一章〜非望〜 五百十一話 揺れ惑う女騎士
先を行くミリアに、足早に追いついたアレルは速やかに声を掛ける。
「さっき、珍しく随分と静かに待っていたじゃないか? どういう風の吹き回しだ?」
その、どこか挑発的な訊ね方に、アレルはミリアなら直ぐに怒ると思っていた。しかし、実際はキッと鋭い視線を向けてきただけで、それも直ぐに元に戻って前を向いてしまう。
その予想外の反応に、アレルは何か変な物でも拾い食いしたんじゃないかと思うも、急にミリアはその足を止める。
「······お前は、いつもああやって必要な情報を集めているのか?」
「いや、その時々で手法は変えるけど?」
何故、そんな事を訊いてくるのかと、アレルはミリアの質問に疑問形で返す。すると、ミリアはまたも珍しくアレルの意図を理解したのか、悔しそうにギリリッと歯噛みした後でため息を吐く。
「······正直、私はお前の事が気に入らん。ポッと出のくせに、ア······ンネ様にも気に入られて、姉さんにも頼りにされているのが本当に腹立たしい。だが、私では馬車を用意する事も出来なければ、町に立ち寄った足跡を残さない様になどとは考えつけなかった。······私は、酷く浅慮なのだ。お前に考えろと言われて、それが理解出来た」
アレルは、自らも足を止めながら、そういう意味で言った訳じゃないんだけどなと頭を悩ませる。ただ、ミリアなりに自覚が生まれただけでも良しとするかと思う事にした。
「まあ、そうは言っても付き合いはそっちの方が長いんだから、いざという時はクリスの方が安心させてやれるだろ?」
「それも、どうだろうな? 私には判らん」
そう言うと、ミリアは後ろで足を止めていたアレルへくるりと振り返る。
「アレル、どうしたらいいんだ? 私が、お前の様にアンネ様や姉さんの為になるにはどうすればなれる? 私では、いくら考えてもそれだけは判らないんだ······」
フード越しに、ミリアは悲痛な面持ちを覗かせながらアレルへ訊ねてくる。それはもしかしたら、アリシアが潜在的に抱えている不安やメリル本来の打たれ弱さなどを察したが故の言葉なのかもしれない。
ただアレルは、ミリアの場合に限り二人の傍にいるだけで充分に為になっていると考える。それでも、ミリアがそれだけでは飽き足らず自身の様になる事を望んでいる事も察する。
(俺なんて、目標にする様な人間じゃないと思うんだけど······)
そうは思っても、ミリアの奴は引き下がってくれないんだろうなと、アレルはミリアに伝えるべき事を言葉にしていく。
「なあクリス······いや、こんな話で偽名も良くないな。なあミリア、お前の一番の役目は何か解っているか?」
そうは言っても、本名を口にする以上アレルは声を潜める。
「それは、騎士として敵を──」
「違う。お前の一番の役目は、アリシアとメリルの傍にいてやる事だろ? それだけは、絶対に間違えるな」
「グッ······いや、でも私は騎士なのだ。主の剣として敵を討ち、主の盾としてその身を守るのが役目だ。そんな、傍にいるなんて誰にでも出来る事をしたい訳じゃない!」
強く反発するミリアに、アレルは首を横に振って返す。
「確かに、傍にいるだけなら誰にでも出来るかもしれない。それでも、あの二人が傍にいて欲しいと願うのが誰でも良い訳ないだろ?」
「そ、それは······」
ミリアは、自分の思い違いに気付いたのか言葉を詰まらせる。アリシアもメリルも、その外見から受ける印象とは裏腹にかなり警戒心が強い。そんな二人にとって、無条件で安心出来るのはなんだかんだで幼い頃から姉妹として育ってきたミリアだろうと、アレルは考える。
「······あの二人は、強そうに見えて脆い部分なんかも普通にある。なのに、どうにか踏み留まれていたのは、確実にミリアが傍にいたからだと思う。ミリアの、その馬鹿正直過ぎる真っ直ぐさは、二人の心を支えているんだよ」
「だがッ、それでも私は今よりも役に立てる様になりたいのだ。でないと、あの時団長にアリシア様の事を任された責任が果たせないではないか······」
その一言で、アレルはミリアが珍しく殊勝な態度を見せている理由を察する。
要は、ミリアも姉のメリルと同様に騎士団長ガルシアの離脱を気にし続けていたのだ。それも、理由は違えど姉妹揃って自分が騎士団長に代わってその役目をと考えている。全く似てない姉妹かと思えば、そんな変なところで似ているんだなとアレルは妙な感慨に浸る。
ただ、ミリアの事を考えると、そうして覚悟を決めていた所へ不意に現れた奴にそこまでの失策を指摘され、あまつさえ自分が担わなければと思っていた役目を奪われた。更には、たぶん無自覚ではあるのだろうが、瑠璃曰く恋敵的な感情まで抱いていると言うのだ。
(そりゃ、面白くないだろうし牙も向けたくなるわな)
と、アレルはようやくこれまでの自身へのミリアの態度の真相を掴む。しかし、それでも現在こうして気に食わない自身に対して、ミリアは恥を忍んで訊ねてきている。
そんなミリアに対して、その決意と想いを汲みつつアレルは伝える言葉を選んでいく。
「さっき、俺と話していた男の方がいたろ? メッサーって言うんだけど、アイツも任せられた職務に対して自分の実力が足りてないって悩んでいたよ。でも、アイツは憧れの人の様になりたいって思いながらも、それが無理なのも理解していた。だから、メッサーには周りの力を借りてみたらどうだって提案したんだ。メッサーの周りには、優秀な奴も多いみたいだったからな。······でも、ミリアは違うよな? それに、さっきは俺の様になんて言ってたけど、それもミリアの本心なんかじゃない。間違っていたら悪いけど、本当はミリアがなりたいと願うのは今の俺の役割を担うはずだったガルシアなんじゃないか?」
「なッ──そ、そんな事は······」
ミリアは自覚がなかったのか、アレルの指摘に衝撃を受け呆然として言葉を失う。それでも、アレルは話すのを止めずにミリアに言葉を伝え続ける。
「たぶんだけど、ミリアの中にもメッサーと同じ憧れに対する諦めもあるんだと思う。けれど、ミリアの前には曲がりなりにもガルシアの役割を果たしていた俺がいた。だから、ミリアは無意識に俺にならば届くかもしれないと考えて、願望の下方修正をしたんだよ」
そう、そこで良くなかったのは剣術や純粋な戦闘力において、アレルがミリアを下回っていた事も関係している。もしも、アレルがミリアを圧倒出来る程に強かったなら、ミリアもここまで拗らせる事はなかっただろう。
しかし、現実にはアレルは真っ向勝負においてはミリアに劣ってしまう。そのせいで、ミリアは何か一つでも勝てる要素があるのならと、本来目指すべき目標を自ら下げてしまったのだ。
「そ、それが······仮に、お前の言う通りだとして、私がウォード卿やお前の様に出来ない事は変わらないッ! だったら、そんな願い一つ······どうなったって変わらないではないか。なあ、私は······一体どうすれば良いんだ? もう、何も······判らないんだ······」
ミリアは、直立不動のままでありながら自らの葛藤を曝け出し、その頬に一筋の涙を伝わらせるのであった。




