一章〜非望〜 四百九十七話 旅立ちの門
メリルの文句に晒されながら十数分、アレルが走らせる馬車は西門付近までやって来る。すると、アレルの目には見覚えのある人物の姿が捉えられる様になる。
(あれは、ステパンか?)
──はい、一昨日いらした方の一人ですね。
と、瑠璃は名前を覚えていなかったのか、そんな言い方でアレルの見立てを後押ししてくれる。しかし、そうして大きく気が逸れたのを察した様子のメリルが、文句を言い続けていた声を荒げる。
「ちょっと、ちゃんと聞いているんですかっ? 大体、あなたはいつも──」
「あ〜、悪い。そろそろ町を出るから、少しだけ中断してくれるか? 流石に、色々と不味いからさ」
アレルが、メリルの言葉を遮りそう言うと、メリルは視線を正面へ向けてから急に大人しくなる。それを、アレルは空気を読んでくれたと好意的に受け取り、門の前で一時停止出来る様に馬車の速度を落とす。
すると、ステパンの方もアレルに気付いた様子で、どこか愛好を崩した様な反応を示す。そんなステパンの傍には共に協力した他の三人の姿はなく、代わりにアレルの知らない人物がステパンと共に門番をしていた。
「なんか暇そうだな」
西門の手前で、馬車を停めたアレルは開口一番ステパンに皮肉を口にする。しかし、ステパンにはあまり効果が無く、苦笑いを返されてしまう。
「ここでは、これくらいが普通ですから。······そんな事より、一昨日は私の迂闊な行動で危険を招いてしまい申し訳ありませんでした!」
ステパンは、アレルの皮肉に答えたかと思うと、背筋をピンと伸ばした直後に身体を直角に曲げて謝罪してくる。
それに対して、アレルは何の事を言ってるのかと一昨日の事を振り返り、もしかして魔神のアンデッドにクロスボウを撃ち込んだ事かと考える。確かに、あれには腹を立てたりもしたが、今となってはどうこうするつもりもないとアレルは思う。
「なあ、クロスボウの事を言ってんなら、別にもういいって。もう過ぎた事だしな」
「いえ、ですが──」
「それより、他の三人はどうしたんだ? 三人共、非番なのか?」
僅かに頭を上げて反論しようとするステパンに対して、アレルは自身の疑問を挟んで強引にその話を止めさせる。そんなアレルに対して、不承不承ながらも身体を起こしたステパンはその疑問に答え始める。
「いえ、その······ジムは非番ですが、ドニはザックが馬に乗れないと言うので騎乗訓練に付き合っています」
「そういや、馬も何頭か渡したんだったな」
「あっ! その事ですが、隊長から報酬は受け取られましたか?」
隊長と言われ、アレルが真っ先に頭に浮かんだのが騎士団の元部隊長であるラルフだったが、報酬とは関係がないのでアレルは別のヤツかと他の候補を探す。そこで、守備隊と報酬でアレルが次に思い浮かんだのが昨日の東門での一件だった。
隊長と、そう言われてみれば確かに昨日の律儀な門番は相応の風格みたいなものを備えていた。ただ、あくまで見た目の話だが、律儀な門番の方が若干ではあるがステパンより年若く見えた。
そこから、守備隊は辺境伯の私兵から派遣されているとの話も聞いていたので、辺境伯は実力主義の人選をする人物なのではないかとアレルは推測する。
「一応、報酬なら昨日東門の奴にもらったけど。まあ、別に報酬目当てって訳でもなかったし、無視しようかなとも思ったけどな」
すると、そんないい加減な事が許せないメリルが、隣からほんの数秒アレルの頬を抓ってくる。それに、何するんだとアレルが目を向けると、静かな怒りを瞳に宿したメリルと目が合ってしまう。
それは、正しく後でお説教ですよと無言で言っており、アレルは勘弁してくれねぇかなと肩を落とす。
「あの〜、そちらの方は?」
