一章〜非望〜 五百二十一話 埋もれた人材
そうして、アレルの発言で驚きアレルへ詰め寄ってくるジェシカを他所に、何かを思い出したメッサーがああっと手を叩く。
「そういえば、筆頭がアレル様は勘が鋭いというか、何か変なものと繋がっているみたいな事を言ってましたね」
「えっ!? そんなの、ウチは聞いてないけど?」
「おい待て、ロバートは俺の事を一体なんて言っていたんだ?」
咄嗟に、我に返ったジェシカは伝達の不備を咎め、アレルは僅かな憤りを滲ませた視線をメッサーへ向ける。
「待てって、ジェシカは俺が話そうとしても筆頭の話なら後で聞くとか言って聞かなかっただろっ! あと、アレル様の事は不可思議なものと縁があるとしか聞いてません!」
不可思議なもの、その言葉を聞いたアレルは瑠璃やアンデッドを倒した際に解放された魂の事を言ってるのだろうかと思う。だが、そうして一応の納得を得たアレルとは違い、ジェシカの方はメッサーに対して不満タラタラだった。
「アンタねえ、それもうロバートさんの話じゃなくてアレル様の話じゃない? そういう事は、ウチが後で良いって言ってもちゃんと伝えなさいよ!」
「はあ? 俺は、いつも伝えようとしているだろ? それに耳を傾けないのは、ジェシカの方だろ!」
「何をッ──」
「そこまでだ! ······何ていうか、二人共仲良いな」
再び始まった口喧嘩に、そのままやらせておくのも面倒に感じたアレルは一言だけ加えてその喧嘩に水を差す。ただ、アレルの予想では定番の二人で声を揃えて驚くか反論してくるかと思っていたが、メッサーもジェシカもどこか呆れた様子でため息を吐く。
「アレル様、別にコイツとはそんなんじゃありませんよ。単に、足りない部分を補い合えって筆頭に組まされただけですから」
「ウチも、こんな戦闘馬鹿なんてゴメンです。どちらかといえば、ウチは知的な人の方が好みですから」
と、予想していた反応とは違ったが、二人の頭を冷やす事には成功したのでアレルは話を元に戻す。
「そういう事なら、レイラとジーナも同じなんだな」
アレルがそう言うと、何故かメッサーもジェシカも首を傾げて不可解な反応を示す。その反応に、状況が理解出来ないアレルも首を傾げ、会話している全員が首を傾げるという不思議な状況が出来上がってしまう。
ただ、その状況で真っ先に口を開いたのは、レイラの存在を意識してきたジェシカだった。
「あの、レイラ達の場合は単純に付き合いの長さで選ばれたのではありませんか? だって、ジーナなんてウチ達の中ではあまり優秀とは言えない成績でしたし」
「へ? 人の声色を真似たり、人の考えを汲み取ったりが出来るのにか?」
「ええ······アレル様がジーナの何を知っているのか知りませんが、成績があまり良くないからこそ令嬢の教育係など引き受けているんじゃありませんか?」
それは違うと、アレルはハッキリと明言出来る。何故なら、ジーナはその自信の無さから他者をよく観察し、そこから得た優れた観察眼の持ち主だ。
その観察眼による他者への識別は、社交界という常に自らの優位性を誇示し合う魔の巣窟みたいな場所を主戦場とする令嬢にこそ必要なものだ。しかし、アレルが接した感じで言うとカタリナにはそれがなく、良くも悪くも天真爛漫といった様子だった。
それ故に、カタリナには戦う術というよりも自らを守る術として、ジーナから学ばせようと考えた末の人選なのだとアレルは思う。そう思うからこそ、アレルはジェシカ達のジーナへの認識を改めさせようとする。
「あのさ、一応言っとくけど本当に才能を認められているのはレイラの方じゃなくてジーナの方だと思うぞ」
「えっ······と、それはアレル様の勘違いなのでは?」
「そうですよ、裏の実務系がイマイチで表の業務に回されそうなくらいだったんですから」
