一章〜非望〜 四百八十八話 女騎士の受難
瑠璃と二人、ロバートに教えを受けているミリアを探すアレルは、中庭の端っこで何やらぎこちない動きで歩くミリアを発見する。その近くには、どこか苛立っている様な気配を漂わせているロバートの姿もあった。
そのロバートだが、その様子は出来の悪い教え子に頭を抱える教師の様でもあり、レイラとジーナが先生と呼んでいたのも頷ける姿だった。
──主様、アイツなんかヘロヘロになっていて面白いです!
(アハハ、あれはロバートの教えを受けた奴にしか解らない辛さがあるんだよ)
ロバートのやり方は、まず基本的に自らの立てた計画通りに教えていく手法を取る。その際、教わる側の練度などは考慮せずに一度は全部やらされる。その後に始まるのがダメ出し大会で、大きな間違いから些細な思い違いまで、まるで重箱の隅をつつくみたいな細かさで実践を交えてダメ出しされる。
ただ、アレルが良かったのは、ロバートがディミトリスと重ねて見てるお陰でそれらの指摘が緩かった事。それと、アレル自身の物覚えがそれなりに良かったので、レイラ達の様に心に傷を残す程にはならなかった事だ。
しかし、そのどちらでもないミリアは、例に漏れずロバートのシゴキを全身全霊で受け止めてしまっているみたいだった。
──主様、主様、あれなら少しは性格も修正されるかもしれませんよっ。
いつの間にかフードから出てきている瑠璃なんかは、そんな憔悴しきっているミリアを見て嬉々として面白がっている始末である。
(なあ瑠璃、瑠璃の見立てだとミリアのヤツはあとどれくらい持ちそうなんだ?)
──そうですね······既に自尊心みたいなものを感じないので、ロバート様に鼻っ柱をへし折られてるのが判ります。なので、一時間も持たないと思いますっ!
もう一押しですねっ、と瑠璃は一体ミリアをどうしたいのかとツッコミを入れるアレルだったが、これで数日ミリアに廃人になられても困ってしまう。が、以前メリルの逆鱗に触れた時には割と直ぐに元通りになった事を思い出し、最悪半日もあれば戻るかとアレルは思い直す。
(まあ、ミリアの回復力なら大丈夫かもしれないが、それを待っていたら出発も遅れる。だから、一応助けにはいかなくちゃな)
──はい、大変不本意ではありますが、主様がそうなさるのであればルリもお供します。
流石に、ここまで徹底してると瑠璃が本気なのかふざけているのかの判断がつきづらいが、アレルはそんな瑠璃を肩に止まらせながらミリア達へと近づいていく。
「お〜い、そろそろ出発したいんだが······まだ終わらないか?」
「おや? アレル様にルリ様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
──おはようございます!
