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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜非望〜 五百二十五話 交錯する言葉、伝わらない想い

 英雄になんてならないで、そう言ってきたアリシアの表情に不意を突かれたアレルは言葉を失う。何故、急にアリシアがそんな事を伝えてきたのか解らない。ただ、様々な想いや言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る中で、ふとアレルは思い出す。

 あれは、ナイフ投げの手解(てほど)きを受けていた時だっただろうか、確かロバートも似たような事を言っていた覚えがある。しかし、ロバートの口にした英雄とはディミトリスを指して言った言葉であり、その意味は人身御供(ひとみごくう)としての英雄のはずだ。そこで、アリシアの口にした英雄とは同じ意味だったのかと考えると、どこかズレがある様な気がアレルにはしている。

 アリシアの口にする英雄とは、人々の希望をその一身で受け止め立ちはだかる万難(ばんなん)難敵(なんてき)打倒(だとう)する者を指している。ただそこに、人々の為に傷付き(おの)が血を流し、無辜(むこ)の民を脅かす者が()る限り自らの願いを捨ててでも戦い続けるという点で共通点が見える。


「······心配するなよ、英雄なんてなろうとしてもなれるもんじゃない。ましてや、俺なんかじゃ力不足も(はなは)だしい」


 アリシアの指す英雄とは何なのか、それが上手く(とら)えきれないアレルだったが、自身は英雄とされる人物達みたく高潔(こうけつ)でもなければ強い人間でないと真っ向から否定する。

 しかし、そんな自らを(おとし)める言葉ではアリシアは引き下がったりなんてしない。


「違うよっ、私は今だけの事を言ってるんじゃないの。これからの······もっと先の事を言ってるんだよ」


「先? ああ、もしかして公国まで辿り着いた時の話を言ってるのか? つまり、公国まで行ければ俺は()らないって意味なのか?」


 その言葉に、アリシアは力一杯首を横に振ってアレルの疑問を否定する。


「違うッ! そうじゃないよ、どうして······ううん、私の言い方が悪かったのかもしれないけど、私が言いたいのはそういう事じゃないよ」


「······なら、どういう意味なんだよ? ちゃんと聞かせてくれ」


 きっと、アリシア自身も自分の気持ちを言葉にし切れないもどかしさを感じている。そんなアリシアに、アレルの言い方は少々小狡い(こずる)い。その証拠に、アリシアはどう言えば良いのかという様子で、ペンダントがあるであろう辺りに両手を重ねたまま(うつむ)いてしまう。

 ただ、この間にアレルの方もアリシアの意図について思考を()いていく。しかし、手が届かないと自覚しつつも、それでも諦めないと覚悟を決めた矢先に英雄になるなと言われるなんて滑稽(こっけい)過ぎるとアレルは自虐(じぎゃく)する。

 あれを言ったのはマスラオだっただろうか、せめてこの旅の間だけでもアリシアの英雄(ヒーロー)でいようと決意した自身と、向こうは向こうで何かしら決心した様子で英雄(えいゆう)になるなと口にするアリシア。本質的に相容れないとはこういう事かと、アレルはまるっきり真逆の想いを抱える自身達に対して思う。


(······でも、ここまで相性が悪いなら、いつか別れる時が訪れても諦めだけはつくか)


 出来る事ならこの先もと望む心と、いずれ別れる時が来るならば線引きをしておきたいという保身と、アレルは両極端(りょうきょくたん)な上に相反する想いの板挟みで苦悩する。その上、足りない実力を補う為に急場しのぎで無理をしてでも強くなろうとしているのに、英雄になるなとアリシアはまるで強くなろうとする事自体を否定するみたいな事を言ってくる。

 どこか似ている所もあると話した事もあるのに、こんな所で決定的な違いが生じている。そのせいか、アレルにはそんなアリシアがどこか遠くに感じられてしまう。


「······私、アレルが頑張ってくれてるのは解ってるの。でも、そんなに無理はしないで。そういう、頑張りとか無理は私達に対してじゃなくてアレル自身の為に取っておかないと駄目なんだよ」


 そこへ、両手を胸に重ねたままのアリシアがようやく話し始める。


「別に、他に使う当てがある訳じゃない。それに、頑張りも無理もしてなければ、そんなものに際限(さいげん)なんてないだろ」


「それじゃ駄目なんだよっ! ······私が好きだった英雄譚(えいゆうたん)、その最後はどんな風に書かれているか解る? どの話も、最後は『世界に平和が訪れ、人々は平和に暮らしました』って書かれるの······じゃあ、その世界の為に、人々の為に頑張った英雄はその後どうなるの? ねえ、だから私はアレルに英雄になんてなって欲しくないの」


 アリシアはそう言いながら、真っ直ぐにアレルを見詰めてくる。その視線に、アレルは耐えられず目を背ける。

 語られない英雄の末路、そんなものは大体(だいたい)が決まって悲惨(ひさん)なものか子供に聞かせられないものになっている。その最たるものが、平和との引き換えに非業(ひごう)の死を()げるもので、最悪なのは助けた人々に恐れられ殺される。例え、平和の後も生きていたとしても、度重(たびかさ)なる戦闘の後遺症(こういしょう)で満足に身体が動かなくなったり、名声に胡座(あぐら)をかいて酒や女に(おぼ)れるなんて話もあっただろう。

