一章〜非望〜 五百二話 導きの果てに
程なくして、丘陵地帯に端を発する勾配のある道が終わり、徐々に平坦な道へと変わってくる。周囲の風景もそれに伴い、林とまではいかない木々が乱立している様を目にするようになってくる。
そんな中を、軽快に駆けて行く狼の背中を追う形で、アレルは馬車を走らせる。馬達も、何故か狼を意識していて対抗心を燃やしているみたいに感じるので、アレルは馬達が疲れ過ぎない様にいつもより注意深く様子を見ている。しかし、それでも馬達は本当に体力のある品種らしく、狼に負けじと馬車を曳きながら威嚇しているみたいだった。
──本当に、何をそこまで争っているのやらです。
と、偶に瑠璃の呟きが聞こえてくるのも御愛嬌といったところだ。ただ、捕食者と被食者の関係なのだからある程度は仕方ないとはいえ、狼側からも多少の苛立ちを感じるのは何故なのだろうとアレルは考える。
(なあ瑠璃、もしかして馬の他の品種で狼を逆に倒してしまうようなのがいるのか?)
──そうですね、以前仲間から襲ってきた狼を蹴り殺してる馬がいると聞いた事があります。確か······青いのか黒いのと言っていたはずです。
(あっ、それたぶん黒い方だな。確か、オニキス種って名前で他と違って臆病な所がないって聞いた事がある)
アレルは、以前レイラから欠点も無ければ長所も無いラウンド種と、速さと持久力に優れたルビー種という話を聞いている。加えて、ロバートもオニキス種の事は口にしていたし、そのオニキス種は辺境伯の愛馬らしいので戦闘力に秀でてでもいるのだろうとアレルは思う。
そこへ、一瞬だけ馬達と狼が同時にビクッと体を震わせた後で、瑠璃がどこか申し訳無さそうに言葉を伝えてくる。
──申し訳ありません、主様。ルリが、馬の品種などにも詳しければ主様を煩わせなどしませんでしたのに。
(気にするなって。瑠璃には、それ以外の所で充分過ぎる程に助けられているからさ。それに、俺も自分の世界の馬の事なんて、サラブレッドとばん馬ぐらいの違いしか知らないし。まあ、少なくとも狼を蹴り殺す馬なんて聞いた事なかったけどな)
そもそも、ニホンオオカミは絶滅した事になっている。近年では、実は生き延びているのではないかという証拠も見つかっているらしいのだが、小耳に挟んだ程度の知識しかないアレルには語る術もない。
なので、こうして馬と狼が共に並んで存在している光景ですら、アレルにとっては未知の光景だった。
──あの、サラブレッドとばん馬って、どの様な馬なんですか?
(いや、俺も詳しくないから勝手な印象で話すと、サラブレッドは速く走る事に特化してる分全体的に細くて脚周りの筋肉が発達してる感じで、ばん馬は重たいソリなんかを曳く為に体がデカい上に全体的に筋肉質で凄く力持ちな感じかな)
──主様の世界にも、変な馬がいるのですね。
瑠璃の言う変とは、自然界で生きる生物としては歪と思える程に偏りが感じられるからだろうとアレルは思う。それも、人間の賭け事に使われる為にそうされたというのだから業が深い。
ただ、アレルは瑠璃がもと口にした事に首を傾げる。
(なあ、もってどういう事なんだ?)
──あっ、はい。これは、ルリが各地を巡っていた頃の話なんですが、稀に額の辺りに角の生えた馬や背中に翼が生えた馬を見かける事があったんです。どうやら、ルリ達に近い存在でもあるらしく、人間嫌いの話で意気投合したりしてました。
一角獣に天馬じゃないかと、アレルは驚くと共に瑠璃には伝わらない様に密かに思う。瑠璃よ、人間嫌いとは言いつつも、その中に清らかな処女限定で嫌わないのもいるぞと。
こちらの世界にいるものがそうとは限らないが、アレルのいた世界の伝承では一角獣の雄にそんな話があった。だが、いるのか判らないが雌の方なら判らないなとアレルが思っていると、そこへ瑠璃がハッとした直後に追加で伝えてくる。
──主様っ、そういえば同じ様に見えても角が二本生えた馬は正確には魔物ではありませんが、性質は魔物とほとんど変わりませんからね! 気を付けなければ駄目ですよ!
