一章〜非望〜 四百八十三話 見知らぬ光景
アレルは、瑠璃の身体の大きさからは想像する事すら出来ない程に壮大な話を聞き、理解が及ばない部分もあったがそれらをしっかりと覚えておく。何故かは解らないが、そうしておかなければならないという義務感や使命感の様なものが、アレルの胸の奥で疼く。
そのせいか、アレルは両腕に籠手を装備し終えても、どこか座りの悪さがアレルの中で渦巻いて身体の動きを止めてしまう。そこで、見た事がないはずの光景がアレルの脳裏にいくつか刹那的にチラつく。
まるで、小さな町ならばそのまま中にすっぽりと入れられてしまいそうな太さの幹に、天空を突き破りそうな程に背の高い大樹。それを護る様に、慎ましい生活を送る耳の長い者達。
場面が飛び、白銀の輝きと暗紫色の侵食のせめぎ合いに巻き込まれ、塵と化す先程のものと比べればかなり小さい大樹。
再び場面が飛び、またも大きさの違う大樹が何の前触れもなく、枝葉の先端から幹の中心に向かって徐々に破片となって消滅していく光景。
──ソレラハ楔、ヤツヲ縛ル楔。ヤツノ影響カラ世界ヲ護ル、最後ノ砦。決シテ、無クシテハナラン。
すると、それに呼応するみたいに瑠璃の声ではない、幾人かの声が重なったみたいな声がアレルの頭の中で響く。その酷く気持ちの悪い声に、アレルは吐き気を催し咳き込みそうになるのを必死に堪える。
──主様?
その、どこか様子のおかしい所に気付いたのか、瑠璃が心配してパタパタとアレルの顔の近くまでやって来る。
しかし、アレルはそんな瑠璃に掌を向けて制止させると、即座に心配させない様に笑顔を向ける。
(平気だよ、何ともないから)
「アレル? ルリちゃんと、何してるの?」
だが、そんな事をしているのを運悪く偶々(たまたま)視線を向けてきたアリシアに見られてしまう。なので、仕方なく即座にアレルは言い訳を考えるが、少し汚い為にあまり口にしたくないが選り好みなどしてはいられなかった。
「別に何も。単に、さっき慌てて食べた朝食が逆流してきそうになったのを堪えていたら、瑠璃が心配して駆け寄ってきただけなんだ」
「もうっ、だから急いで無理する事なんてしなければいいのに」
「ごめんって」
正直、こういった場面ではアリシアの勘の鋭さも鳴りを潜めてくれるから助かるとアレルは思う。ただ、振り向いたアレルはアリシアがベッドに腰掛けながらも、その膝の上に何やら大事そうにいくつかの布で包まれたものがあるのが妙に気になった。
だが、それを訊ねるよりも先に、あっと何かに気付いた反応を見せたアリシアにアレルは逆に訊ねられてしまう。
「ねえアレル、朝食といえば今日は厨房まで持っていかないの?」
「へ? あ、ああ······どうせ、俺たちがいなくなったら部屋の清掃が入るだろうからな。わざわざ持っていく方が、煩わせてしまうかもしれない」
「そうなんだ」
アリシアは、アレルの言葉を聞くとどこか安心したみたいに、膝の上にあったものを自分の荷物にしまっていく。その様子に、訊くならば今しかないとアレルはアリシアへ訊ねる。
「なあ、今しまったのって何か大事なものなのか?」
しかし、何故かアリシアは一瞬ムッとしながらも、これでは気付かないかと呟いた後で薄く微笑む。
「アレルに買って貰ったオルゴールだよ。何かにぶつかって、壊れたりしたら嫌だから使ってない布で包んだの。あと、この子の隣に入れれば大丈夫だろうし、大事なものだから見える所に入れてある方が安心するでしょ?」
そう言って、アリシアは迷路の景品だった羊のぬいぐるみをアレルにも見える様に掲げる。ただ、そんな物をそこまで大事に扱う事もなかろうにとアレルは少しだけ呆れる。
「むぅ、何か文句でもあるの?」
しかし、そんなアレルの内心は顔に出てしまっていたのか、アリシアを不満気な表情にしてしまう。
「いや、文句なんてないよ。ただ、そこまで丁寧に扱わなくても大丈夫なんじゃないかと思っただけだよ」
「だって、判らないじゃない。大丈夫だって思って不意に壊れてしまうよりも、壊れてしまうかもしれないって思いながらも無事に持っていけた方が良いでしょ?」
フンッと、アリシアは理解してくれない事に嫌気が差したのか、顔を背けた上で頰を僅かに膨らませる。
それに、そこまで不機嫌にさせる事を言ったのかと瑠璃に助言を求めようとしたアレルは視線を瑠璃へ向けるも、当の瑠璃はどこか羽の動きに力が無い様に見えた。
(瑠璃、どうかしたのか?)
