一章〜非望〜 五百十五話 強がりという名の枷
夕食は、和やかな空気の中でそれぞれが好きに進めていく。アリシアはやはりどこか上品に食べ進め、メリルはポトフを一口ずつ吟味するみたいに啜り、ミリアは黒パンサンドにがっつく。
そんな中で、アレルも瑠璃の様子を視界に収めながら食事を進めていると、不意にメリルが声を掛けてくる。
「アレルさん、一つ訊いても良いですか?」
「ん? ······ああ、構わないよ」
アレルは、口の中のものを嚥下して食事の手を中断させてからメリルに応える。すると、メリルはわざわざ手を止めさせてしまった事に気が引けたみたいで、どこか遠慮がちに訊ねてくる。
「あの〜、ポトフの方は何となく判るんですが、パンの方は何か工夫をされたんですか? その、普通に食べたならもう少し酸味とかが感じられると思うので」
「それか······それなら、別に工夫した訳じゃなくてチーズを挟んだからだと思う。そうすると、乳製品の脂肪分が酸味を和らげてくれるんだ」
そう、アレルが夕食の準備前に思い付いたのは黒パンの食べ方だった。薄切りにしてチーズを挟む、それだけで黒パンが普通に食べられるならと、アレルは具材すらもポトフと共通にしてしまえば手間も掛からないと考えた。
要するに、今夜は可能な限り手間を省いたズボラ飯でアレルは楽をしただけだった。
(今日ぐらい、良いよな······ごめん)
と、アレルは宿に泊まっていたはずなのに、シープヒルでは何故か料理していたせいか気疲れをしている。なので、今夜だけは許してくれと、アレルは心の中でアリシア達に謝る。
「······成る程、一緒に口にするもので味を変化させる方法もあるんですね」
そこへ、メリルが何か誤解が生じていたら恐ろしい感想を口にしてくる。ただ、それがどんな結果になるのかは判らないので、もしもの時は騎士様に盾になってもらおうとアレルはミリアへ視線を送る。
「む······何だ?」
「いや、万が一の時はどうにかしてくれと、な」
「フンッ、アレルに言われなくともそうしてやる」
しかし、アレルの真の意図を理解しないミリアは、アリシア達の話だと誤解した様子でそう答える。それでも、アレルは一応言質は得たとしてメリルの事は任せようと考える。
(······そうだな、失敗から学ぶ事だってあるだろうし、メリルには好きにさせてやろう。やる前から、失敗するって決めつけるのも良くないし)
スゥっと、アレルはポトフのスープを最後に音を立てずにスプーンから啜り、程なくしてアリシア達も各々食事を終える。
そうして、アレルは後片付けをしようとするも、メリルに片付けぐらいはやりますからと蚊帳の外にされてしまう。なので、もう一度メッサー達に話を訊きに行こうかと足を向けたところ、アリシアに声を掛けられる。
「アレル、少し良いかな?」
「ああ」
アレルが返事をすると、アリシアがローブの下で肩から掛けている小物入れから、瑠璃がアレルの肩へ止まりに来る。
アリシアは、そんな瑠璃の動きを目で追いつつ、アレルの目を見ると右手で服の上からペンダントのある辺りを触れる。
「ねえ、アレル無理してない? さっき、夕食の準備をしてた時に荷台から降りてきたアレルは、なんか······なんて言えばいいのかな? とにかくね、私にはいつものアレルじゃなく感じたんだ」
おそらく、アリシアが感じたのはふとした違和感程度のものだったのだろう。だが、それでもアリシアは普段とは違う雰囲気を敏感に感じ取り、アレルが自己矛盾で苦しんでいた事を言い当ててきた。
それが、アリシア自身で気付いたものなのか、ペンダントの力によるものなのかは判らない。ただ、アレルにはそんなのどちらでも良い事で、大事なのはこの場でアリシアに心配させない事だった。
「······そうだな、少し疲れているのかもしれないな。そのせいか、今夜は凝ったものを作れなかったし」
「大丈夫なの?」
「平気だよ。疲れとは言っても、料理の手間を省きたくなる程度のものだからさ」
──主様、嘘や誤魔化しは程々にしないと、自らを傷付ける結果になりますよ。
と、アレルが誤魔化してる事が解る瑠璃が、アレルの事を考えて注意してくれる。
(承知の上だよ。そうなってでも、アリシアに心配させたくないんだ)
精神感知で、瑠璃に返事をするアレルだったが、瑠璃はどこか拗ねたみたいにしてアリシアの方へ戻ってしまう。そんな瑠璃に、声を掛けようとしたアレルだったが、そこへアリシアが話し掛けてくる。
「ねえ、それ本当なんだよね? 嘘······とかじゃないんだよね?」
「当たり前だろ? ほら、シープヒルではジェー······厨房の奴に料理教えてたりしたから、献立を考えるのが少し面倒になってただけだって。だから、心配するなよ」
「······そ、ううん······解った、ごめんね引き留めて」
そうは言いつつも、アリシアの表情は暗くなり、その右手はギュッとペンダントを強く握る。その反応に、何か勘付かれたと感じたアレルは直ぐに取り繕おうするも、それよりも先にアリシアがニコッと口だけで笑う。
「アレル、今から何か用事があるんでしょ? 私の事は良いから、そっちに行って」
「······ああ」
アリシアの事は気になる。しかし、アリシアをそうさせてしまったのは自身の過失だと解るアレルには、そう言うアリシアに対して抵抗する権利すら無いと感じる。それ故に、後ろ髪を引かれる様な気分だったが、アレルはそのままメッサー達の方へと足を向ける。
(瑠璃、そのアリシアの事は──)
──はい、ルリがちゃんとお相手してますので、ご心配なさらないで下さい。
(瑠璃も、ごめんな)
心配して忠告してくれた事に対して、その想いを無下にしてしまってすまないとアレルは瑠璃に伝えて精神感知を止める。そうして、メッサー達のいる方へと歩きながらアレルはつくづく思ってしまう。どうして、自分はこんなにも誰かに弱みを見せたくないのだろうと。
弱さを見せる事と、実際に弱いかという事には相互相互関係など無い。頭では解っていても、何故かアレルは弱みを見せるという事が出来ない。自身が弱いという自覚はあるのに、それを誰かに自ら晒す事だけは我慢ならない。
自身を大きく見せたい訳ではない。自らが強いのだと嘘を吹聴するつもりもない。それでも、強くなりたいと思いながらも誰かに弱さを見せる事で、その想いを裏切ってしまうのではないかと思ってしまう自分がいる。そう感じるアレルは、自身にとって弱さを見せるという事は、強くなる事への諦めの様になっているのかもしれないと考える。
(そうか······だから俺は、人に甘えるのが苦手なのか)
他者に甘えるには、強がっていては出来やしない。それこそ、素直に甘えるには自身の弱さを吐露する事が必要な時もあるだろう。しかし、アレルにはそれが出来ない。
そんな自身の拗れた部分を知ったアレルは、上手く頼れない事で余計に心配させてしまっているアリシアと瑠璃に、心の中で再度謝るのであった。




