一章〜非望〜 五百九話 感じ始める重圧
自身の両肩に掛かる重圧を、改めて認識したアレルはここまで繋がってきた希望の様なものを感じる。様々な人が、色々な局面で各々の願望の為に邪な策謀に抗ってきた。国の為に、身近な誰かの為に、またはアリシアの為でもあるだろう。もしかすると、極めて個人的な理由でそうしてきた者もいるのかもしれない。
ただ、そんな意図せずとも駅伝の襷の様に人から人へと繋がれてきた希望を、それをしてきた人達が望む未来に繋がる場所へ最後に届けるのが自身なのだとアレルは妙な重圧を感じる。でも、ここまで危ない橋すらも渡ってきた人からすれば、最後の最後だけを担おうとする自身を疎ましく感じる人もいるのではないかとアレルは考える。
中でも特に、表向きにも裏方としてでもアリシアを守ろうと尽力している辺境伯にとっては、そういった想いは顕著に感じているかもしれない。なので、アレルは今一度様々な話を聞いて輪郭のボヤケてしまった辺境伯の人物像をここで改めようと考える。
「なあ、さっき辺境伯が六十の兵を追い返したって話があったけど、実際にはどんな人物なんだ? 会った事のない人だからか、少し気になってさ······」
カタリナからは凄く大きい人、エリオットからは尊敬出来る父親、ロバートからは大切な人を亡くす要因を作った仇敵仇敵と、三人から聞いた話だけでもそれぞれが別の人物を指している程の纏まりの無さをアレルは感じる。
そんなアレルの疑問を感じた訳ではないだろうが、メッサーもジェシカも明るい表情で快く辺境伯の事を語り始めてくれる。
「そういう事なら、お安い御用です。まず容姿ですが、身丈は二mと少しで、アレル様と同じ黒髪黒瞳にして顔付きは少々厳しい印象ですね」
「それから〜、全体像は筋骨隆々の偉丈夫って感じで、漆黒の鎧に斧槍を好んで使用しオニキス種を愛馬としています」
メッサーの言葉を引き継いだジェシカは、見た目ではこの位ですかねと一息入れる。
ただ、ここでアレルは一旦辺境伯の事は置いといて、いい加減詳しく知りたいなと感じた事を訊ねる。
「あのさ、辺境伯の話が長くなる様なら、その前に馬の品種についても教えてくれないか? 何か、今まで触れてこなかった事柄だからよく解らなくてさ」
「はい、判りました。では、ラウンド種の事は流石にお判りですよね?」
馬の話は苦手なのか、ジェシカは任せるわといった感じで一歩引く中、メッサーがアレルの知識を探りにくる。
「ああ、俺の馬車を曳いてるヤツがそれとルビー種ってヤツの混血らしいな」
「へぇ、それならかなり走るでしょう? ラウンド種は、癖がなく扱いやすい馬ですが、良くも悪くも特徴がありません。対して、ルビー種は千の夜を駆けるとも謳われる程に持久力に優れた品種で、その速さも他の追随を許しません。混血との事なので、アレル様の馬は扱いやすさと持久力が優れているのではないかと思われます」
何故か、メッサーは馬の話になった途端に饒舌になり、まるで知識を話したがるオタクみたいだなとアレルは感じる。ただ、そこへ我間せずだったジェシカが口を挟んでくる。
「ちょっと、ルビー種はそれだけじゃなく非力って弱点があるんじゃなかったの?」
「はぁ? それだって、あくまで馬としてはの話でそれなりの力はあるんだよ。単に、重装備の騎士が乗れないってだけで、軽装ならギリギリ走ってくれるんだよっ」
そんなメッサーの反論に、ジェシカはあっそと興味なさそうにそっぽを向く。その様子に、車や単車好きの男性とそれに興味は無いが話だけは聞かされてきた女性の会話みたいだなとアレルは思う。
しかし、メッサーの話ぶりから意外と長くなりそうだと感じたアレルは、一気に話させて終わらせてしまおうと画策する。
「なあメッサー、他にはどんなのがいるんだ? ざっくり話してくれないか?」
「はいっ! まず、ラウンド種ですが派生した亜種がいまして、ブリリアント種と言います。これは外見がとても美しいのですが、気位が高くて扱いづらく他の能力もダントツに低いです。次に、サファイア種という毛並みが黒みがかった青に見える種がいて、こちらは筋力と頑丈さに馬体の大きさが秀でています。しかし、その分速度は他の種に比べてかなり遅いですね。そして、最後が漆黒の毛並みのオニキス種です。馬体の大きさ、筋力、持久力に速度、その全てに優れた品種で自身よりも小さな魔物ならば蹴り殺す度胸もある! ただ、残念ながらその優秀さ故に乗り手を自ら選ぶという気難しさも持っているんですよね」
と、メッサーはここまで一気に話しておきながらも、まだ話足りないのか続けて話す。
「あと、このオニキス種なんですが誕生の謎もありまして、ラウンド種を基礎に全ての種の混血にしようとした結果だとか、自然界でルビー種とサファイア種の混血が突然変異したとか言われてますけど、俺が推したいのはオニキス種こそが全ての馬の起源種って説で──」
「いい加減にしなさいッ!」
と、そこで留まることを知らなかったメッサーの後頭部に、ジェシカによる拳が叩き込まれる。
「──痛ッ!?」
「アンタねえ、好きな事を喋る時は気を付けなさいよ! もう、アレル様だって訊いた事を後悔してるみたいな顔をなさってるじゃないのッ!」
ジェシカに言われ、そんな顔をしてたのかとアレルは慌てて表情を作り変える。ただ、このままだと話が辺境伯の話に戻らないと感じ、多少強引ではあるがそこで話を戻す事にする。
「まあ、俺の事は置いといてもらうとして、そのオニキス種ってのを愛馬にしている辺境伯はどんな人物なんだ? ほら、まだ人柄とかは聞いてないからさ」
それに、馬の話から離れるのには丁度いいといった様子で、ジェシカが即座に応えてくれる。
「ああ、そうですね〜······今は、どこか粗暴を装っている所もみられるみたいですが、実際はそれなりに慎重な方だとウチは聞いていますね」
「それ、そうなったのは結構最近で、昔は本当に豪快さが服を着て歩いているみたいな人だったって、古株の黒羽根の人から俺は聞いたぞ」
「あ〜、それって身体が思う様に動かなくなったからって引退した人?」
二人の言葉から、話題にあがった黒羽根が語る辺境伯はティエルナ事変以前の姿なのではないかとアレルは考える。ティエルナ事変にて語られる『ランカークスの守り人』、それはある種の英雄譚でもあり辺境伯と大公にとっては友を、そしてロバートにとっては憧れの人を失った話だ。
もし、その友であるディミトリスの死を境に粗暴だった辺境伯が今の様に変わっていったなら、ロバートの事といいディミトリスの存在には随分と助けられてしまっているなとアレルは改めて感謝の念を強める。
「そうそう、なんか筆頭の子供の頃も知ってるとか言ってた人だよ」
「ねえアンタ、いい加減筆頭呼び止めないと本当に酷い目に遭うわよ?」
ただ、『ランカークスの守り人』の話を知らない様子のメッサーとジェシカは、既に引退した黒羽根の話を続ける。もしかしたら、話自体は知っているのかもしれないが、その英雄が辺境伯やロバートにとって大切な存在だった事は知らないのだろう。
アレルは、そんな二人のやり取りを眺めながら、辺境伯に対する人物像を再構築し直していく。