と、瑠璃はまるで魔光蛾を見つけた時の様な必死さで、アレルに注意を促してくる。
(ああ、気を付けるよ)
返事をしつつ、アレルはそういえば二角獣の見間違えや片方の角を失ったのを一角獣と呼んだとかいう話もあったなと思う。ただ、どのみちシマウマの様に馬に近い野生の生物は基本的に気性が荒いので、不用意に近づくものではない。
アレルは、そんな事を思いつつ瑠璃と談笑しながら狼の後を追い、何度か休憩を挟みながら旧道を走るのであった。
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時刻は日暮れ前、アレル達の前を走る狼が突然大きく道から逸れて走っていってしまう。アレルは、何でそんな方へと思ったものの、ここまで来て見失う訳にはいかないと馬達にその後を追わせる。
まるで、見通しを悪くする為に植えられでもしたのかと思う程に、邪魔臭く乱立する木々の間を速度を落としてジグザグに狼を追う。ただ、やはりその木々の生え方もちゃんと馬車が通れる様に間隔が空けられていて、アレルはまたも人為的に整えられたものの様に感じられてしまう。すると、その乱立する木々の切れ間が前方に見えた瞬間に、狼が速度を上げて馬車を振り切り先行してしまう。
それに、見失ってはいけないとアレルも反射的に馬車の速度を上げて追随しようとするも、場所が悪くそう間を置かずに引き離される。それでも、何とか喰らいついて乱立する木々の間を抜け切ると、その先に朽ちた様にも打ち捨てられた様にも見える外壁に蔦が這う簡易宿泊所が目に入ってくる。
(何で、こんな所に······)
そう思うアレルだったが、よくよく考えれば旧道という事は昔使っていた道であり、当然そこには村や町が無ければ宿泊所ぐらい設けられる。しかし、その外観から既に使われてはいなさそうなのだが、狼はそこの門の前で足を止めている。
そして、アレル達の姿を確認した狼はゥオゥゥゥゥンと、遠吠えをする。その直後、ガコンと門の閂が外される音の後、門を開いて一人の男が姿を現す。そこへ、馬車の速度を落としつつ近づいたアレルは、ある事に気が付く。
「お前······もしかして、投げナイフをロバートに届けに来ていた奴か?」
「えっ······ああっ!? 朱羽根の、アレル様ですか? いや、筆──ロバートさんから、来るかもとは聞かされていましたが、まさか本当に来られるとは思いませんでしたよ」
などと、馬車を停めたアレルが投げナイフを届けに来ていたロバートの部下と話していると、狼がロバートの部下に対して不満そうにヴォウと鳴く。それに、ああ忘れていたとロバートの部下は懐から出した干し肉を狼に与える。
「色々と、聞きたい事もあるんだが、ソイツ飼っているのか?」
「あっ、いえ······商会の関係者以外がここへ迷い込まない様に、人払いを頼んでいるだけで飼っている訳ではありません。それより、アレル様はどの様な経緯でこちらへ?」
「俺の方は──」
そこで、アレルは一応の警戒として瑠璃に訊ねる。
(瑠璃、コイツは大丈夫そうか?)
──はい、悪意は感じませんし何かを企んでいる後ろ暗さもありません。
(ありがとな、瑠璃)
「──街道の方が監視されてる可能性を考えてな、街道には出ずにこっちの道からヘッケルへ向かおうとしてたんだ」
アレルが答えると、干し肉を食べ終えた狼はもう用は無いとばかりにその場から去っていく。思わず、その背に視線を奪われるアレルだったが、直ぐにロバートの部下へと視線を戻す。
「確かに、今は街道の方は少しピリついていますからね。まあ、とにかく中へどうぞ。込み入った話は、その後でお願いします。それと、申し遅れましたが私はメッサーと言います。そして、ここは黒羽根の補給地点の一つですので、気兼ねなくお寛ぎ下さい」
言いながら、宿泊所の中へ招くメッサーに続いて、アレルは馬車を中へと進めた。




