一章〜非望〜 五百十六話 王女と妖精の密談
──アレルがその場を離れた野営地。
アリシアは、暗くて見通しがつかない暗闇を、まるで消えたアレルの背中を探しているみたいに見詰め続ける。もしかしたら、その暗闇の中でアレルの背中を見つける事が出来たなら、その悩みや苦しみも解ってあげられるかもしれないと願ってでもいるみたいに。
「本当に、バカなんだから······」
確かに、アリシアの置かれた状況は予断を許さないかもしれない。それでも、これとそれとは違うとアリシアは内心憤りを感じている。
ただ、それをアレルに対してぶつけなかったのは、そうする事は単にアレルを更に困らせる事にしかならないと解っているからだった。
「ねえルリちゃん、私がアレルに甘えなくなっても、それでアレルの方から甘えたり頼ってくれたりする訳じゃないんだね」
アリシアは、パタパタと自分に寄ってくる瑠璃に両手を差し出して愚痴をこぼす。しかし、瑠璃はアリシアの手には止まらずに、小物入れの所でしきりに羽をパタパタとしている。
「もしかして、一覧表を出して欲しいの?」
アリシアがそう訊ねると、瑠璃はアリシアの顔の前まで来て肯定の意を示す様に上下に動く。
なので、アリシアは小物入れから公用文字の一覧表を取り出して瑠璃の前で広げる。すると、瑠璃はその上を何度か行ったり来たりして言葉を伝えてくる。
「主様は······頑固······ですから? フフッ、うんそうだね。アレルって、凄く頑固だよね」
アリシアはそう言って笑うも、次に瑠璃はルリからすればアリシア様もですけどね、とアリシアへ伝えてくる。
「それは、そうかもしれないけど······」
瑠璃のからかいに、納得のいかないアリシアは僅かに唇を尖らせて不服そうに呟く。だが、瑠璃はそんなアリシアへ更に言葉を伝えてくる。
「······甘えてくる人に、甘えようと思う人は、ほとんどいません。······なので、······甘えている内は······主様も甘えづらい······だけだと、ルリは思います?」
その瑠璃の言葉に、アリシアはハッとする。確かに、自分の中にはアレルに対して甘えがあるとアリシアは感じる。
ただ、それも現状を鑑みれば仕方のない事の様にアリシアには思える。今は、アエシュドゥスまで様々な危険を潜り抜けて行かなければならない。でも、それは自分とメリルにミリアを含めた三人だけでは難しく、どうしたってアレルに頼るしかない状況が続いている。
その頼りにしている中に、甘えがないかと言われれば全くないとは言い切れない。かと言って、どうにかする能力もない上に甘えたくないからと勝手な行動をすれば、一昨日みたく──いや、もしかしたらそれ以上にアレルを危険に追い込む事になりかねない。
それが理解出来るアリシアは、上手くいかないなとため息と共に下を向いてしまう。
「······私じゃ、アレルは頼りにしてくれないのかな?」
そう呟くと、即座に瑠璃がアリシアの顔の前までやって来て、パタパタパタと小刻みに 羽を動かしてどこか否定的な意思を伝えてくる。
「違う······って言いたいの?」
アリシアがそう言うと、瑠璃は一度上下に動いた後で再び一覧表へと移動する。
「主様······拠り所······なので······少しずつ······主様の様に? それって、アレルが私達を支えに頑張っているから、私もアレルみたいに少しずつアレルに頼ってもらえる様になれば良いって言いたいの?」
シュシュッと、素早く動く瑠璃の動きを目で追いきれずアリシアは途切れ途切れに瑠璃の言葉を受け取り、それでもどうにか言わんとしている事を理解する。すると、瑠璃の方も自らの落ち度に気付いたのか、今度は先程よりもゆっくりと一覧表の上を動く。
「主様は、違う世界の、方です。そして、自らの、与える、影響を、気になされます。だからこそ、何かをするには、理由が、必要で、それが、······私や、ルリなのです」
言われてみれば、確かにアレルは何かする前にいつも考えてから行動しているみたいに見えていた。もしかしたら、それは自身をこの世界の異物だと考えるアレルが自分の痕跡を残さない様にしているのかもしれないと、アリシアは自分がアレルだったらと置き換えて考えてみる。
だとするなら、いつもアレルが不自然に距離を取ったり、自分がいなくなる事を前提に動いたりするのも納得がいってしまう。
「もう、本当にバカなんだから······」
思い返せば、自分が異世界からやって来た人間だと話してくれた時に、少しだけそんな事を言っていた様な気がする。あの時は、自分もあまり余裕がなくて気にしてあげられなかったけれどと、アリシアはその時にちゃんと話を聞けなかった事を後悔する。
ただ、落ち着いて考えてみると、それだけが理由じゃなくて他にもアレルが気にしそうな事があるのにアリシアは気が付く。
(もしかすると、そうして距離を置きたがるのには私が王女だからって事とかも関係あるのかな? アレルって、普段はいい加減な所もあるのに変な所で真面目だから、むしろそっちを気にしていたりも······)
考えれば考える程、アレルという人物を知るアリシアにはそちらの方が動機としては強く感じられてくる。アリシアとしては、そんなのそれ程気にすることではないと思えるのだが、話が宮廷内にまで及べばその限りではない。
現在、ドミニクがクーデターを起こす契機と考えられるのが宮廷内での権力争いだ。そこに、身分も無ければ役職もない人物が自分の傍にいれば、そういった権力闘争に明け暮れている者達にとって面白くないだろうとアリシアは考える。同時に、きっとアレルもそういう事を気にしているのだろうとも。
それならば、傍付きや食客として迎え入れる事も出来るし、何なら自分の騎士にしたって良いとアリシアは思う。しかし、そう考えた途端に胸の奥に妙な疼きをアリシアは感じてしまう。
(······でも、そうしたらアレルとは主従になっちゃうんだよね)
感じた疼きから、一旦冷静になって考えたアリシアはそんな事を思ってしまう。すると、胸の奥で感じていた疼きはズキッと明確な痛みとなってアリシアに届く。
(そっか······私、嫌なんだ。アレルと、上下関係になるのが)
変な所で真面目なアレルの事だ。そうなれば、きっと形だけでなくきちんとした主従としての礼を尽くしてくるに違いない。そうして、どこか距離が遠くなってしまうのが、今は凄く嫌なのだとアリシアは感じる。
出来る事なら、アレルとは今の様に気兼ねなく話したり励まし合ったりしたいし、時には言い合いをして喧嘩腰になっても、それでもお互いが対等な関係でいたいとアリシアは強く願う。
しかし、そんな話は全てを終わらせて自分が王都へと帰ってからの事だ。今、悩んでいても仕方ないとアリシアは頭を振って意識を切り替える。
(とにかく、今はアレルの負担にだけはならない様に頑張らないと)
よしっ、とアリシアは決意を新たに大きく頷く。そして、考えていた間待っていてくれた瑠璃に微笑む。
「それじゃ、イバレラとクリスの所に戻ろうか?」
すると、瑠璃はアリシアの前で上下に動く肯定の返事を返して小物入れに入る。その後で、アリシアは公用文字の一覧表を畳んで小物入れの横の部分にしまう。
そうして、アリシアは想いを新たにメリル達のいる所へ戻っていった。




