一章〜非望〜 四百八十二話 精霊を見る眼と神樹
そうして、アレルが横から口を出す形でアリシアには五十音順を倣う形で公用文字を書いてもらい、程なくして一覧表が完成する。再開する際、アレルはアリシアの好きに書けば良いと言ったのだが、アリシアがアレルの世界の書き方の方が瑠璃も喜ぶと言ったので、瑠璃がそれに乗る形で五十音順で書く事になった。
そして、一覧表を書き終えたアリシアがアレルの顔を見てくるので、アレルの方も不意に目を合わせてしまう。ただ、目が合えばアリシアは直ぐに目を逸らすと思っていたアレルだったが、逆にアリシアはジ〜っとまるで観察でもしてるみたいに目を逸らさない。
なので、どうしようもなくなったアレルは自ら目を逸らそうと首を横に向ける。
「待って!」
が、それはアレルが顔を背けられない様に頬に手を添えてきたアリシアによって妨げられてしまう。
「なあアリシア、一体何を──」
「やっぱり、アレルの瞳ってずっと黒いと思っていたけど、こうして改めて見ると琥珀色にも見えるんだね。なんか、見え方が変わるのが神秘的で凄く綺麗······」
すると、アリシアの言葉で瑠璃も興味が湧いたのか、肩からアレルの顔の正面へと回りアリシアと同様にアレルの瞳を見てくる。
──主様、これって最初からこうなんですか?
しかし、瑠璃はアリシアとは違ってそんな事を訊ねてくる。それで、アレルは瑠璃がわざわざそんな事を訊いてくるのだから、瞳の色の変化に何か意味があるのかもしれないと考える。
(いや、これは······アリシア達には黙ってて欲しいんだが、実は昨日アマデウスが暴走してな。その後から、陽の光の当たり具合でな)
──そうですか······ならば、主様のは違いますね。
瑠璃はそう言うと、アレルの正面から退いたので、ついでにアレルはアリシアの手を優しく払い除ける。
「あっ、まだよく見てないのに〜」
「もう充分に見ただろ? いいから、そろそろ部屋を空ける準備をしろよ。慌ててやると、何か忘れ物をしたりするからな」
「は〜い」
アリシアは、不承不承といった様子ながらもどこか笑みを浮かべるみたいに口角を上げて自分の荷物を纏めにいく。それにアレルも、自らが言った手前自身も荷物のあるベッドへと向かうが、同時に瑠璃へ訊ねる。
(なあ、俺のが違うってどういう意味なんだ?)
──あっ、はい······すみません、説明もせずに話を切ってしまって。
(いや、話しづらい事なら別に良いから)
アレルは、申し訳無さそうに肩に止まりに来た瑠璃にそう伝える。
──いえ、そういう訳ではなくて、ルリは少しがっかりしてしまって。実は、妖精郷の言い伝えで妖精郷を訪れた人間には特別な眼が与えられていたとあるんです。それが、精霊眼といって本来ヒトには見えない精霊を見る事が出来る眼だとかで、ルリは主様の眼がそうではないかと少し期待をしてしまったのです。
(へ〜、それで瑠璃の話しぶりから察するに、その眼は先天的なものだけって事か?)
