一章〜非望〜 五百二十二話 成長を続ける未熟な羽根達
思いも寄らない事を伝えられたからか、メッサーとジェシカの二人はなかなか話せる様な状態には戻らない。ただ、アレルはそれも致し方ないかとも思う。
メッサーの方は、苦手がありながらも自身よりも劣る者がいると安堵していた所もあったのだろうが、実際はその劣ると思っていた人物こそが憧れの人の最も期待する人物だった。ジェシカの方は、おそらく自身よりも上の実力の者はレイラしかいないと思っていたのだろうが、そのレイラが他の人物の秘めたる才能を引き出す為の存在だったのが堪えたのだろう。
それぞれで、それまでの価値観を大幅に崩されたのだから、今の様になってしまうのは仕方ないとも思う。ただ、そのままにしておくのも二人の今後に影響がありそうだと思ったアレルは、メッサーとジェシカにも何かしら働きかけなければならないと感じる。
「んで、二人は何でそんな風に黙り込んでいるんだ? 別に、ジーナがどうであれ、二人には関係ないだろ」
そんなアレルの呼びかけに、メッサーとジェシカは揃ってゆっくりと視線をアレルへ向けてくる。
「いや······だって、ウチ等の方が昔から知っていたんですよ? それなのに、ジーナの事が解ってなかったっていうのが少し······」
「そうは言っても、近くにいる人間の方が見えない事も多いって事もあるだろ」
「でも、アレル様はほんの数時間関わっただけなんすよね? 俺等なんて、数年一緒にいたのにジーナの事なんて全然解ってなかったんすよ」
「そんなの、ロバートがいない時にメッサー達を訓練していた奴の方が解ってなかっただろ? 人の才能に気付くのも、それなりの能力が必要なんだよ」
と、アレルは言った言葉を裏返せば、自身にはそれがあると言っているみたいに聞こえる事に気付いて苦虫を噛み潰したような表情をする。
しかし、ジェシカの方はまだ大丈夫そうだが、口調まで変わっているメッサーの方が受けた衝撃が強そうだった。なので、アレルは先にメッサーの方を何とかしようと考える。
すると、メッサーは急にその場で頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
「あぁ〜ッ!! やっぱり、筆頭が選ぶだけの理由があったんじゃねえかっ」
「それはそうでしょ? ロバートさんって、無駄な事はしない人だったじゃない」
ただ、メッサーにしろジェシカにしろ、既に立ち直ったみたいにケロリとした話し方をしてくる事に、アレルは少々戸惑ってしまう。そして、そんなアレルに気が付いたのか、ジェシカが理由を説明してくれる。
「あの、心配させてしまいましたか? まあ、驚いたには驚いたんですけど、元々ウチ等はそれなりの実力しか身につかないのは判ってましたから」
「そう······なのか?」
「そうっすよ、さっきジェシカも言ってたすけど、筆頭は無駄な事はしないっつうかさせてくれなかったつうか······まあ、よく言えばそれぞれの適性にあった訓練をさせてたんすよ」
言いながら、よっととメッサーは少し勢いをつけて立ち上がる。その表情は、暗さなど感じられずどこか清々しさすら感じるものだった。
「ちょっと、アンタ口調気を付けなさいよ」
「あっ、そうだった······すみません、アレル様」
「いや、別に気にしてないから」
アレルがそう言うと、メッサーの話の続きをジェシカが引き継ぐ。
「ロバートさんは、ほら······興味の無い人に時間を割きたくない人でしたから、見込みのない人間には万遍なく教えるのではなく何か一つ得意な事が出来るように教えていたんです」
「でも、商会としてはそれでは困るってんで、他の教育係も用意されたんですよ」
ジェシカとメッサーの話を纏めると、他の教育係が基本講習を担当して個々人の得意を伸ばす特別講習をロバートが担当していたという事らしい。
しかし、ナイフ投げを教えてもらったアレルとしては、あの徹底ぶりならば逆に中途半端に教えるのは嫌いそうだと感じる。ただ、それも自身に対する感謝みたいなものだったのかもしれないと思い直し、アレルはこの場でとやかく言うのは止めた。
「それなら、二人が割り切れているのもロバートが多くを教えてくれなかったからって理由が大きいのか」
「ええ、まずは着実に出来る事を一つ覚えて、他はその後でっていうのが筆頭の俺達に対する教え方でしたからね」
「その関係で、得手不得手の相性で二人ないしは三人とかで組まされているんですけど······でも、ウチ達も互いに教え合ったりで少しは成長もしてるんです。だから、アレル様が心配されるみたく悲観なんてしてないので大丈夫ですよ」
ジェシカがそう言うと、メッサーはニッと朗らかな笑みを浮かべ、ジェシカも柔らかく微笑みを返してくれる。そんな二人の気遣いに、その言葉に嘘がないと何となく判るアレルもどこかホッとして安堵の笑みをこぼす。
「······そうか」
二人の話を聞いて、アレルは以前感じたロバートの教え方の狙いを思い出す。その、意識し合う者達で高め合っていくという手法を。
正直、その感じたものが正しいのかはアレルには判らない。でも、合っていたとしたなら、それはもしかしたらディミトリスと出会う前と失った後で高め合う仲間すらおらず、たった一人で自らを鍛え上げたロバートだからこその理想の形だったのかもしれない。ただ、レイラとジーナだけに留まらず、こうして他の教え子達もがその理想を体現してくれている。
その事にアレルは、これが自身とは別の形でロバートの救いになっていると良いなと密かに祈る。
「アレル様、もう夜も深くなってきました。そろそろ、お休みになってはどうですか?」
そこへ、メッサーがそんな事を言ってアレルへ就寝を勧めてくる。
確かに、明日も馬車で移動するしかない為に、寝られるなら少しでも長く寝ていた方が良いとアレルは感じる。ただ、大分脱線してしまった気がするものの、ジェシカの方はもういいのかとアレルは視線を向ける事で訊ねる。
「えっ? ······ああっ、ウチの事は気にしなくて大丈夫です。なんか、アレル様の話ですっかり窘められてしまった感じなので」
アレルの視線の意図に気付くと、ハッとしたジェシカはアハハと笑いながらアレルへ両手の掌を向けて左右に振る。
「そういう事なら、俺は馬車の方へ戻らせてもらうとするかな。二人共ありがとな、色々と話を聞いてくれて」
「あっ、いえ······俺達の方こそ、なんか色々と為になりましたから、感謝するなら俺達の方ですよ」
「そうですよ。なので、周囲への警戒はウチ達でやるのでアレル様はゆっくり休んで下さい」
そうは言ってくれるものの、流石にアリシアがいる状況で人任せには出来ないなとアレルは思う。しかし、せっかく言ってくれてる事を無下にも出来ずに、アレルはこの場では感謝を伝える。
「ああ、ありがとう。それじゃ、二人共おやすみ」
そう言うと、メッサーとジェシカは頭を下げてきたので、そんな二人に背を向けてアレルは馬車の方へと帰るのであった。




