一章〜非望〜 五百八話 国境における前哨戦
一先ず、問題は残っているものの街道について知りたい事が聞けたアレルは、続けて他に知りたい事へと考えを推移させていく。
そんなアレルが、次に気になるのは道中で考えなければならない国境越えの際の検問についてだ。その際、アリシア達には細工樽の中に隠れてもらうしかないが、流石に国境の検問となればそれなりに時間を掛けて調べられるはずだ。それは、間違いなく窮屈な樽の中にいるアリシア達にとって負担になってしまう。
それ故に、アレルはその懸念を払拭する為にエリオットから許可証を貰う約束を取り付けた。今はまだ、念書という形で手元にある訳なのだが、リバッジにて許可証に変えられればアリシア達への負担はかなり軽減出来るはずだとアレルは考える。
加えて、実際に必要なのはアレルが使う一枚だけで充分なのだが、アレルはうっかり瑠璃の分まで頼んでしまったが為に、不要な許可証が四枚手に入る事になっている。その四枚の存在を上手く使えれば、ビットーリオ側に対する目眩ましにも使える。しかし、それだけの策があってもアレルの中に拭いきれない不安が存在しているので、アレルは検問の詳細を訊く事で何かしら安堵出来る材料が見つからないかと願う。
「それで、国境の警備ってどうなっているか判るか? クレイル領に、セプルスとリバッジについてもそれぞれで判る事があるなら頼む」
アレルが話を切り出すと、今度はメッサーではなくジェシカの方が先に答える。
「クレイル領なら、ウチの出身なんで答えられますよ。今あそこは、他の認識からすると辺境伯の庇護下にあると認識されているんです」
「ああ、確か盗賊対策で辺境伯の私兵が警邏してるんだよな? それに、土地は元々ブルックス領だったんだっけ?」
アレルの確認に、ジェシカは無言の頷きを返してくる。
「まあ、今は盗賊紛いの傭兵なんかも彷徨いてますけどね〜。でも、そうして以前から私兵を出入りさせているので、辺境伯様へ話を通さずにクレイル領へ踏み入れる事は辺境伯様の怒りを買うと思われてます。そのお陰か、ブルックス領で一悶着起こしている王都の兵はクレイル領には入ってません」
「それって、武力で名高い辺境伯に対して無断で戦力の補填を行う事が、辺境伯の武力に対する侮辱として受け取られるって事か?」
「その辺は、貴族様方も面子を気になさるという事だと思いますよ」
と、横からメッサーが口を挟む。しかし、その後でメッサーとジェシカの両名が揃って深刻そうな表情を浮かべる。
「二人して、急にどうした?」
「いえ、クレイル領はそんな感じなんですけど〜、最後の国境はそうもいかなくて······ほら、ブルックス領からなら川が隔たりになってますけど、クレイル領からは地続きで行けてしまうじゃないですか? だから、クレイル領の国境沿いにはちょっとした砦が築かれていて、それが関所代わりにもなっているんです。それに、川を下って公国に入れないように川の方には水門も設置されていまして、見た感じ結構物々しい雰囲気なんです」
ジェシカの話を聞き、アレルは水の抵抗の少ない格子状の門を思い浮かべる。ただ、その話で何故二人して表情を変えたのだろうかと思っていると、今度はメッサーの方が話し始める。
「それに加えて、現在表向きにはルクスタニア国王が病で崩御されたとなってますから、国境防衛の名目でその砦に王都の兵が数名詰めています。こればかりは、普段飄々とされて王都側の要求を躱しなさるフィリオ様も断りきれなかったみたいです」
(フィリオって、確かカタリナの父親だよな? でも、メッサーの言う通りなら、シープヒルでアリシア達だけでクレイル領から公国に入れって言ったのも現実的ではなかった訳だな)
アレルは、メッサーの話から盗賊騒ぎでアリシア達がシープヒルを離れていた場合に、自身が出した指示では危なかったと肝を冷やす。それでも、数名の兵の目なら誤魔化せるかなとも考えるアレルだったが、元々本命でないクレイル領の話はこの辺で良いだろうと話を変える。
「じゃあ、そういう話ならセプルスやリバッジでも同様に王都からの兵がいると考えた方が良いのか?」
「い〜え、そっちはウチが話したクレイル領よりも凄い事になってますよ」
「凄いって······」
まさか、小隊どころではなく中隊規模の人数が派遣されているのかと、アレルは内心戦々恐々としてしまう。
だが、そこにため息を吐いて割り込んできたメッサーがジェシカを咎める。
「おいっ、そんな言い方したらアレル様が誤解するだろ? あのアレル様、凄いと言っても状況がではなく辺境伯様が取られた行動がという意味なんです」
「は?」
「あっ、説明しますと、一旦王都側の申し出を受け入れた辺境伯様だったんですが、『私より弱い連中に、国境の守りは任せられんッ!』と申されて······セプルスとリバッジの両方で、六十名近い兵士を一人で返り討ちにしたそうです」
「六十を······一人で······」
それが各地で六十ずつなのか、それとも合わせて六十なのかは判らない。それでも、あまりに想像し難い光景にアレルは言葉を失ってしまう。
そうして出来た沈黙に、ジェシカが再び補足を加えてくる。
「クレイル領の方は、そんな事があった後だったんで僅かな兵を送るだけに留めたみたいなんです〜。その、結局セプルスとリバッジの方には兵を置く事が出来なかったので、あくまでも協力という形に落とし込んでどうにかって感じですかね〜」
ジェシカは、王都の兵達に何か恨みでもあるのか、思い通りにならなかった王都の兵達の話を嬉々として面白がる。そこへ、メッサーの方がアレルに対して真面目な表情を向けてくる。
「しかし、表立って兵を置けなくなった代わりに、街中にはそれなりの数の王都の兵が紛れ込んでいます。なので、セプルスとリバッジは街中こそ注意を払うべき場所となっているでしょうね」
「そうか······ああ、ありがとな二人共」
アレルは、一先ず二人に対して感謝を口にすると、頭の中で情報を整理し始める。
(時系列的に、辺境伯が大暴れしたのはアリシア達が王都を脱出する前後なんだろうな······そう考えると、全部の事に辻褄が合ってくる。まず、王都で行方をくらましたアリシアの居場所が判らないから、逃亡先になるだろう公国への国境を押さえようとしたが辺境伯に阻まれる。そして、乗り合い馬車を使ったせいで居場所を特定されたアリシアには追手を放ち、同時に邪魔な辺境伯へはアンデッドを用いた暗殺計画を差し向けた。んで、暗殺計画が上手くいっていたなら国境は王都側に押さえられていたって訳か······)
自ら状況の推移を纏めていて、もし王都側の策略が全て上手くいっていったなら、自身が出会った時点でアリシア達は詰みの状態だったとアレルは背筋が凍る。それに、アンデッドを用いた辺境伯の暗殺計画も、国境を押さえる為のものだったなら殺せずとも負傷させられれば御の字だったのだろう。
そう考えると、ここまではビットーリオ側の思惑のほとんどを潰せている分、アレルは最も重要な役割を担っている自身がへまをする訳にはいかないなと気を引き締め直すのであった。




