一章〜非望〜 五百話 導き手を得る
旧道をしばらく行くと、道沿いの雑草が徐々に伸び放題の様な状態になっていき、果てには誰も踏み入れてない事が判る程に自然なままの姿になってしまった。ただ、それでも道には比較的新しい轍も残っており、その上には雑草も生えてきてない事から何者かが定期的に旧道を利用している事が判る。
とはいえ、こんな道は元の世界だと田舎の田んぼ道ぐらいにしかないのではと思うアレルにとって、本当にこの旧道を通り抜けて大丈夫なのかと不安を感じ始める。何故、そうまで不安を感じるのかは解らない。もしかしたら、先に進むに連れ僅かに狭くなる道がそんな風に感じさせるのかもしれない。しかし、ここはレイラがくれた地図に描かれていた道だ。途中まで行って、急遽引き返すしかないなんて事にはならないと信じて、アレルはそのまま馬車を走らせる。
そうして、生じる不安から引き返したくなるのを堪えて一時間程進むと、今度は伸び放題な感じだった雑草が徐々に短くなっていき急に視界が開けてくる。その事から、この旧道の両端は人為的に人の不安を駆り立てる様に整えられており、そこを抜けると他と遜色ない普通の道になるのだとアレルは悟る。要するに、国から破棄された道をクリムエーラは心理的に引き返したくなる様に整備し、半ば実効支配的に私道化しているのだとアレルは解釈する。
(犯罪なんじゃないか、それ?)
──主様? どうかしましたか?
瑠璃が訊ねてくるも、アレルは瑠璃が理解を示してくれるか判らない話の為に、あくまで不意に心の声を漏らした様に装う。
(いや······まあ、元々犯罪紛いな事もしてそうではあるし、今更だよな)
──どなたの事を仰っているのか判りませんが、主様はクロスボウの準備をして頂いても良いですか?
と、アレルがクリムエーラの黒羽根に対して酷い事を思うも、瑠璃はそれよりもとクロスボウの準備を促してくる。ただ、それがあまり慌ててる様子がないので、また魔光蛾でも見つけたのかとアレルは思う。
(まあ、ボルトはまだ余裕があるからな。んで、どこにいたんだ?)
訊ねながら、アレルはクロスボウを手にする。
──あっ、いえ······勘違いさせてしまって申し訳ないのですが、魔光蛾ではなく野生の狼だと思います。ただ、二匹か三匹程度の偵察の際に、こちらがある程度脅威だと認識させないと後々面倒だと以前聞いた事がありますので。
それに関しては、アレルも少しだけ知識が残っている。
狼は群れで行動する生き物だが、その群れは個を生かすものではなく全体を生かす為のもので、狩りに対しても犠牲が出ると解っている事を無理に行おうとはしない。ただ、こちらが少しでも弱みを見せると、容赦なく襲い掛かってもくるので注意が必要ではある。
そんな知識を思い出したアレルは、手綱を握りながら右手でクロスボウを構えて左手では矢筒から三本のボルトを手にする。
(んで、そいつらはどこから来るんだ?)
──もう少し先になります。ちゃんと、こちらが縄張りに踏み入れるのを待っているみたいです。今、荷台にいるこちらの駄犬とは違って待てが出来て偉いです。
自然な流れで、ミリアを貶す瑠璃に呆れながらも、アレルはクロスボウへボルトを番える。
(でも、俺の世界だと狼は余程の事がないと人は襲わないって聞いたけどな)
まず、人を襲う前提条件として人馴れをしているか、あるいは人の肉を食べた事があるかというものがある。アレルは、今自身達が遭遇している狼は、そのどちらかかもしくは両方を満たしているのかもしれないと考える。
すると、そこへ瑠璃が妙な反応を伝えてくる様になる。ハッキリととか、もっとちゃんと伝えろだとか、瑠璃は何かに対して不満をぶち撒けているみたいだった。
(瑠璃?)
──あっ、主様······その、何かの印みたいな物はお持ちではありませんか? なんか、一方的に伝えられたんですが、シルシナイヤツオイカエス、だそうです。
(印······か)
瑠璃の話しぶりから、それを伝えてきているのは未だ姿を見せない狼なのだろう。ただ、アレルには印と言われて思いつくのが、この道を管理しているクリムエーラの羽根しかない。
なので、アレルはクロスボウからボルトを外して矢筒に戻して、クロスボウを隠し場所へしまいながら左手に手綱を一巻巻きつける。それから、アレルは右手で首から下げてるロケットの中から朱羽根を取り出して掲げる。
「これで良いのか?」
すると、どこからともなく狼が一匹姿を現して、まるでアレル達を先導するみたいに馬の前を走り始める。
──シルシ、モツニンゲン、ハジメテハ、ツレテイク、だそうです。
(つまり、俺達はこれから前を走る狼によって、この一件を企てた奴の所へ連れて行かれるって事か?)
──その様です。ルリは、主様が嫌なら無視してしまっても良いかと思いますが······。
瑠璃はそう言うものの、その相手が十中八九クリムエーラの人間なので、アレルは狼が道なりに走っている限りはついて行こうと考え手綱を握り直す。と、言ったそばから狼は道から外れて道なき道を走り始める。
しかし、そちらにもよく見ると僅かながら轍がある事から、クリムエーラの通っている経路であるのは判った。ただ、その瞬間黙っていた瑠璃が憤慨する。
──もうッ、どちらもいい加減にするですよ! 前を走るならもっと離れろだの、遅いからついて来られないだの、ルリはあなた達の通訳ではありませんッ!
ズンッと、憤慨する瑠璃の言葉は、それが届いてしまうアレルに重く響き決して軽くはない目眩を引き起こされる。
「うっ······」
──主様っ!? 申し訳ありません、ルリのせいで煩わせてしまって。
そうして、アレルの不調を察知したのか、瑠璃は慌ててアレルに対して謝ってくるがアレルはそれに気にするなと返す。
(それより、一体何があったんだ? それを教えてくれ)
──はい······最初は、馬達が前を走られると邪魔だと言い始めて、それをそれとなく狼に伝えたんです。そしたら、狼側も鼻先を走ってやらないとついて来られないだろと挑発を返しました。後は、ルリにこれを伝えろとかあれを言えなどと、ひっきりなしだったものですから少し灸を据えてやったんです。······ですが、こういうものに感受性の強い主様が傍にいる事を失念していました。すみません。
フードの中にいるとはいえ、瑠璃がシュンとしているのは伝わってきている。だが、既に自省出来ているなら、加えて何かを言う必要も無いだろうとアレルは考える。
そして、先程の瑠璃が行った事はアレルにも以前に受けた覚えがある。それは、瑠璃とは別の夜光蝶に囲まれた際に、その意思を無遠慮に伝えられた時と似ていた。おそらくだが、瑠璃はそれを精神波的なものにして、馬達と狼に対して放ったのだろう。
アレルは、自身の目眩はその余波を受けてしまったのが原因で、その証拠に馬達も狼もどこかグッタリとしたまま走っている。
(まあ、瑠璃も反省してるなら別にもう気にしなくて良いよ。それに、連中も瑠璃を怒らせるとどうなるか骨身に染みただろ?)
──主様······。
(とにかく、この狼について行ってみよう。何かしら助けになる事はあっても、障害になるなんて事はないだろうしさ)
アレルは、狼が取る進路がヘッケルのある方角と変わらない事から、そんな事を言って瑠璃を説得する。そうして、瑠璃の同意を得てから、馬達の斜め前を走る様になった狼の後を追うのであった。