 それ故に、アレルはアリシアがそんな英雄の姿を今目の前で無理をしている自身に重ねているのだろうと考える。それに対して、冗談じゃない人を馬鹿をするのも大概(たいがい)にしろという感情がアレルの中から湧き上がる。


「そっちの話は、それで終わりか? なら、こっちも言わせてもらうけど、別に俺は英雄なんてものを目指している訳じゃねえよ。ただ、今のままじゃ伸ばした手が望む場所に届かねえから、だから自分の為に努力しているだけだ! それをッ、英雄になるなだなんて、まるで強くなろうとする事自体を否定するみたいな言い方をするなッ」


「アレルッ!? 私、そんなつもりじゃ······」


 ガタッと、アレルの剣幕(けんまく)に思わずといった様子で立ち上がったアリシアは、立った拍子(ひょうし)に左腕を前にして両腕を交差する。

 その姿に、無意識の中の防御反応を感じたアレルは、アリシアを(おび)えさせてしまった事に罪悪感(ざいあくかん)を覚え一瞬で冷静になる。それで、直ぐに謝ろうと手を伸ばすも、その手にアリシアがビクッと身体を震わせた事でアレルは何も言えなくなってしまう。


「あの······ゴメンね、私の言い方が悪かったよね。もっと、ちゃんと上手く伝えられる様になってから話すべきだったよね」


「違ッ······いや、俺も疲れてるというか余裕がなくて······その、ごめん」


 アレルは、どうにか弁明(べんめい)する為立ち上がろうとするも、またアリシアを(おび)えさせてはならないと両手を(ひざ)の上で握り締めて顔を背ける。そうして、アレルが自らの言動を()いていると、そんなアレルの肩に人の手が触れた感触が返ってくる。


「······アリシア?」


「ううん、アレルが怒るのも当たり前だよ。だって、頑張ってる人に頑張るなって言うのが酷いのは、私だって解るから······アレルは、私に諦めろなんて言わないのに、本当に私の言い方が悪かったの。ゴメンね」


 そう謝ったアリシアは、肩に触れていた手でそのままアレルの頭へ触れて、まるで(なだ)めるかの様に一撫(ひとな)でする。


「謝らなくていい······酷い事を言ったのは、お互い様だ」


「うん······でもね、これだけは覚えておいて。アレルは一人じゃない、私もいるしルリちゃんもメリル達もいる。だから、あまり一人でばかり頑張──無理を──えっと、その······」


 先程のやり取りを気にしてか、アリシアは最後の最後で言い(よど)んでしまう。何故か、こういう所がアリシアだよなと安堵(あんど)出来たアレルは、笑みを浮かべながら頭に乗ったままのアリシアの手を優しく退()かす。


「そこは、普通に頑張らないでとか無理をしないでで、良いと思うけど?」


「だっ、だって、アレルが気にするかなって思ったんだもん! 仕方ないでしょ?」


「まあ、そうだな······それより、アリシアはそろそろ寝ろよ。もう遅いんだから」


 いつもの様な反応を返すアリシアに、アレルは握っていたアリシアの手を離しながら就寝(しゅうしん)(うなが)す。

 すると、僅かに(いきどお)りを顔に残していたアリシアはスッと真顔に戻る。


「うん······アレルは?」


夜番(よばん)は、向こうの連中がやってくれるらしいから俺も少ししたらここで寝るよ。流石(さすが)に、女性四人が寝ている荷台に上がる訳にもいかないからな」


「四人? あっ、ルリちゃんも入れてか」


 おそらくは、荷台で横になっているメリルとミリアの事しか頭になかったのだろう。しかし、小物入れの中とはいえ瑠璃も荷台で寝ている。


「そうだけど······ほら、アリシアが寝てくれないと俺も寝れないから早く寝てくれ」


「むぅ······そんな風に邪魔者扱いしてぇ。······ねえ、明日になったらいなくなってたりとかしない?」


 何故か、むくれていたかと思っていたアリシアが、不意に不安そうな表情でそんな事を訊いてくる。

 ここで、アレルは真面目(まじめ)に返す事も出来たが、それだとアリシアの不安は拭えない様な気がする。なので、いつもの自分らしく振る舞う事にした。


「この世界で、俺に行く当てなんか無いよ。解るだろ?」


 と、アレルは肩を(すく)めて言う。すると、アリシアはクスッと軽く笑って頷く。


「そうだね、それじゃおやすみ、アレル。あの、毛布とかいる?」


「いや、外套(がいとう)があるから必要ない。だから、おやすみアリシア」


「うん······また、明日ね」


 最後に、それだけ言い残したアリシアはスタスタと振り返る事なく荷台の中へと戻っていく。アレルは、その後ろ姿を見送りながら、先程の会話中の自身を(かえり)みて自己嫌悪(じこけんお)(おちい)るのであった。



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