そうやって、声を掛けたアレルではあったが、当のロバートはミリアには一瞥もする事なくアレル達へ頭を下げてくる。それには、アレルも挨拶を返すがその際にミリアの様子も確認する。
ザッザッザッと、幅広の足幅で歩いていたかと思えば、次に大股で走り出し、最後はわざとらしいガニ股歩きで戻って来る。そんな、まるで同じ行動しか出来ないゼンマイ式の玩具みたいになったミリアを見て、アレルはロバートへ不満に満ちた視線を向ける。
「一応、あんなのでも限られた戦力の一つなんだ。壊さないでくれるか?」
「はて? 自ら考える事を放棄している様な人間が、あの様になるのを壊れると言うのでしょうか?」
──言いません! あの者は、元より足りていないので壊れる以前の問題です。
そんな、ロバートに同調する瑠璃にアレルはやれやれと肩を竦める。
「ロバートが変な事を言うから、瑠璃まで元から足りてないとか言い始めているんだが?」
「おや? ルリ様とは気が合いそうですね」
──そうですね。
瑠璃は、ロバートに答えるみたいに羽をパタパタと動かす。ただ、いつまでもそんな事を続けさせてもおけないアレルは、いい加減に空気を真面目なものへ変えようとする。
「んで、実際にどうなんだ? アイツ」
ロバートなら、クリスという偽名も知っているだろうが、アレルは変に混乱させない様にミリアを指差して問う。すると、ロバートは珍しく面倒そうにため息を吐く。
「覚えが悪過ぎますね。それに、一度覚えたかと思い別の事を教えると、その覚えた事を忘れてからでないと新しい事を覚えないのですよ。正直に言えば、あれで騎士というか近衛までも務めていたと言うのですから、何かの冗談かと思います」
「なんつうか、ロバートって本当に他者を見下してる所あるんだな。······まあ、アイツも曲がりなりにも近衛なんてやってたんだから、不器用なりに出来るようになるまで努力したんだろ」
現状、剣術だけならばアレルはミリアに真っ向勝負を挑んだところで十中八九負ける。そんなミリアの剣は、華やかさなど無い武骨で地味な積み重ねの剣だ。
しかし、それは守る事においてはその堅実さが、剣才に勝る長所ともなり得る。基本に忠実である為に、相手の奇策にも動じずに着実な対処を行える。手札が少ない為に、その分を更なる研鑽を練度の上昇のみに費やす事が出来る。
ある意味、守る事に特化した剣とも言えるミリアの剣は、その性質故に攻める事には向かない。だからこそ、アレルは攻め手を担う自身が強くなり、そんなミリアよりも前に立たなければいけないと思っている。
「アレル様の仰る事は解ります。ですが、そのせいでアレル様への負担が大きくなっているのではありませんか? その上で、あの態度なのですから少々嫌味も口にしたくなりますよ」
──そうです、だからルリも嫌いなんです!
その反応に、アレルは何故か自身に肩入れしてくれる連中は、どうしてこうもミリアの事を嫌うのかと不思議に思う。ただ、いい加減ミリアだけでも先に馬車へ戻さないとと、アレルは腕組みをしてロバートを説得する言葉を考える。
その直後、そうして見えやすくなったアレルの前腕に、ロバートの視線が向けられる。
「······お使いになられているのですね。着け心地などは、ジャケットの上からでも問題ありませんでしょうか?」
「ああ、あまり重さも気にならないし動きも阻害されたりしてない。勿論、ジャケットの方もな」
「そうですか、ならば良う御座いました。······さて、いい加減に嫌がらせにしかなっていない事を止めさせますか」
ロバートは、アレルからの感想を聞くとスタスタと少しだけミリアの方へ近づいて声を張る。
「クリス様、直に出発になるそうなので、先に馬車へお戻り下さい」
ロバートがそう言うと、ミリアはピタリと足を止めて虚ろな瞳でアレルへ確認を求めてくる。本当に、これで終わりにして戻って良いのかと。
その表情が、なんか不憫に思えたアレルは即座に無言で頷いてやる。すると、ミリアは解放感に満ちた表情を浮かべた後、どこか重い足取りのまま馬車へと足を向けた。
「······アイツ、ベルトで腰を絞ってやがるな。男女で比べると、男の方が肋骨の下部が広がってるから、あんなに絞ったら男に見えねえだろ」
アレルは、ミリアの後ろ姿を見ながらその着こなしにダメ出しをする。それには、フフッとロバートが笑いを返してくるし、瑠璃もパタタっと羽を早く動かして笑う。
「何だよ、二人して······」
「いえ、アレル様も私達が何も言わなければ、そういった事も仰るのだと思いまして」
──どうせなら、直接言ってやれば良いんですよ。
そんな二人の言葉に、アレルはそっちの方が酷い事を言ってただろと思うが、これ以上何か言われない様に閉口する。だが、そうして出来た隙にロバートが話を切り出してくる。
「ではアレル様、昨日に残しておいた事をお伝えしてもよろしいでしょうか?」