アレルは、言いながらサイドポシェットを身に着け、ソードクラッシャーとナイフ帯が付随した帯剣ベルトに手を伸ばす。
──はい、その通りです。
瑠璃は、そう答えると一旦アレルの肩から離れてアレルの近くを浮遊しながら続ける。
──その眼は、生まれついてのものであると伝えられていて、その方は見るだけでなく精霊と意思疎通も出来たとされてます。なので、その方は生まれついての異能持ちでヒトとはあまり良い関係を築けなかったそうでして、どちらかといえば精霊や妖精などの存在の方がご自身に近く感じると言われていたそうです。
(なんか、大変だよな。他者と違うってのは)
大抵の場合、個々人で多少の差異があるのが当たり前なのに、何故か大きな違いのある人物を排他的に扱うというのが集団の傾向として少なからずある。それは、大きな枠組みの中で安定した関係を維持する為であったり、その集団から追出されない様に敢えて判り易い排除対象作ったりと、要はその根底にあるのは孤独に対する不安なのだ。
アレルは、そう結論付けるも自身だって孤独に対して怖れを抱いているのは自覚している。だから、もしその場に自身もいたのなら、周囲と同じく異能持ちを排除していたかもしれないとアレルは考える。
しかし、そう考えてしまうからこそアレルは自身の抱く怖れと向き合い、例え傷付く事になろうとも自らが間違っていると感じる事だけはしない様にしようと心に誓う。その誓いを胸に、アレルは帯剣ベルトを身に着ける。
──あの、主様にはルリがお傍にいますよ!
と、帯剣ベルトを身に着けた後で他人事でもないんだけどなと心の中で自嘲したアレルに、それを聞いていたのか瑠璃がそんな言葉を返してくる。アレルは、そうして気遣ってくれる瑠璃に微笑みながら指先を差し出す。
(ありがとな、瑠璃。でも、俺だっていつまでも今のままでいるつもりはないから、そんなに心配しなくても大丈夫だ)
──はい、心配がなくなってもルリはお傍にいますよ。
瑠璃は、そう言ってアレルの差し出す指先にちょんと触れると、アレルの身支度の邪魔をしない様にする為か再びアレルの近くをヒラヒラと浮遊する。それから、アレルは次に長剣へ手を伸ばして帯剣ベルトに装着させる。
(それにしても、精霊が見えるって事は精霊信仰もあながち無視出来ないな)
──ええ、昔には精霊の怒りを買って一切の恵みを与えられなくなった土地や、一夜にして滅んだ都市などもあったそうですよ。
(そういうのは、俺の世界にもあったな。こっちの場合は神の怒りだけど、一夜にして海の底に沈んだ島の話とかはあったな)
アレルは、右太腿にダガーを装着させながら瑠璃とそんな雑談に興じる。
──はあ、主様の世界の神様も酷い事をなさるのですね。こちらの世界の神様方は大昔に争っておられて、大陸を分割したりくっつけたり、海底を山の様に引き上げたかと思えば逆に山を海底に沈めたりと、激しくされていたそうですよ。
(それも、妖精郷で学んだのか?)
アレルは、ダガーを身に着け終えたので、次にロバートから貰った籠手を身に着け始める。
──はい、そもそも神樹を失うきっかけとなったのが、その神々の戦争ですのでそれなりに教えられてます。
(神樹って、エーテルの海の流れを整えて浄化するって役割の樹だっけ?)
──ええ、現在は世界に一本しかない神樹は妖精郷と同じく、神樹の森という異界に存在しています。何でも、失われた神樹は神々の戦争が残した余波で順に倒れてしまったらしく、この大陸にあったものも過去の大戦で失われてしまったそうです。
(それじゃ、最後の一本が無くなったら終わりって事か?)
──いえ、神樹が失われてもエーテルの海の流れ自体は残っているので、ルリ達みたいな妖精でも流れを整えるお手伝いぐらいなら出来ます。ただ、どうしても浄化する事までは出来ないので、その流れの中での浄化には時間が掛かります。なので、その遅くなった分世界に生じた綻びに瘴気が混じり、魔物が増える様になると言われています。
綻びだとか、浄化だとか、アレルには少し理解出来ない話も出てきたが、神樹が失われても表向き世界はそう変わらずにただ魔物が増えるという事らしい。だが、それでも神樹に対する扱いから、魔物が増えるといってもその数が尋常でないのだろうという事だけは理解出来た。
そして、アレルは単なる雑談のつもりだったのだが、瑠璃から世界の核心に触れそうな話を聞いてしまい自身にはどうする事も出来ない話の大きさに、ただただ唖然として声も出せなくなるのであった。




