一章〜非望〜 五百十七話 話す程に深まる違和感
──黒羽根の野営場所へ向かう途中。
自らの欠陥が、アリシアと瑠璃を心配させていると判っても、そのあまりにも根深い問題に即座に対応する事がアレルには出来ない。もしかしたら、命を失う様な経験をすればそんな問題にも変化が起こせるかもしれないが、現状でそんな事を試している暇はないし、そもそも命を無駄にする様な行いはしたくない。
ならば、どうすれば良いのかと、アレルの思考は八方塞がりになってしまう。
(本当に、ままならないな)
そうは思うも、今の自身には差し迫ってやらなければならない事がある。そうして、いつも通り自身の事を後回しにしてしまう事を、アレルはこういう所が根本的な原因なんだろうなと思いつつも仕方ないと割り切ってメッサー達の所へ向かう。
「あっ、アレル様お待ちしてましたよ。こちら、頼まれていた補充のナイフです」
と、メッサー達が使う焚き火の明かりが近づくアレルを照らした所で、それを視界に捉えたメッサーが話し掛けてくる。その手には、白羊の宿で受け取った物と同様のポーチが掲げられていた。
「ああ、ありがとな。それで、支払いは?」
「あ〜、それなら平気ですよ。筆頭から話がつけられているらしいんで、とある人に必要経費としてツケておけと言われてますので」
とある人、そう聞かされたアレルが真っ先に思い浮かんだのは辺境伯だ。あのロバートが、そこまでぞんざいに扱う人間はクラウスか辺境伯ぐらいしかアレルは知らない。
ただ、必要経費とも口にしていたので、ロバートの知り合いで考えるとクリムエーラへの依頼者である大公辺りが次点の候補だろうとアレルは考える。だが、それだと流石に恐れ多いなとアレルは眉を顰める。
「良いのか、それ?」
「大丈夫ですよ〜。ロバートさんが言うなら、あの人が全部責任取るはずなので」
すると、暗闇の奥からアレルが来たのを察知したのか、焚き火の明かりに近づく程に徐々に顔が見えてきたジェシカが代わりに答える。
メッサーとジェシカ、この二人の言葉だけでは少々不安も残るアレルだったが、辺境伯にしろ大公にしろロバートが間に入っているなら大丈夫だろと一応の安堵を得る。それから、アレルはメッサーからポーチを受け取る。
「それで、アレル様の訊きたい事とは何ですか? それも、この様に改まってまで」
そこへ、ジェシカが関わると話が脱線すると考えたのか、メッサーが早速本題を切り出してくる。それにはアレルも、早く話せるなら有り難いと訊きそびれていた事を口にする。
「それなんだけど、辺境伯の息子のエリオットが入れ込んでいるらしいサリーって娼婦の事が知りたいんだ」
夕食前の話を聞く限り、エリオットも何やら辺境伯の策略に組み込まれているみたいなので、リバッジで待っている可能性は低い。しかし、約束は約束な上に、エリオットの所在が不明の方が好都合な場合もあり無理矢理リバッジまで来るかもしれない。
なので、万が一に備えて前もってサリーなる人物の事が判るなら聞いておこうと、アレルは考える。すると、メッサーを差し置いてジェシカが気怠そうに声を漏らす。
「あ〜、あの面の皮が異常な程に厚い女の事ですか?」
「知ってるのか?」
「はい、ウチも情報収集で娼館なんかにも潜り込むんで、一時的に同僚になった事があるんです。その時、どうしても手に入れたい情報の持ち主がサリーの客で、ご法度ではあるんですけどサリーから客を奪ったんですね。まあ、ウチとしてはどうせ店は辞めるしどうでも良かったんですけど、普通は自分の客を盗られたら報復してきてもおかしくないんです。なのに、サリーの奴はニコニコ笑いながら『お客様の自由なのだから、仕方ないですわよね』なんて言ってたんです」
話を聞きながら、ジェシカはさらっと娼館で客を取っていたと口にしたが、男はベッドの上で最も口が軽くなるなんて話も聞くアレルは、クリムエーラの羽根としてはそれぐらい普通なのかもしれないと考える。ただ、ジェシカから聞いたサリーの話は少し違和感も感じる。
