一章〜非望〜 五百十八話 その存在の重要性
アレルは思う。もし、テレサがビットーリオ側の誰かに雇われた間者であったなら、これまでおかしいと疑問に思っていたほとんどの事に説明がついてしまう。
娼館に売られた身でありながら、その仕事には本気で取り組まずに金への執着も無い。エリオットに対しても、その求婚を受け入れながらも本名を伝えておらず、中途半端な態度を取り続けている。更に、店の中と外で別の顔を使い分けている疑惑だってある。
(でも、それが娼館からの解放とその後の生活を引き換えに誰かに雇われていたなら納得出来る)
そういう約束があるから、客を盗られても怒りもしないし仕事にも本気になりはしない。それに、自由を約束されているからこそエリオットとの結婚などにも興味が向かない。
そして、店の内外での顔の印象の違いに関しては、雇い主の連絡係との接触の為に使い分けているとも考えられる。
「いや、待って下さいよ。いくら何でも、話が突拍子なさすぎませんか?」
そこへ、依然黙ったままのジェシカではなく、メッサーがアレルへ待ったをかけてくる。ただ、アレルの手札には未だ切っていない札が残っている。
「それが、そうでもないんだよ。この前のシープヒルでの一件、実は近くの町に辺境伯が逗留するなんて話があったんだ。でも、それは実際には行われず急遽取り止めになったんだ。にも関わらず、辺境伯を狙った部隊がシープヒルを襲撃しにきた。······これがどういう事だか、判るか?」
「え〜っと、つまり辺境伯様を狙っておきながら、不確実な予定を信じて部隊を動かしたって事ですか?」
「メッサー、そこまで判るならもう少し先まで考えろよ。そうして部隊を動かしたなら、余程信頼性の高い情報源があった、もしくは今もあるって考えられるだろ?」
言われて、メッサーは視線を左右に動かした後で下を向き、そのまましばらくブツブツと何かを呟くとクンッと勢いよく顔を上げる。
「辺境伯様に関する······信頼性の高い······情報源······あ〜っ!? それで、アレル様はテレサを疑っているんですねッ?」
「まあな」
と、頭を使うのが苦手というメッサーも、ようやく話の流れに追い付いてくる。そして、アレルはそこで視線を何やら思い返している様子のジェシカに移す。
すると、ジェシカもアレルの視線に気付いたのか、口を覆っていた手を下ろす。
「すみません、話は聞いていたんですが少し気になった事を確認していて」
「そうなのか?」
「はい······ウチも、話の途中からテレサが間者の可能性を考えて、テレサの前で迂闊な行動をしてなかったか思い返していました」
そうして、どこか反省した様子のジェシカにメッサーが上から目線で声を掛ける。
「だから、いつも俺が言ってただろ? 筆頭の教え通りに、娼館なんて同業者も入り込みやすいし若いうちしか使えない手段だから、安易に手を出すなって。それに、真っ当な手段の方の腕も錆び付くだろうし」
「うるさいわね、手っ取り早く情報を集めるのには最適なのよ。それに、この手を使ってるのはウチだけじゃないわよ。ただ、娼婦上がりだなんて色眼鏡で見られるから表の仕事なんて出来ないけどね」
ジェシカの言葉通りなら、表の仕事も兼業する橙と黄の羽根を持つレイラとジーナは、娼館など世間から偏見の目で見られる様な所へは潜入していないという事になる。特に、ジーナなんて貴族令嬢の教育係まで請け負っているので尚更だろう。
アレルがそんな事を考えていると、ジェシカがハァと深いため息を吐いた後で話し始める。
「一応、ウチは店の中では自分が一番の高慢な女を演じていたので、人の客を盗るのも特段おかしな行動ではなかったはずです。でも、アイツ······テレサが同業者だったなら、あの面の皮の厚さも納得です」
ジェシカが言うのは、おおらかで細かい事を気にしないという意味の方なのだろう。つまり、エリオットは貴族令嬢達の着飾った感じを見飽きていて、テレサの素朴で損得を気にしない所に惹かれたのだろうとアレルは考える。
(エリオットの奴、見た目に飽き飽きしていたくせに、テレサが作り上げた外面に騙された訳か······皮肉が効き過ぎているな)
などとアレルは思うも、テレサに関する懸念もメッサー達に訊ねる。
「それでさ、テレサの事なんだけど辺境伯がわざとエリオットを通して情報を流している可能性があるんだ。二人は、それに関してどう思う?」
「その根拠は、何かあるんですか?」
「いや、ほとんど勘だ。ただ、元々エリオットがテレサと会ったのも、辺境伯が社会勉強だと言って娼館に放り込んだのがきっかけだし、シープヒルの件も辺境伯が相手の狙いを知る為にわざと自分の所在を流した感じがあったからな。······まあ、その所在も行くつもりがなかったと考えるとただの虚言だけど」
そう、アレルが自身の感じた事を伝えると、メッサーとジェシカの二人は顔を見合わせてから同時にアレルへ向き直る。
「はっきり言って、可能性だけならない話ではありません。筆頭の話では、辺境伯様とは昔から商会と付き合いがあったそうなので、そういった情報の取り扱いには長けていると考えられると思います」
「テレサの方は、商家の生まれと言っても商売に失敗しているので情報の扱いには慣れていないと思います。それに、例外はありますが娼婦を情報源とする者は大抵自分の方が利口だと思い込んでいます。手に入れた情報は、その真偽に関わらず全て伝えさせていると考えるのが普通ですね」
メッサーに続き、ジェシカも訊かれた事に対する自身の考えをアレルへ伝えてくる。それらについて、少し時間を掛けて自身へと落とし込んだアレルは、気になる部分について話していく。
「メッサーの話については、俺もロバート本人から聞いている。それと、テレサに関してだが情報の扱いに疎いって決めつけるのは、現段階では危険な様な気がする。あと、テレサを情報源にしている奴だけど、ソイツがジェシカの言う例外でテレサ自身も情報の扱いに長けていたら、シープヒルでの一件が失敗しても良い捨て策だった可能性も考えられる」
「捨て策、ですか?」
「ああ、あくまで仮定の話になるから、そのつもりで聞いてくれ。あの時のアンデッドの性質は伝わっていると思うけど、あの時に部隊を任せられていた奴等の中にビットーリオが疎ましく感じていた騎士がいたんだ。ラルフ・ニールセンって言うんだけど、ビットーリオとしてはそのラルフをアンデッドの餌にして始末出来れば良しで、辺境伯の命は二の次三の次でブルックス領内を混乱させるのが本命だったとも考えられる」
「あの〜、例えそうであってもその狙い全部アレル様とロバートさんで防いでしまってますよね?」
と、ジェシカがどこか引き気味に言ってくるも、アレルは偶然なといった感じで無言のまま肩を竦める。
「でも、それならそれで辺境伯を亡き者にしたいって意思はありそうだから、今後に本命の策を持ち出してくる可能性は残るだろ? だから、ビットーリオ側の真の狙いはどこにあるのかを探るのに、テレサがその糸口になるかもしれないんだ」
そう締めくくる事で、アレルはメッサーとジェシカに、テレサという存在の重要性を説く。