そこへ、アレルが報酬は貰ったと口にしたからか、ステパンはその事よりも目の前でアレルと無言のやり取りをするメリルが気になったみたいで、遠慮がちに訊ねてくる。
対するアレルは、普通に答えるのも面白くないし、ある程度は誤魔化した方が良いと考えて少しふざける。
「実は、昨日町で声を掛けて──」
「アレルさん、本気で怒りますよ?」
だが、メリルには何を言おうとしたのかまでは悟られずとも、悪ふざけの気配は気取られてしまったみたいだった。そんなメリルの顔を見るのが怖いアレルは、顔の向きをステパンに固定したまま発言を訂正する。
「······こっちは、俺の連れだ。訳あって、一緒に旅をしてるんだよ」
それだけ伝えると、何故かステパンは意外そうな顔をしつつも言葉を返してくる。
「いや······私は、てっきりお二人は夫婦なのかと思いましたが、違っていたのですね。その、お美しい方でしたので、すっかり勘違いをしてしまいました」
ワッハッハッと笑うステパンに、アレルは何を自然な会話の流れで地雷を踏み抜いてくれてんだと憤る。これでは、追加でメリルに怒られる材料が増えちまったじゃねえかと、アレルはステパンを睨みつける。
それから、恐る恐るではあるものの、アレルは念の為メリルの表情を確認すると意外にもメリルはフードを被り恥ずかしそうにしていた。
(どういう事だ? 何で、そんな反応を?)
あまりにも予想外過ぎて、アレルは思考が追いつかないながらも、状況を整理する。
取り敢えず、自身と夫婦だと言われた事に対しては怒りを感じるのが当然だとアレルは考えるも、それだと恥ずかしそうにしている理由が解らない。それ以外に考えられるのは、美人と言われた事ぐらいだが、そんなのメリルだってある程度自覚があってもおかしくはないぐらいに容姿は整っている。
そこまで考えて、アレルはメリルの傍にはいつもアリシアの存在があった事を思い出す。正直に言って、メリルも美人だがアリシアのそれは格が違うというか次元の隔たりすら感じる程だ。アレルは、男の自身がそう感じるのだから、同性であるならもっと細かい部分で違いを見せつけられるのだろうと考える。
そんな存在が身近にいたのだ。メリルの自己肯定感が低くなり、自分は美人ではないと思い込んでいてもおかしくはない。それ故に、アレルはメリルが単純に褒められ慣れていないのだと考える。
(まあ、二人共それを差し引いても面倒臭さが余るけどな)
──主様、それは絶対に口にしたら駄目ですよっ!
と、アレルの不意な心の呟きにそれまで成り行きを見守っていた瑠璃が的確なツッコミを入れてくれる。ただ、いつまでも西門の前でのんびりしている訳にもいかないので、アレルはその旨をステパンに伝える。
「連れをからかうのは良いけど、そろそろ町を出たいんだが?」
「ああ、そうでしたね。すみません、長々と足を止めさせてしまって」
「まあ、そこまで気にしてないけどな。それより、身分証の提示とかしなくて良いのか?」
「はい、アレルさんは町の防衛に尽力して頂いた方ですから、その程度の事はなさらずとも結構です」
その対応にアレルは、東門の隊長ならばそれでも確認するだろうに、言い切りやがったなと心の中でダメ出しをする。ただ、荷台にいるアリシア達の物まで確認されると時間がかかるので、アレルは何も指摘する事なく有り難く通らせてもらおうと考える。
「じゃあ、そういう事ならこのまま通らせてもらうな。それじゃ、気が向いたらまた来るかもしれないからさ。またな」
「ええ、それでは旅の安全を祈っています」
そうして、道を開けて頭を下げるステパンを横目にアレルは馬車で西門を通っていく。
「あっ、そうだ。他の三人にもよろしくな」
「はい、分かりましたぁ!」
最後に、やや振り向きざまにステパンへ一言言い残したアレルは、未だにフードを目深に被るメリルを隣に乗せたままシープヒルを後にしたのであった。




