一章〜非望〜 五百二十六話 無意識下に潜む恐怖心
──アリシアが戻った荷台の中。
石灯の覆いを調節し、薄明かりほどの明るさに留められた荷台の中をアリシアは寝ている人を起こさないように慎重に歩く。そうして、荷台の入口から少し歩いて敷物が敷かれた上に、ミリア、アリシア、メリルの順にそれぞれの寝具が並べられている。
正直、アリシアとしては歯軋りのうるさいミリアの隣は嫌だったが、護衛の観点から考えた場合に仕方がないので諦めた。アリシアは、そんな自身の寝具が並べられている真ん中にゆっくりと滑り込んでいく。
(それにしても、さっきは失敗しちゃったな······あんな事言うつもりなかったのに、ただアレルに頼り過ぎない様にするねって言えば良かっただけなのに······どうして、あんな言い方しちゃったんだろ?)
不意に、アリシアは先程のアレルとのやり取りを振り返りながら、そんな事を思ってしまう。
本当なら、アリシアはアレルへ自分の事ぐらいは自分で何とかするからと、だからアレルももう少し自分の事を考えてと伝えれば良いはずだった。そうすれば、自分の甘えも感じづらくなったアレルは、少しぐらい頼ってくれる様になるとアリシアは思っていた。
しかし、実際には焚き火の前で一人座るアレルの姿を見たら、突如として不安に駆られてしまった。その、どこか存在感の希薄な雰囲気に、明日になったらその場から消えてしまっているのではないかとすら思えた。なので、アリシアは例え怒らせても構わないからと、アレルを繋ぎ止めておける様にしたかった。
(その結果が、さっきのなんだもんな······私も、あまりアレルの事を責められないな)
そうアリシアが、反省しながら脱いだローブを畳んで枕元に置いてから横になると、上掛けを被った少し後に声を掛けられる。
「アレルさんの所へ行ってたんですか?」
「えっ!? あっ······うん、メリルゴメンね。起こしちゃったかな?」
不意を突かれたアリシアは、驚いてビクッと身体を震わせるも直ぐにメリルへと謝罪する。だが、直ぐにススッススッと続けて布擦れの音がしたのでメリルが首を横に振ったのが伝わる。
「昼間、特に何もしてないから眠りが浅いんですよ。確かに、荷台に乗っているだけでも疲れはするんですが、それも敷物のお陰でかなり楽になってますから」
「そう······なんだ」
もしかしたら、その言葉は自分が気にしない様にする為の方便かもしれないと、アリシアは訝しみつつメリルの声の調子に耳を傾ける。
「ええ、ルリさんの様に警戒に意識を向けていたり勉強してたりすれば別ですが······そんなルリさんと同じくらい疲れてるはずの人は、まだ起きているんですか?」
「うん、私達が寝てる荷台に男の自分が上がる訳にはいかないからって」
すると、次の言葉からメリルの声に妙な鋭さが混じり始める。
「また、そんな事を言ってあの人はっ! もう······こんな事なら、強制睡眠の魔法でも習得しとけば良かったです」
そのメリルの文句に、アリシアは冗談に聞こえないからやめて欲しいと感じる。ただ、そこにそんなアリシアと同じ考えの者が口を挟んでくる。
「姉さんがそういう事を言うと、冗談ではなくなりそうなのでやめてもらえませんか?」
「ミリアも起きてたの!?」
「いえ、私はアレルの奴と夜番を代わろうと思っていただけですから」
そのミリアの説明に、アリシアはいつの間にアレルの事を名前で呼ぶ様になったのだろうと疑問に感じる。しかし、夜番という言葉が出た為に、アリシアはアレルから聞いた事をミリアへ伝える。
「ねえミリア、それなんだけどアレルが言うには、私達が来る前からここにいた人達がやってくれるんだって」
「アリシア、それアレルさんに騙されてませんか?」
「えっ?」
「まあ、アイツならアリシア様の安全の為に自分も一応夜番をするぐらいはやりそうですね」
言われてみれば、あの時は気付けなかったけれど、確かにアレルならやりかねないとアリシアは思う。そのせいか、アレルに対して沸々と憤りに似た何かが湧き上がる。
「もうっ、メリルじゃないけど私も強制睡眠の魔法を覚えておいた方が良かったかもしれない」
「それなら、落ち着いてから二人で習いに行きましょうか?」
「うん、そうだね。······そういえば、アレルって記憶を取り戻す為にメルキアへ行ってみたいって言ってたよね?」
アリシアは、魔法を習いに行くという事から魔導研究の中心地であるメルキアを思い浮かべる。そして、そのメルキアへ案内する事がアレルへ約束した報酬の一つだった事も同時に思い出す。
ただ、その事に対してう〜んと、懸念でもあるかの様にメリルが唸り始める。
「メリル?」
「あっ、いえ······あそこって、変な人達が集まっているじゃないですか? だから、突飛な発想をするアレルさんと相性が悪いというか······良過ぎるというか······」
メリルの言葉に、アレルが違う世界から来た事を知っているアリシアはハッとする。メルキアにいる研究者と、アレルの発想力や元の世界の知識が合わされば、アレルが元の世界に帰れてしまう可能性にアリシアはここで気が付く。
それならば、メルキアにいる間は常に一緒にいたり、そもそもメルキアに連れて行かなければ良いのでは考えた所で、アリシアはそんな考え方をした事で自己嫌悪に陥る。
(私、最低だ······アレルにとっては、元の世界に帰れる方が良いに決まっているのに、こんな風に考えるなんて。でも······私って、こんなにもアレルにいなくなって欲しくないんだね)
少なくとも、アリシアには現在どうにか笑ったり怒ったり出来ているのは、アレルが与えてくれている安心感があるお陰だという自覚がある。それが無ければ、今にも不安に押し潰されこうして眠りにつく事すら出来なくなるかもしれない事も解っている。
ただ、その自らの依存にも似た甘えに気付いたアリシアは、それこそが先程のやり取りを失敗に導いた原因だと感じる。
(だからなんだ······だから、私は頼らない様にするって伝えるのを無意識に拒否して、不意に感じたアレルの希薄さに引かれてあんな事を······)
そうして、何故か湧き上がってきた気恥ずかしさに顔が熱くなってきたアリシアは、それをメリルとミリアに悟られない様に上掛けを頭まで被る。
「アリシア?」
急なアリシアの行動に、不自然さを感じたのかメリルが話を中断して声を掛けてくる。
「ご、ゴメンねっ······私、急に眠くなっちゃったからこのまま寝るね。あっ、でもこうしているから二人は気にしないで話を続けててっ」
アリシアはそう言うものの、それで話を続けられるメリル達ではない。なので、上掛けを被ったアリシアにはメリルのフゥという吐息だけが聞こえてくる。
「それなら、アタシ達も寝ますよ。ねえ?」
「はい、私はしばらくしたらアレルの奴と代わりに行きますけど」
「······珍しいわね、ミリアが素直に動くなんて」
「アイツには、借りがある。ただ、それだけです」
ズズッと、割と大きめの布の擦れる音がしたので、アリシアはミリアがメリルへ背中を向けたのだろうと思う。続いて、メリルの方からは上掛けを整える音がしたので二人共再び寝始めたとアリシアは感じる。
そんな中で、アリシアは上掛けを被ったままで自らの甘えをどうにかしなきゃと考える。そうしなければ、アレルに頼ってもらう事なんて夢のまた夢だとアリシアは自らに言い聞かせるのであった。




