに気分が悪いとアレルは感じる。
膝に体重を預けていたアレルは上体を起こすと、周囲も暗く焚き火の燃え方も然程変わっていない事から寝始めてからそれ程時間が経っていないと考える。
しかし、断片的にしか覚えていないとはいえ、妙な夢だったなとアレルはその気怠さから欠伸をするのであった。




