一章〜非望〜 五百三話 黒羽根の集う理由
黒羽根の補給地点、そう紹介されて入った簡易宿泊所の中は、その外観とは違って良く整備されていた。それでも、基本的な部分は以前瑠璃と出会った場所と大差は無かった。
ただ、黒羽根が野営する事も想定してなのか、何箇所かに焚き火をしやすい様に石で囲われている場所があったり、邪魔にならない場所には物資の入っているだろう木箱が積まれている。そして、中にはメッサーの他にも数人の黒羽根がいて、アレルへ訝しげな視線を向けていたがメッサーが何かを手振りすると直ぐに畏まった態度に変わった。
「すみません、他の者はアレル様が来られるとは思っていなかったみたいで······」
「別に構わないさ。文字通り、俺が部外者であるのは事実だしな」
そう、アレルが答えるとメッサーは目に見えて慌て始める。
「いやいやいや、冗談でもそんな事を言わないで下さいよ! 俺──私が、そんな事を言わせたなんて知られたら、ロバートさんに死ぬよりも辛い目に遭わされてしまいますよッ」
その声は周囲にも届く程に大きく、ロバートの名前を聞いた他の黒羽根達は何故か揃ってギョッとした表情を向けてくる。
「なあ、なんか変な視線を向けられている様な気がするんだが?」
「ああ、それはロバートさんの名前を出したからですよ。あの人、他人に興味ないから一定の水準を満たさないなら死んでも構わないみたいな勢いで訓練させますから」
つまり、ここにいる黒羽根達はほとんどがロバートからの指導を受けていた連中で、名前を聞いただけでも寒気を覚えているという事だろうとアレルは解釈する。
しかし、そんな事よりも今日の野営場所を探さなくてはならないアレルは、招かれた用件をさっさと済まそうと適当な場所で一旦徐行させていた馬車の足を止める。
「つうか、わざわざこんな所に招いたのは何か理由があるんだろ? こっちは、この後で野営場所も探さなくてはならないから手短に頼む」
「い、いえいえっ!? そんな、アレル様を招いておいて追い返すみたいな事なんてしたら、この中の数人の首が胴から離れる事になりますって! どうぞ、今夜はここにお泊り下さいっ! てか、俺達を助けると思ってどうかお願いしますッ」
と、メッサーが御者台の横からアレルに頭を下げると、手の空いている他の黒羽根も数人が頭を下げてくる。その様子から、余程ロバートが恐ろしいんだなと感じたアレルは、仕方なく今夜の野営地をここに決める。
(って訳だけど、瑠璃的には大丈夫そうか?)
──はい、瘴気なども近くに感じませんし、この中に敵意や悪意を抱いている方はいらっしゃいませんよ。
一応、瑠璃のお墨付きも得られて安堵したアレルは、なるべく黒羽根達の邪魔にならなそうな場所を探す。すると、そんなアレルの考えを察したのか、メッサーが御者台の横からどうぞこちらへと腕で空いている場所を指し示しながら先導し始める。
そんなメッサーに、アレルは無言でいるのが煩わしくなり声を掛ける。
「んで、ここって補給地点以外にも何か役割があるのか? 黒羽根の仕事柄、数人集まる事すら珍しいんじゃないか?」
「アハハ······それ、聞いちゃいます?」
アレルの質問に、メッサーは気不味そうな苦笑いを浮かべつつどこか勿体ぶった反応を返してくる。しかし、直ぐにため息一つで理由を話し始める。
「ロバートさんに言われてしまったんですよ。羽根の偽物が出回っているのに、何も対処せずに好きにさせておくのかって」
「あ〜、そういやあったなそんな話······でも、確かお前等ってお得意様の子供とかに自分達で配ってなかったか?」
「よくご存知······でって、もしかしてレイラ辺りから聞きましたか? まあ、誰から聞いたのかは別に良いんですが、巷に出回っているのと私達が自ら配っているのとでは造りが少し違うんですよ。そもそもが、私達が使っている物と見ただけでは判らない様な差異を作ってはあるんですがね」
その言葉に、アレルは以前レイラが見せてきた偽物の羽根を思い出すが、形なんかでは見分けがついた覚えがない。
「まあ、そんな訳で今はこちらで配っているものではない模造品の回収と、その出所を突き止める為に動いています。出来れば、首謀者まで辿り着けると良いんですけどね」
タハハと、まるで不可能な事を口にしたみたいに指先で頬を掻いて誤魔化すメッサーに、アレルは何でそんな風に話すのかと首を傾げる。
「いや、首謀者なんてビットーリオの近くにいる誰かで、大公もしくは辺境伯のどちらかがクリムエーラと繋がっていると知っている奴なんじゃないか? メッサー達でなくとも、表の業務をしている連中も偽物の羽根を付けてたりはするんだろうけど、商会が羽根を使って何かしらやり取りをしてるって所までは判りそうなもんだし。それだけ判れば、向こうとすれば例え本物と見分けが付く偽物しか作れなかったとしても、多少の混乱を招ければ良いと思っているのかもしれない。そもそも、ビットーリオ側が狙っているのは、見分けの出来ない逃亡中の王女様に羽根を使った商会の助けを頼れない様にする事かもしれないし。むしろ、偽物を出回らせる事で商会側がどう動くのかを注視しているのかもしれない」
それぐらいは頭にあるんだよなと、アレルはそれがさも当然みたくメッサーに話す。だが、メッサーの反応は予想外で、口をあんぐりと開けたまま表情を固めてしまっている。
「······どうした?」
「い、いえ······正直、アレル様のお考え自体にも驚きましたが、上の方や筆頭の考えにも合点がいってしまって。······あっ!? それよりも、ちょっと急いで伝令回さないといけないので少し外しますッ! あの、野営するなら好きな場所を選んで勝手に使って構いませんから。他の連中が文句を言っても、俺が黙らせますんでッ!」
言いながら、少しずつアレルから離れていくメッサーは、全てを言い終わると即座に駆け出して他の黒羽根の所へ行ってしまう。その背中を視線で追いながら、アレルは何か変な事でも口にしたかなと自身の言葉を反芻する。
(特に、変な事は言ってないはずなんだが······にしても、メッサーの奴は慌てると一人称が私から俺に変わるんだな。ロバートの事も、筆頭なんて呼んでたみたいだし。あれで、黒羽根なんて務まるのだろうか?)
──単純に、戦闘力などで信頼を得ている方なのでは?
そんな、精神感知を切るのを忘れて心の中で呟いたアレルに対して、瑠璃がおそらくはロバートとの比較からの言葉を返してくれる。その言葉に、確かに黒羽根って戦闘力も必要な役職だったなと、アレルは納得する。
(確かに、それなら納得出来るな。まあ、それより瑠璃はどの辺が野営するのに良いと思う? やっぱり、他の連中と離れた所の方が良いよな?)
──そうですね、ルリはどこでも構いませんが、こういった場所ではアリシア様達が落ち着かないかもしれないので離れた場所の方が良いかもしれません。
(そうだな、分かった······ありがとな、瑠璃)
──いえいえ、ルリは主様のお力になれればそれだけで嬉しいので、お礼は不要ですよ。
そんな瑠璃の言葉に、もっと欲張ってくれても構わないのにとアレルは密かに笑みをこぼす。そして、アレルは馬車を動かしながら瑠璃の助言通りに黒羽根達から少し離れた場所を今夜の野営地とした。




