一章〜非望〜 五百七話 揺れ動く状況
まず、アレルが訊きたい事といえば現在の街道の可能な限り詳細な状況だ。本来なら、こんな形で黒羽根の補給地点など立ち寄る事はなかった為に、旧道から街道に戻る際はある意味出たとこ勝負みたいな考えでいた。
だがしかし、せっかく黒羽根という情報源に出会えた上に、先程はピリついているとの発言を漏らしたのもアレルは聞いている。なので、黒羽根達は街道について何かしらの情報を得ているのは確実という訳で、アレルはその内容次第ではヘッケル手前で街道には戻らず更なる迂回路を考えようと思っている。
それから、次に訊きたい事はやはりリバッジの警備体制についてだ。勿論、この場でもアレルはクレイル領、セプルス、リバッジの三箇所の警備体制を全て訊くつもりだ。それは、万が一リバッジの通過が難しかった場合の備えでもあり、未だに何処を通るのか迷っているという主張を暗に示す為でもある。
(考えたくはないが、何かしらの拍子に黒羽根から情報が漏れないとも限らない。この先は、これまでよりも慎重に行動しなければいけないから、万が一に念の為といった感じだな)
加えて、アレルは辺境伯の事とついでにサリーの話も訊ければ良いかななんて考える。
「じゃあ、訊くけど······さっき、街道がピリついているって言ってたよな? どういう事なんだ?」
それに、メッサーとジェシカは視線で何かしらのやり取りをすると、メッサーが頷いてアレルへ答え始める。
「確か、盗賊騒ぎを装った上でのアンデッドを用いた辺境伯の暗殺が狙いだと推察したのはアレル様ですよね?」
「ああ」
「それならば、そちらの説明を省きますが、その一件で王都からは街道警備の強化という事で兵が送られてきたのですが、エリオット様旗下の部隊がそれらの兵に暗殺を企んだ疑念があると正面から抵抗しているのです」
「はぁ?」
あまりに短絡的なエリオットの行動に、アレルは随分と間抜けな声を出してしまう。それと同時に、いくらエリオットでも正面から相手にする程の馬鹿正直ではないだろうと思っていた自身をアレルは反省する。
ただ、そんなアレルの様子を見ていたメッサーは、直ぐ様事の詳細を口にし始める。
「あっ······いえ、違うんです。あくまで、辺境伯様は王都からの申し出を受け入れて、その辺境伯様への反発としてエリオット様が個人的に抵抗なさっている形なんです」
「······つまりは、辺境伯はその立場から王都からの申し出を断る事はしなかったものの、それはあくまで対外的な決定にしか過ぎず、実際は親子の対立を装いつつ王都側の兵を拒んでいるって事か?」
「そうですね〜、それも後に辺境伯様がエリオット様をダリアへ呼びつける形を取っていて、現在はたぶん王都の兵が陳情書をダリアへ届けさせて辺境伯様からの返事が出されたくらいの頃合いですね。だから、もう少しすると街道にはその場で部隊を退かせられるエリオット様が不在という状況も作られますね」
と、全く誰が考えたのやらといった感じで、ジェシカがメッサーに代わって答える。だが、アレルはそっちの話を聞く前に、確かめておかなければならない事を訊ねる。
「それなら、実際に王都の兵とエリオットの部隊が睨み合っているのって、街道のどの辺なんだ?」
「それについては、俺が説明します。地図を見れば判ると思いますが、街道はコルトを経由するキンバリー領内では真っ直ぐな一本道で、ブルックス領に入るとティエルナへ向かう道と公国へ向かう道とに分岐するんです。最初は、その分岐辺りまで警備協力をするとの申し出があったんですが、エリオット様はシープヒル付近にいらしたので領境でそれを堰き止めたみたいですね」
「なあ、それって王都側の動きが早すぎるから、予めキンバリー領辺りに待機させていた兵達とかだよな? それも、たぶん辺境伯暗殺が失敗した時の保険的なやつ。まあ、エリオット達の方も早いといえば早いけど、そっちに関してはお前等が情報を流していたんだろうけど」
