一章〜非望〜 四百九十六話 姉としての苦労
聞いてもらっても良いか、この言葉は大きく分けると二つの解釈が出来る。一つは、話を聞いた上でどう思うか意見が欲しいという事。もう一つは、本当にただ話を聞くだけで何も言わないで欲しいという事の二つだ。
聞くところまでは同じだが、その後の対応が真逆の解釈にアレルは大いに迷う。それでも、元の世界では女性は話を聞いて欲しいだけで、助言なんて一切求めていないなんて話があるのをアレルは知っている。なので、メリルもそうなのかもしれないと思い、アレルはただ話を聞くだけに留めようと考える。
──が、そんな通説を信じて、目の前のメリルの事を見ないのは如何なものかと考え直す。故にアレルは、大火傷を覚悟でメリルに一歩だけ踏み込む。
「聞くだけでいいのか?」
すると、メリルは戸惑うみたいに視線を泳がせ、少しだけ俯いた後で遠慮がちに首を横に振る。
「あの、出来れば······その、何か言ってもらえた方が話しやすいかもしれません」
メリルの反応に出来ればとあったので、逆に解釈すると話しやすいとメリルが感じてる間は言葉を挟むなとも受け取れる。
そこは、やはり生きている人間なのだろう。完全にどちらかに偏るのではなく、その間をユラユラと行ったり来たりするらしい。そう感じたアレルは、メリルの揺らぎを感じ取りつつ相槌などを入れていこうと考える。
「解った、適当な所で茶々入れれば良いんだろ?」
言いながら、アレルはメリルが話しやすい様に馬車の速度を僅かに落とす。
「いえっ······いや、アレルさんの場合はそれで良いのかもしれませんね」
どこか、いい加減とも受け取れる返事をアレルは返したのだが、メリルは馬車の速度が変わった事を感じ取ったのか急に態度を改める。しかし、その直後にメリルは後ろの荷台の方を気にし始める。
「急に、どうした?」
「あっ、その······こちらの話が、中にまで聞こえないかと思いまして」
「中の話も、こっちには聞こえてこないんだ。心配いらないだろ」
アレルは、まるで気にする様な事でもないと軽く口にするが、それでもメリルは気になるらしくチラチラと荷台の方を──正確には、アリシアの事を気にしている様にアレルには見えた。なので、アレルはもう少しメリルの話しやすい状況作りに尽力する。
「というかさ、荷台って車輪の音でほとんど外の音聞こえていなかったんじゃないか?」
「えっ······そういえば、確かに」
呟きながら、再び荷台を振り向くメリルの耳の上辺りで、キラリと髪留めが光を反してくる。それに気付いたアレルは、意識を荷台から逸らすのに丁度良いと話題のネタにする。
「それ、付けているんだな」
「あっ、はい······せっかくの贈り物ですから」
言いながら、メリルは指先でその髪留めに触れると、そのまま徐ろに小声で語り始める。
「正直、驚いたんです。優秀なレグルス様に比べて、自分は何も出来ないと引っ込み思案だったアンネがアタシに意見をしてくるなんて」
小声なのは、背後のアリシアに聞こえない様にする為だと思うが、アリシアはともかくレグルスの方は普通に名前を呼んでいるのは注意すべきかアレルは悩む。ただ、ここで口を挟むとメリルの気を削いでしまうかもしれないので、アレルは自重する。
「······アレルさんが、クリスを見に行った後なんて凄かったんですから。あの娘、一歩も引かないでアタシが何を言ってもそれは違うって言い返すんです。······頭にきますよね? アタシだって、良かれと思って言っているのに、まるで聞く耳なんて持たずに頑として自分の意見を曲げないんですよ! ······あの娘、昔は──というか、王都にいた頃はそんな娘じゃなかったのに、変わっていってるんですね」
メリルの話を聞いて、確かにアリシアは頑固なところがあったりするなと、アレルは感じる。
本来、アリシアのそういった部分は一途さとして美点ではあるのだが、時として空回りすると一転頑固さとして表に出てしまう。次期国主として、理想を掲げる為の一途さは大事だが、周囲の意見を聞く為には頑固さは少々邪魔になる。ただ、国主として前に立ち国を引っ張っていくにはその頑ななまでの一途さが必要だし、独裁国家にならない為には人の話に耳を傾ける寛容さも必要だ。
そんな、長所と短所が表裏一体となっているアリシアに、アレルはこれからはそういう事も誰かに教わらなきゃいけなくなるんだろうなと思う。
「でも、今にして思えば子供の頃なんて凄く我儘でしたから、元に戻ったとも言えなくはないんですけどね」
「そうだったのか?」
「ええ、思い通りにならないと直ぐに泣きますし、あれしてこれしてと凄く手の焼ける子だったんですよ。本当に、あの頃はアタシも子供だったのに、アンネの事ばかり優先させられてっ! それに、ミ······クリスまでいたんですよっ! クリスなんて、アタシの目を盗んで城下まで行ったりなんかして、それなのにお母様は子供達で遊んでいらっしゃ〜いなんて言うんです!」
徐々に弁に熱の入るメリルに対して、アレルはそのせいでメリルはこんな小姑みたくなってしまったのかと考える。ただ、そうした不満を抱えながらも今のメリルを見て思う事をアレルは口にする。
「それでも、こんな状況になっても見捨てられないぐらい大切な存在なんだろ?」
そうして、アレルに投げかけられた言葉に、メリルは一瞬驚いた様な表情を浮かべるも直ぐにキリッとその表情を引き締める。
「······はい、そうです。アタシにとって、かけがえの無い存在です。でも······だからだったんでしょうか? あの娘が大切だから、アタシの手の届く範囲にいて欲しくて、変わって欲しくなくて······だから、あんなに強く抵抗してしまったのかもしれませんね」
その言葉に、どうやらメリルは勝手に自分の気持ちに折り合いをつけたみたいだとアレルは感じる。そして、この様子ならもう心配はないだろうと、アレルは肩の荷が下りた気分になる。
──お疲れ様です、主様!
(俺は、何もしちゃいないよ)
労いの言葉を掛けてくる瑠璃に、アレルは事実を伝えつつメリルの表情を窺う。その顔は、落ち着きを得ていながらもどこか慈愛を感じさせ、正しく姉そのものの表情の様にアレルには感じられた。
「お姉ちゃん続けるのも、大変だな」
「そうですね。······まあ、でも好きでやってるところもありますから」
ニコッと、メリルは誇らしさを感じさせる笑みをアレルに対して返してくる。
「それでもさ、頑張り過ぎて疲れた時ぐらいはこうして息抜きぐらいしろよ。今まで頑張ってきたんだから、それぐらいは許されるだろ?」
「まあ、そうかもしれませんけど······」
そこでメリルは、顔を僅かにアレルの方へ寄せてジーッと訝しげに見詰めてくる。
「何だよ?」
「いえ、元はといえばアレルさんのせいでアンネが変わっているのかもしれないと思いまして。クリスもそうですし、もしかしたらアタシも······」
と、何やら矛先が自身へと向けられ始めたのを察知したアレルは、緊急回避的にメリルの弱点を突く事にする。
「俺は、別に関係ないだろ? イバレラなんて、俺が何もしなくたって泣き出すし」
「あ〜ッ! それを、今言いますか!?」
しかし、それはアレルの思惑を外れ、理由は変わったが完全にメリルの矛先を自身へと向ける後押しになってしまった。そうして、逃げ場のない御者台の上でアレルはくどくどとメリルの文句を聞かされる羽目になった。




