一章〜非望〜 五百二十話 致命的な甘さを生む後悔
テレサの厄介さを認識したアレルは、最後にもう一つだけメッサー達に意見して欲しい事を訊ねる。
「あのさ、最後にもう一つだけ良いか?」
「はい、でも少し待って下さいね」
ジェシカはそう言うと、バシッとまるで壊れた昭和のテレビでも叩くみたいにメッサーの頭を叩く。すると、表情が固まっていたメッサーはハッとして、叩かれた所を手で抑えながら急に周囲をキョロキョロ見渡す。
「なんか、アレル様がウチ等に何か訊きたいみたいよ」
「へ? あ、ああ······そ〜れでしたら、どうぞ」
と、どこかまだ判然としてないメッサーが言う後ろで、ジェシカがペロッと舌先を出して小悪魔的な笑みを浮かべる。
それに、少しメッサーが不憫に思えたアレルだったが、そこに何か言ったら長くなりそうだったので自身の事を優先する。
「訊きたいのは、テレサへの対処でさ······間者って確定したら排除とかした方が良いのか? ほら、辺境伯が利用してる節もあるし、勝手にやるのはマズイのかとも思ってさ」
「それなら、放って置いて良いのでは? 敵側の間者と解って利用しているなら、利が無くなり害を及ぼすと思った所で殺すなりなんなり辺境伯様の方でされるかと思います」
少なくとも筆頭ならばそうしますと、メッサーは付け加えて締めにすると再び叩かれた部分に手を当てて首を傾げる。ただ、訊きたいのはそういう事じゃないんだよなとアレルが思っていると、今度はジェシカの方が口を開く。
「アレル様、もしかして本当にお訊きになりたいのは、そういう事ではないのですか?」
「ん? あ〜、まあ······何ていうか、エリオットの奴がな······何も知らないまま、あそこまで執心している相手にいなくなられるとどうかなってな。······あと、テレサの方も色々と事情がありそうな気もするし······そりゃあ、人の命に関わる事に首を突っ込んでる時点で覚悟の無い方が悪いっての解るけど、もしそうするしか生きる道が無かったって考えると一方的に命を奪われるなんてのはさ······」
アレルは、自身でもそれがどこか言い訳めいた軟弱な事を言ってるのは理解している。それでも、アレルの脳裏にチラつく二人の傭兵の姿と声にアレルの心は揺らいでしまう。
一人は目の前で見殺しにし、もう一人は救いの手を伸ばさなかった為にその魂すらも贄としてアンデッドに喰い潰されてしまった。
その、どこか未消化な後悔がいまいちアレルを冷徹になりきれなくさせている。
「······随分と甘い事を、綺麗事を言われるんですね」
そこへ、ジェシカがそれまで聞いた事のないような冷たい声でアレルへ言い放ってくる。
「ウチ達は、常日頃から命の扱いが軽い場所で生きているんです。そんな場所で生きる者達に、今のアレル様の言葉は侮辱以外の何物でもありませんよ。それに、自らもこちらに片足突っ込んでおいてまるで自分は生きていけるのが当たり前みたいに思っているなら、明日命を落とすのはテレサではなくあなたになりますよ」
キッと、ジェシカはまるで親の仇でも見るような鋭い視線でアレルを睨んでくる。しかし、そんなジェシカにアレルはフッと笑みを返す。
「ああ、なんだかんだで自分が甘いのは自覚しているし、その甘さがいつか自分を殺す事になるだろうってのも解ってる。でも、この甘さを捨てたら俺が俺でなくなる気もするし、何より背負っていくって決めたからな······背を向けて逃げたくないんだ。だから、そんな俺に出来るのはせめて俺の甘さで苦しむのは俺だけに留めて、近くにいる人達を巻き込む事だけはしない事ぐらいなんだ。それと······ありがとな、わざわざ嫌われ役を買って出てまで心配してくれて」
と、ジェシカの言動の意図まで理解した上で、アレルは自らの覚悟を語る。すると、プククッと笑いを堪えるメッサーに対して、ジェシカは僅かに顔を赤らめてクシャクシャっと髪を掻き乱しながら軽く地団駄を踏む。