「たぶん、その辺の仕事は上の人達ですね〜。ウチ等には、そういう仕事回ってこないし」
ジェシカの言葉から、辺境伯への情報提供は古参の黒羽根が担当しているらしい。もしかしたら、その内の数人はティエルナ事変とかで辺境伯とも顔見知りなのかもしれないとアレルは考える。
「それにしても、辺境伯が水面下で情報戦しているとは思っていたけど、随分と動きも判断も早いよな。シープヒルでの事があってから、今日で大体丸二日だろ? でも、そうなるとエリオットの方は、途中で部隊を分けでもしたのか?」
「ええ、捕らえた盗賊もとい傭兵達の護送と、エリオット様と共に領境で警戒にあたる者達に分けたらしいです。ただ、そうなると警戒の方の数が心許ないので、元々領内を警邏していた部隊と合流したと聞いています」
エリオット達は、一昨日の日が落ちた後でシープヒルを離れていった。その時、既に辺境伯からの伝令が届いていたなら、エリオットはそのまま領境に向かった可能性が高い。元々、辺境伯はビットーリオが何かしらの策略を仕掛けてくるのは知っていたので、予めエリオットに何通りかの対応を伝えていた可能性もある。
ただ、その辺境伯の対応のお陰で街道の分岐まで王都の兵に監視されるという状況が避けられているので、アレルは内心辺境伯に感謝する。しかし、それもあくまで時間稼ぎでしかなく、早々にアリシア達に街道の分岐を通過させる必要があるとアレルは考える。なので、アレルは街道の分岐の位置を確かめようと地図を取り出す。
(分岐の先は、それぞれがクレイル領とリバッジへと向かっている。クレイル領からはティエルナに、リバッジは公都により近いからセプルスではなくこちらに街道が設けられたんだろう。それで、問題なのはヘッケルから分岐までがたぶんだけど、今日の進みで考えると二日半ぐらいの距離になってる。分岐の辺りには、丁度町があるけれど一日おきに宿泊する予定で行くと半日ズレがある。一応街道沿いには、それなりに町はあるけれどその全てが安全とは限らない)
アレルは、未だに遭遇しない暗殺者の存在を加味してそう考える。それを運が良いと捉えるか、難所を前にその存在への警戒もしないといけないと不幸と捉えるかは別にして、変な所での遭遇だけは避けたいとアレルは思う。
ただ、アレルにはアリシア達の体調や精神状態にも気を配る必要がある為に、危険だからと町への宿泊を避け続ける訳にもいかない。それ故に、距離の中途半端さを恨めしいとアレルは感じる。
(それなら、いっその事分岐前に立ち寄った町から今回みたいに街道を外れて行くか? でも、そうやって道なき道を行くのも危険ではある。今回は旧道が描かれていたけれど、分岐付近にはそういったものがない。伝承によると、二百年前のこの辺りは魔物の支配領域だったって聞いたし、道なんて新しいものしかないのかもしれない)
道なき道を行く場合、常に多少の強引さは必要になるし、万が一進めなくなった場合は引き返すしかなくなる。その時は、無駄に日数も嵩む事になるし、何より肉体的にも精神的にも疲労やストレスが溜まる。
現状、その危険性は避けたいなとアレルは考える。なので、結局半端な距離は状況を見て、安全そうな町で一泊する場所を増やすか野営の日に足を伸ばすかなりして調整するしかないなという結論に達する。
あとは、辺境伯の方でどれくらいの時間を稼いでくれるかだが、こちらを当てにすると不測の事態になった場合に対応が遅れてしまう。だからアレルは、何日までなら大丈夫と思わずに、可能な限り早く街道の分岐を抜けてしまおうと考える。
「お考えは、纏まりましたか?」
地図をしまったのを見て、メッサーがアレルに話し掛けてくる。それに、アレルは肩を竦めて納得のいく形ではない事を示す。
「一応······な」
そうメッサーに応えたアレルは、頭を切り替えて次に気になっている事を訊ねる事にする。