──いえ、その······主様、先程のは本当に平気なのですか? もし、瑠璃が話した内容が良くなかったのであればお詫びをします。
と、こちらはこちらでアレルの変調に対して自責の念を感じていたみたいで、どこかシュンとした飛び方をしている。
(あのな、お詫びなんてされても困るし、瑠璃の話してくれた事は凄く為になる話だったからむしろ感謝している。だから、そんなに塞ぎ込まないでくれ。瑠璃には、元気でいてくれた方が俺も嬉しいし、さっきのは本当になんでもないからさ)
──主様······解りましたっ! 主様がそう仰るのであれば、ルリはいつも通りに振る舞います! ですが、ルリで役に立てる事があれば何でも言って下さい。それと、今のアリシア様の機嫌に関しては、主様の配慮不足です。
グサッと、調子を取り戻した瑠璃はアレルが訊きたかった事を的確に答えるも、アレルにとってはその評価は心を深く抉る。本音では、自身の味方をして欲しかったアレルだったが、瑠璃が元気になったのならそれで良いかと妥協する。
ただ、瑠璃も気にしていた事の原因である、気持ちの悪い重なり声に関しては忘れた方が良いだろうとアレルは思う。何故かは判らないが、それを覚えている事はマスラオ達の想いを無下にしてしまう気がして、アレルは気持ちの悪い声など聞いてさえいないと思い込む事にした。
「······さてと、それじゃ名残惜しい気もするけど、そろそろこの部屋ともお別れするか?」
そうして、気を取り直したアレルは、そう口にしながら壁際に掛けてある外套を手にして自らに羽織る。すると、瑠璃は当然の如くアレルが羽織った外套のフードの中へと入り込む。
「あっ、瑠璃! あのな、別にそこじゃなくても良いだろ?」
──いえ、ルリにはここが一番なんです! 主様は、そういう所の配慮が欠けているんですよ。
と、瑠璃はアレルにとって出来たばかりの傷を的確に突いてくる。それには、随分と言ってくれる様になったなと、アレルは瑠璃が良いならそれで良いかと好きにさせる事にした。
「もう、やっぱりルリちゃんはアレルの方に行くんだね」
だが、それを見ていたアリシアは不満の様で、その手には瑠璃の寝床となっている小物入れがあった。
「悪いな、用意してくれていたのに」
「ううん、ルリちゃんがいたい所にいるのが一番だから大丈夫だよ。それで、これは私が持ってれば良いんだよね?」
「ああ、瑠璃にアリシア達の方へ行ってもらう時は、その中でアリシアの傍にいてもらいたいからな。あとは、さっき作った公用文字の一覧表も小物入れの端に入れておいた方が良いかもな」
「あっ、そうだね。ルリちゃんに文字を教えるのも、ルリちゃんからの言葉を聞くのにも必要だしね」
言いながら、アリシアは直ぐに取り出せる所に入れていた一覧表を、瑠璃の小物入れの方へ移す。それから、一応浴室内に忘れ物がないかを確認した後で、それぞれの荷物を手にしたアレル達は数日を過ごした部屋を後にする準備を全て終わらせた。