「あ〜、もうッ! そうやって感謝なんてされたら、ウチの立つ瀬が無いじゃないのよぉ!」
「クククッ、それはジェシカがアレル様に回りくどい言い方するからだろ? こういう、命の重さを説くのが無意味な人だから、筆頭も放っておけないと思ったんじゃないか」
「うっさいわねッ! 良いわよ、アンタがこれまで何回筆頭って口にしたか、ロバートさんに告げ口してやるからッ」
「なッ!? それをされたら、俺がまた筆──ロバートさんの特別訓練をやらされる羽目になるだろうが!」
「良いんじゃない? それで、またアンタの取り柄の腕っ節が鍛えられるんだから」
などと、自身の発言がきっかけでメッサーとジェシカの口喧嘩が始まってしまった事に、アレルは唖然としてしまう。
最初は、顔を赤くしたジェシカが劣勢ではあったものの、やはり弁が立つのはジェシカなのだろう。途中からは、普段の調子を取り戻したジェシカにメッサーは押し負かされてしまう。ただ、そうしてメッサーがぐうの音も出なくなると、ふと我に返った様子のジェシカがアレルへ視線を向けてくる。
「あ、あの······アレル様の考えは解りました。なので、先程のアレル様からの質問については、ウチから言える事はアレル様の好きにすれば良いとしか言えません。アレル様が、実際にテレサと会って感じた事、思った事をすれば良いと思います。どうせ、全部が思い通りになる事なんてないんですから、皆が皆好きな事をすれば良いんですよ」
フンッと、ジェシカはどこか不貞腐れるみたいに顔を背けて、照れ隠しなのだろうかいじけている様な態度をとる。
しかし、ジェシカの言う事ももっともだと思ったアレルは、迷いの晴れた申し訳無さから夕食前の約束を思い出す。
「そういえば、ジェシカが俺に訊きたい事って何なんだ?」
そう訊ねると、ジェシカはどこか驚いたように身体を震わせ、僅かに逡巡した様子を見せた後で頭を抱えて俯いてしまう。
「ジェシカ?」
「あっ、いえ······その〜、今更こんな事を訊ねるのは話の流れ的にどうかと思いまして······」
と、ジェシカが悩んでいる横から、ここが好機だと思ったのかメッサーが口を挟んでくる。
「どうせ、ジェシカが訊きたいのなんてレイラの事なんじゃないですか? コイツ、訓練が始まった頃から成績の良かったレイラに嫉妬して、ずっと好敵手として意識し続けていたんで」
「ちょっ!? 何で、アンタが知っているのよ!」
「そんなの、見てれば誰にだって解るよ。解ってなかったのは、ジェシカとレイラぐらいじゃないのか?」
「そ、そんな······」
自分では上手く隠していたつもりだったのか、衝撃の事実にジェシカはその場で膝から崩れ落ちてしまう。ただ、そんなジェシカがレイラの何を知りたかったのだろうと、アレルはレイラの事を思い出しつつ考えてみる。
(ライバル視してたなら、近況なんて聞きたくないだろうし······でも、相手がというより自分がどこまでいけば追い抜けるかぐらいは知りたいかな? いや、もしかすると──)
「······一応言っとくけど、レイラは色々と万遍なく出来るけれど、人の心の機微には疎い感じだったぞ」
アレルがそう口にした瞬間、ジェシカは刹那の間だけ表情を固めるも即座に立ち上がり、その表情も瞬時に驚きの色で染める。
「な、何でウチが訊こうとした事が判るんですかッ!?」
「いや······何となく?」
そうは言うものの、アレルにはそれなりの確信はあった。
それというのも、ジェシカは情報収集の話で入手の速さを優先して仲間内では推奨されてない手段を用いていた。それに、優等生扱いされているレイラをライバル視しておきながら、ジェシカはどこか自身とは違うと線引きもしている様な感じもあった。
なので、アレルはジェシカの目的はレイラを追い越す事ではなく、あくまでレイラに一泡吹かせる事が目的なのではないかと考えた。それ故に、アレルはレイラの弱点と呼べる部分をジェシカに話しただけであった。