アレルの知識は、元の世界で見聞きした時代劇などの遊郭の話由来だが、基本的にあの手の店で働く女性が自由を手にするには金が必要になる。それも、普通に働いていてはどうにもならない程の金額なのだが、太客に身請けしてもらうなんて手段もあったはずだ。
それにも関わらず、ジェシカが奪ったという客がどの程度の客かは判らないが、客同士の繋がりで太客と繋がる事もあると考えられる以上、サリーの反応はどこかおかしい。しかし、その考えを元に話を進めるなら、一つだけ確認しておかねばならない事があった。
「なあ、そもそもサリーって売られて娼館にいるのか?」
「ええ、本名は確か······テレサ・リーベルトっていう商家の生まれだったはずです。ウチも、サリーの気持ち悪さから一応しっかり調べたので間違いないと思います。一時は、爵位を金銭で買える程に裕福だったらしいのですが、水物商売に失敗して没落。後は、よくある話ですよ」
「それなら、逆に金銭絡みの話には細かくなりそうなものだけどな」
「あの、単純にスキモノってだけの話じゃありませんかね?」
そこへ、メッサーがそんな事で口を挟んでくる。なので、ジェシカは軽蔑の眼差しを、アレルは憐れみの視線をメッサーに向ける。
「アンタねえ、それなら付く客の方も同類になるでしょ? アイツ、それなりに良識のある客も多いのよ? 少しは考えなさいよ」
「メッサー、こんな話の時にそんな事しか言えないなんて少しマズイぞ」
と、ジェシカには底の浅い考え方を、アレルには品性のなさを指摘されたメッサーは口を噤んでしまう。
「それより、妙なのはサリー──いや、テレサって言った方が良いか? そっちの方だよな。······そういえば、エリオットの奴がテレサを店の外で見掛けた事があるって言ってたな」
「呼び込みの時でしょうか? ウチは、それを利用して外部と連絡を取っていましたけど」
呼び込みと聞き、アレルはそれを日本では取り締まりされている客引きの様なものだと考える。そこで、アレルはもう一枚エリオットから得ていた手札を切る。
「それなんだけど、エリオットが言うにはその時のテレサの雰囲気が店の時のとは違ったって言っていたんだ。どちらかといえば、店の方が地味な顔立ちに見えていたとかって話だ」
「それもおかしな話ですね。普通は、客を取る為に少しでも着飾るもののはずなのに」
と、汚名返上したいのかメッサーが至極当然な事を言ってくる。一方で、ジェシカは視線を外し口を片手で覆った状態で黙り込む。
「あのな、だからさっきからおかしいって話しているんだよ」
「ああっ、そうですね」
アハハと、笑って誤魔化すメッサーを他所に、アレルはテレサの不自然さについて考える。
まずは、エリオットとの関係だ。エリオットの認識では婚約者らしいが、当のテレサはエリオットに本名を名乗ってはいないみたいだ。それは、エリオットの性格からして、本名を聞いていればサリーなんて源氏名を口にせず、普段から本名の方を口にしているはずという所から推測出来る。つまり、テレサ側の認識ではエリオットを婚約者として見ていないと考えられる。
次は、娼婦としての働き方だ。時代劇の遊郭などでは、稼ぎの良し悪しで店側からの扱いも雲泥の差だったとアレルは記憶している。それなら、異世界でもその辺は大差無いと考えると、その稼ぎをジェシカに奪われた際のテレサの反応は異常としか言えない。
そして、最後に店の外でのテレサについてだ。エリオット達の話では、店で働くテレサはどちらかと言えば地味な顔立ちをしていたと言っていた。それにも関わらず、エリオットが見た店の外でのテレサは店の中で見るよりも派手な顔立ちだったと言っていた。その事から、テレサは娼館での仕事にあまり力を入れてなかったと推測出来る。
そして、それらの事からアレルがテレサの話をエリオットから聞いた時からの疑念が、少しずつ現実味を帯びてくる。
「なあ、テレサって誰かに間者として雇われているんじゃないか?」
故に、アレルはこの瞬間に手札の中に隠し持っていた切り札を場に出すのであった。




