一章〜非望〜 四百九十八話 次の町を目指して
一昨日は、作戦上羊の放牧口から出たが今日は門からの出発で、その高揚感からかアレルは気持ちが新たになる。しかし、そんな気持ちも束の間でアレルは直ぐにその場所で戦闘していた事を思い出してしまう。
傭兵達と戦い、ラルフと一対一で戦い、最後にはアンデッドとも戦った。そして、アレルの視線は自然と魔神のアンデッドに追われながら絶命した傭兵の亡骸があった辺りへと向けられる。それに伴い、魔神のアンデッドに完全に吸収されてしまい魂が消滅した傭兵の事までも思い出してしまう。
見殺しにしてしまった命と、救いの手すら伸ばさずに消え去るのを見過ごしてしまった魂。確かに、彼等の行いは決して許されない行いではあるものの、それらの事はアレルの胸にまるで見えない棘の様に突き刺さり未だに痛みを感じさせている。
そんな感傷に浸ってる間、隣のメリルが未だに恥ずかしがってフードを被ってくれていて良かったと、アレルは心の底から思う。ただ、いつまでもそうさせておくのも可哀想に感じたアレルは、そこでようやく声を掛ける。
「なあ、いつまでそうしているんだ?」
「いつまでって······アレルさんは、恥ずかしくないんですか?」
メリルは、そう口にしながらゆるゆるとフードを脱いで、アレルに恨みがましい視線を向けてくる。
「別に」
ドスッ、とその瞬間アレルでも反応出来ない速度で、メリルの肘がアレルの脇腹を抉る。但し、威力が伴っていない為痛みはほとんど感じない。
しかし、どういう訳かそれでメリルの機嫌を損ねてしまったらしく、プイッとあからさまに拗ねた態度でメリルはそっぽを向いてしまう。
(なあ、これってやっぱり俺が悪いのか?)
──いえ、ルリには何とも言えません。でも、そんな事よりここからの警戒に関してはどうしますか? 主様さえ良ければ、ルリがやりますが?
アレルは、状況に耐えられず瑠璃に助けを求めるが、瑠璃には真面目な話を返されてしまう。それでアレルは、自身ばかり腑抜けていたら駄目だなと、頭も気持ちも切り替える。
(そうだな、瑠璃の方が俺より精度も範囲も上だから、頼んでも良いか?)
──はい、お任せ下さい!
「ねえアレル、少し良いかな?」
すると、そこへ御者台の後ろの幌を少し捲ってアリシアが声を掛けてくる。そのアリシアの声に、そっぽを向いていたメリルはどこか気不味そうにし始める。
ただ、アレルはアリシアがどんな体勢で話し掛けてきているか判らない為に、不意な揺れで飛び出して来たりしない様に馬車の速度を落とす。
「別に良いけど、何かあったのか?」
「そういう訳じゃないんだけど、身分証とかって見せなくて良いの? 一応、用意はしていたんだけど······」
その話しぶりから、馬車が一時停車した所で門へ辿り着いたと察したアリシアは、直ぐに身分証を提示出来る様に用意をしてくれていたみたいだった。その準備の良さに、申し訳ない気持ちになるアレルだったが過ぎた事はどうにも出来ないので素直に謝る事にする。
「悪いな、一昨日の一件で知り合ったやつが門番やってて、それで身分証は無しでも通してくれたんだ」
「そうだったんだ······そういう事をしてくれたのも、アレルが頑張ったからだね」
「いや、別にそんな事はないけどさ······門番としては、そういう所もちゃんとしないと駄目だろ?」
「うん、ちゃんと仕事してくれないと困っちゃうよね」
クスクスと、アリシアの笑い声が背後から聞こえてくる。その明るい笑い声に、多少後ろ髪を引かれるアレルだったが、アリシアがどんな体勢でいるか判らない以上馬車の速度を不用意に上げられない。
なので、アレルは馬車の速度を上げる為に会話を打ち切り、アリシアへ注意を促す事にする。
「アンネ、今どんな座り方してるか判らないけど、ここから少し馬車の速度を上げようと思うから、そのちゃんと座ってくれないか?」
「あっ、うん。······それじゃ、また後でね」
アリシアは、アレルの言う事に素直に従い会話を止めると、その気配はアレルの背後から遠くなる。その反応に、随分素直だなとアレルが思っていると、今度は隣にいるメリルがアレルの肩を指先でつついてくる。
「あの······アタシも、そろそろ後ろへ戻りましょうか?」
「ん? 何で?」
「何でって······アタシが隣にいると、気が散ったりしませんか?」
メリルはそう言ってくるものの、アレルは先程のアリシアの声がした時の反応を思い出してそれを口にする。
「さっき、まだ何かアンネに対して気不味そうにしていただろ? だからさ、全然迷惑とかではないし休憩取るまでは隣に座ってろよ」
ポスっと、その瞬間今度はアレルの肩にメリルの拳が打ち込まれる。それに対して、何か怒らせる様な事を口にしたかなとアレルが首を傾げていると、そこへメリルが文句を口にしてくる。
「それ、アタシが後ろに行く為にわざわざ馬車を止めるのが面倒なだけではありませんか?」
そう言われたものの、アレルとしてはそんな気なんてさらさら無く、さてどうしたものかと思ったが悪ふざけで返す事にした。
「そ、そそそっ······そんな事は、御座いませんですよっ、はい〜」
「ふざけないで下さいッ! ······あっ、でもふざけるという事は、面倒だからという訳ではないという事で······もうっ、本当に解りづらい事は止めて下さい」
「ハハッ、ごめんって」
そうやって、アレルが軽い感じで笑いながら謝ると、メリルは徐ろに被っていたフードを脱ぐ。
「でも、あなたって本当に不思議な人ですね。あなたと話していると、変に考え過ぎているのが馬鹿らしく思えてきます」
「少し、頭が固過ぎるんだよ姉さんは」
「······そうなのかも、しれませんね」
メリルはそう言うと、口元に軽く笑みを浮かべたまま黙り込んでしまう。それを、一人で色々と考えたいのだろうなと受け取ったアレルは、メリルから話し掛けてこない限りそのままにしておこうと決める。
シープヒルを出てから、丘陵地帯を抜けるまでは起伏のある道が続く。そこで時間が掛かるのは解っていたつもりのアレルだっだが、馬へ負担を掛けないようにと思うと上手く速度を上げられない。勿論、道だってわざわざ起伏のある所を通している訳ではなく、蛇行しながらもなるべく平坦な道作りをしている。
だが、蛇行している分だけ総合的な距離も伸びてしまう為、アレルはどうにもままならないなと感じる。それでも、隣のメリルの表情はどこかにこやかで、先程背後から聞こえたアリシアの声は楽しげだった。そういう事なら、焦って無理に急ぐ事もないかとアレルは、ヘッケルに着くのは明後日以降になるかもしれないと覚悟をするのであった。