メッサー、ジェシカと、立て続けにアレルの発言を否定してくる。ただ、二人の言葉から黒羽根の教育は一から十までロバートが見ていた訳ではなく、他の人間が教えていた期間もある事が窺えた。そうでなければ、そこまでの扱いをされていたジーナがロバートの直弟子の様になるはずがない。
おそらくだが、現役だったロバートは任務の合間にレイラやメッサー達の指導をしていたのだろう。その中で、自らの代わりとなり得る者を見出だせずに肩を落とす中で、その劣等感から本来の実力が出せないジーナを見つけたのだとアレルは考える。
そうだとするなら、メッサーとジェシカの認識を改めさせるのは、そこまで難しい事ではないとアレルは感じる。
「なあ、その頃ってロバートは現役で付きっきりで教える事なんてなかったんだろ?」
「ええ、筆頭から聞いたんですか?」
「いや、二人の話を踏まえるとジーナを表の仕事に回そうとした人間とロバートが同一人物だとは思えない。むしろ、そうして黒羽根の教育から外されそうな所を拾ったのがロバートって考えた方がしっくりくる」
そう話すアレルに、メッサーもジェシカもどうしてそんな事まで判るのだと驚いた様な表情を向けてくる。その反応に、こういうのも久しぶりだなと思いながら、アレルは話を続ける。
「ああ、あとたぶんだけどな、レイラが一緒に教えられたのもついでだと思うぞ。まあ、ロバートが直々に教えても良いと思える素養はあったと思うけど、レイラの存在はジーナの劣等感の大元だったはずだからな。二人を並べて教える事で、ロバートはジーナの劣等感を刺激し続けるのが目的だったんじゃないか」
「えっ、でも······それじゃあジーナは余計に自信を失うだけなんじゃありませんか?」
「まあな。でも、その分レイラの事をよく観察する様になる。実際、俺が会った時はかなりレイラを意識していたからな。それで、本題なんだが······ジーナには誰にも負けない武器があって、その証拠にまるで本人かと思える程の声真似が出来る。これが、どういう事だか二人には判るか?」
そう訊ねると、ジェシカは何かその問い掛けに裏があるのではと疑ったみたいで、何やら長考の構えを取る。逆に、メッサーの方はというと、自ら頭を使うのが苦手というだけあって僅かに考えただけでアレルに答える。
「えっと、潜入の際に役に立つとかですか?」
「十点満点中三点。······それと、ジェシカは時間切れで零点」
アレルには点数評価が通じるのか判らなかったが、その評価にジェシカは即座に反応してアレルに詰め寄ろうとするも、その理由に気付いたみたいで静々と引き下がる。そして、メッサーの方は低い点数にガックリと項垂れていた。
なので、仕方なくアレルは二人の言葉を待たずにそのまま続ける。
「答えを言うと、ジーナは観察力と分析力に優れているんだよ。話し方を観察し、その声音を分析して自らの声で再現する。それが出来なければ、人の声真似なんて出来やしないだろ? そして、観察力も分析力も黒羽根の仕事には必要不可欠な能力で、更に言うとジーナのそれはかなり高い水準にある。ロバートの目に止まる程にな」
「あ、あのっ! 待って下さい、その言い方だとまるでレイラがジーナを成長させる為の教材みたいじゃないですかっ?」
そこへ、レイラを意識していたジェシカが取り乱した様子で口を挟んでくる。余程、話した内容が衝撃的だったのだろうとアレルは思う。
「いや、ロバートは一応二人で半人前みたいな事も言ってたし、そんなつもりは無いんだと思う。けれど、レイラって手本が近くにあるジーナは、その気になれば同年代の黒羽根の中で一番にもなれる程の逸材だ。ついでに言うと、俺もジーナに自信を持たせる様な事を言ったからな······二人共、いつまでも昔のジーナのままだと思っていたら、足元をすくわれるぜ」
そう言って、アレルはどこか衝撃を受けたみたいに固まるメッサーとジェシカに対して、挑発的な笑みを向けるのであった。




