一章〜非望〜 五百十話 意外な一面に変わる部分
ブルックス辺境伯マクシミリアン・トートフォーゲル、ルクスタニア国内随一の武人にしてその動き一つで現状拮抗している天秤を一気に傾ける事の出来る国内の重要人物。本来、現状で最も注視されるべきはアリシアの行方ではあるのだが、実質的にルクスタニアの情勢を握っているのはビットーリオにノインシュタット、それから公国の大公に辺境伯の四人であるとアレルは睨んでいる。
その内、アリシアの叔父にあたる大公とその友である辺境伯、この二人はアリシアを守る為に動いてくれてると考えても良いとアレルは思う。それというのも、アリシアの反応から察するに大公は勿論辺境伯も幼い頃からのアリシアを知る人物達であるだろうし、何よりここまででもクリムエーラにしろ他の事にしろ様々な助けがあったからだ。
しかし、そんな人物達にとって自身という存在はその目にどう映るのかという事をアレルは気にし始める。ただそれも、どこの馬の骨とも知れない不審人物、この辺りが妥当だろうと早めに結論が出てしまう。そうなると、特に怖いのは自分よりも弱い奴に任せられないと、王都から派遣されてきた兵士を返り討ちにした辺境伯だ。可能性として、実際に相対せばアレルも同様に弱い奴認定されて叩きのめされる事も考えられる。
(御子息の友人です······で、どうにかならないかな? 無理そうだな······)
辺境伯は、その実の息子をビットーリオの間者がいるかもしれない娼館に餌とたして放り込み、見事にそれを釣り上げた疑惑が残っている。もし、それが事実であったなら、あまり大切にされてないエリオットの友人と言ったところで効果は薄いだろうとアレルは考える。
ただ、そういった部分とメッサー達から聞いた話も合わせて更にロバートからの話も加味するが、その人物像はやはりどこか測り兼ねる部分がある。それ故に、アレルは人物像なんてやはり実際に会ってみないと判らないものなんだなと結論づける。
「まあ、取り敢えず辺境伯が黒が好きって事だけは判ったし、そろそろ切り上げるとするか?」
「えっ? もう、よろしいのですか?」
「ああ、もう少し聞いていても良いし、他にも訊きたい事があったんだけどそろそろ夕食の準備をしないとな」
ジェシカと言い合いをしていたメッサーに答えるアレルは、その視界の端に馬車の方から歩いてくる人影を捉える。周囲が暗くなってるからか、その姿はかなり近づいてからでないと判らなかったが、またアリシアかと思っていたアレルには意外な人物だった。
「おい、アレルっ! お前、さっさと飯を作れ。でないと、また姉さんが作るなんて言い出しかねないだろうがっ」
男装をした上で、外套のフードを被りながらもミリアは不満をアレルへぶつけてくる。
それに、ちゃんと人が注意したフードを被ってくるあたり進歩というか歩み寄りが見られるなと思いつつも、アレルはそんなミリアには答えずメッサーとジェシカに肩を竦めてみせる。
「だ、そうだ」
「あの〜、食事はアレル様がお作りになってるんですか?」
「······連れの事は解ってんだろ? 彼女達に、作れると思うか?」
アリシアは王宮暮らししか知らず、メリルは作ったものを薬草風味にしてしまい、ミリアなんて作ろうと思った事すら無いだろう。それを察してか、訊ねてきたジェシカはメッサー共々苦笑いを浮かべる。
ただ、そのままでは気不味かったのか、ジェシカは少しだけ踏み込んでくる。
「あの、それでしたらウチ達が作りましょうか? せっかく、この場にいる事ですし」
その瞬間、そう申し出たジェシカの隣のメッサーが、その表情を大きく歪ませたのをアレルは見逃さなかった。
「いや、こっちには警戒心が強いのもいるから一応俺が作らないとさ。だから、せっかくだけど悪いな」
「いえ、こちらこそ差し出がましい事を言ってすみません。······で、アンタさっき変な顔してなかった?」
と、ジェシカはアレルには礼を尽くすも、冷や汗をかくメッサーに対してはギロリと睨みつける。それに、メッサーはブルブルブルと首を横に振りまくる。どうやら、ジェシカもそれ程料理は得意でないらしいとアレルは思う。
ただ、メッサーには話を聞かせてもらったし世話にもなっているので、アレルはこそっと助け舟を出す。
「なあメッサー、投げナイフの補充ってここで出来るか? まだ、貰ったやつが残ってはいるんだけど、余裕あった方が躊躇いなく投げられるからさ」
「はいっ、ご用意出来ますよ」
すると、メッサーはこれ幸いとアレルの話に飛びつき、逆にジェシカにはどこか不満そうな顔をされてしまう。
「それなら、まだ少し訊きたい事も残っているから、夕食の後にでも用意しといてくれるか? ついでに、話も聞かせてくれると助かる」
「はい、喜んでっ! では、俺は投げナイフを用意しておきますね」
メッサーはそれだけ言い残すと、まるで逃げるみたいにそそくさとその場を離れていってしまう。しかし、その場に残っているジェシカにはジト〜っとした目を向けられてしまう。
「いや、悪かったよ······余計な事をして」
「別に〜、ウチは何とも思ってなんかいませんよ。アイツに、料理が下手だなんて思われているのもわざとですし」
「へ?」
「考えてもみてくださいよ。ウチ達、厨房の下働きだってやる事あるんですよ? ある程度なら、普通に出来ます」
言われて、基本的に潜入任務などをこなす黒羽根がそういった技能を身につけていない訳がない事に、アレルはようやく気が付く。ならば、どうしてと思ったアレルに対して、ジェシカはクスッと笑う。
「ただの嫌がらせですよ〜。アイツ、ウチに雑用や後始末を押し付けるのに感謝の言葉の一つも無いんです。だから、食事を任された時はアイツにだけわざと不味くしたものを渡すんです」
「······そういう事か」
それなら、全てはメッサーの自業自得でわざわざ助け舟を出してやる必要はなかったなと、アレルはため息と共に肩を落とす。だが、そんなアレルに対してジェシカは首を傾けてアレルの顔を覗き込んでくる。
「あの〜、それでもアレル様がウチを料理下手だって勘違いした事には変わりありませんよね?」
「そうだな、すまん」
ジェシカの指摘に、アレルが素直に謝るとジェシカは首を戻し両手を合わせて、それじゃあ〜っと邪な笑みを浮かべる。
「後で構いませんので、ウチの訊きたい事に答えてもらえますか?」
「えっ······ああ、俺で答えられる事なら構わないけど」
「はい、それでお願いします。では、ウチもこれで一旦失礼しますね〜」
ジェシカは、そう言いながら満足そうな笑みを浮かべてその場から去っていく。その後ろ姿に、訊きたい事って一体何なんだとは思うものの、近くにミリアがいた事でアレルは即座に頭を切り替える。
「待たせたな。それじゃ、戻って夕食にするか?」
「······ああ」
どこか、ムスッとした表情ながらも僅かに劣等感の様なものを滲ませた声でミリアは答える。アレルは、それについて訊ねようとするも、ミリアは踵を返してスタスタと歩いていってしまった為にアレルもその後を追う。
ただ、そんなミリアの反応に、アレルは馬車へ戻る前にその理由を少しは訊いておかないとなと思うのであった。




