一章〜非望〜 四百七十七話 価値は見出すもの
妖精郷、瑠璃の生誕の地にして全ての妖精の故郷。そして、失われた神樹に代わりエーテルの海の流れを正す使命。
一度に、様々な情報を与えられたアレルは少々情報過多になりつつあるが、それでも瑠璃の事は知っておきたいので更に集中して瑠璃の言葉に耳を傾ける。
──昔······とは言っても、妖精郷はこことは時間の流れが異なるのでどれ程昔かは判らないんですけど、ある時本来訪れる事の出来ないはずの人間が一人妖精郷へやって来たんだそうです。その方は、とても穏やかで清らかな気をお持ちだったそうです。
穏やか、そう聞いたアレルは何故かマスラオと同様に現れる双剣術の男の声が脳裏に過る。あやふやな記憶の中、僅かに残る双剣術の男の声は例え戦闘中であっても一旦の落ち着きが得られる程に穏やかだった覚えがある。
──それで、その方は妖精郷の危機を救っておきながら何一つ見返りを求めずに去ってしまったそうです。ただ、その際に一つだけ約束を残していったんです。その内容が、いずれ妖精達に助けを求めてくる人間が現れる。その時に、助けを求められた者自身が協力をしても良いと思えたのであれば、その人間の助けとなってくれという内容なんです。
(じゃあ、まさか······)
──はい! だから、ルリは主様に求められた時に、主様こそがルリの『約束の人』だったんだと確信して今こうしてお傍にいるんです。主様の魔力は、ヒトのものとは思えない程清らかなので、もしかしたらいずれ主様も妖精郷へ辿り着くかもしれませんし。
瑠璃はそう言うが、アレルはそんないつの約束かも判らない事で、瑠璃が自身に付いてきてくれたのかと何故か申し訳なく感じてしまう。あの日、アレルが余計な事を頼みさえしなければ、瑠璃は今も家族や仲間と共に使命に邁進していたに違いない。
それなのに、瑠璃の運命を捻じ曲げておきながら、これからも助けて貰おうだなんてどこまで厚かましいんだとアレルは自身を貶める。
──でも、それだけではないんです。
(えっ?)
──主様、覚えていませんか? あの時、主様がルリを呼んだのではなく、ルリから主様へ近づいていったんですよ。
瑠璃と初めて会った日、あの簡易宿泊所でメリルに言われて夜光蝶を見に行った際、アレルから何もせずとも瑠璃は自ら近づいて来ていた。アレルは、思えばそうやって瑠璃の方から近づいて来てくれたからこそ、付いてきてくれればなと考えた事を思い出す。
──主様の存在を感じた瞬間、この人の助けにはルリがなりたいと強く思ったんです。だから、他の誰にも譲りたくなくて誰よりも早く主様に近づいたんです。こうみえて、ルリは結構ズルいんですよ。
そんな茶目っ気を感じさせてくる瑠璃に、アレルは思わず笑みをこぼす。
(······それは知ってる)
──そうでしたか。······でも、瑠璃は既に覚悟しているんです。主様がアマデウスと呼ばれる存在であろうと、仮に世界に仇なす存在となろうとも、ルリはこの存在が尽きるまで主様にお仕えし続けるんだと。
そこまで言ってくれるのは、素直に嬉しい。しかし、自己評価の低いアレルは、果たして瑠璃の様な者がそこまで懸ける価値が自身にあるのだろうかと問い始める。
ただ、そこはアレルと共にいる時間の長い瑠璃なだけに、そんなアレルの後ろ向きな思考を察して声を掛けてくる。
──主様、またご自分にはそんな価値が無いなんて考えてませんか? 勘違いしないで下さい。例え、主様自身に価値が無くとも、ルリがそんな主様に価値を見出していますのでご心配には及びません!
そこが、逆に心配している所なんだけどなと、アレルはどこか胸を張るみたいな言い方をする瑠璃に苦笑する。
(じゃあ、もう心配しなくても良いんだな?)
──えっ? いや、その······全くというのは、少しルリも寂しいかなって······。
(······冗談だ。瑠璃の事は、アリシアと同じ位俺の心配の種だよ)
アレルがそうして本音を瑠璃に伝えると、そこにアレルが背中を向けていたアリシアが声を掛けてくる。
「ねえアレルっ、これどうかな?」
その声にアレルが振り向くと、アリシアはフードを被らないままその場でくるりと一回転する。その長く艷やかな髪は、首の後ろで瑠璃が選んだリボンを用いて結ばれており、アリシアの動きを追う様にふわりと宙を舞う。
「いや、どうって······」
「さっきからね、ルリちゃんに訊きながら色々と結び方を試していたんだ。······似合うかな?」
アリシアはそう言うと、どこか恥ずかしそうにしながらも、アレルが見やすい様に半身で背中側を見せながら訊ねてくる。それに、アレルは何と答えれば良いかと逡巡してしまうも、先程瑠璃に言った様に本音を語れば良いだけかと肩の力を抜く。
「凄く似合っているよ。いつもと雰囲気も違って、どこか凛として見えるしさ」
「本当にッ!?」
アレルの言葉に、アリシアはパァッと表情を明るくさせてアレルへ詰め寄る。
「これね、ずっと手に巻いてるのもルリちゃんに悪いと思って、それでちゃんと髪を纏めようってしたの。それで、どうせならルリちゃんが気に入った髪型にしようとしたんだけど、あまり凝った纏め方だとフードを被れないじゃない? だからと思って、こうしたんだ」
何故か、普段より少し早口になるアリシアを、アレルは近い近いと両手を向けて間合いを取る。ただ、アリシアが話した内容で、どうして瑠璃がこちらとの話に集中出来ていたかをアレルは悟る。
(つまり、アリシアがあれこれやってる内に俺と話していた訳か)
──はい、その通りです。アリシア様が、あれこれと悩まれていたのでルリは助かりました。
エヘヘ、と瑠璃の方もどこか嬉しそうに声を伝えてくる中、アレルの感知に一階から二階に上がってくるタチアナが引っ掛かる。
「アリシア、もうすぐ朝食が運ばれてくるかもしれない······って、瑠璃が言ってる。だから、そろそろフードを被ってくれないか?」
「あっ、うん。判った」
言われたアリシアは、特に文句を口にする事もなく素直にフードを被り始めてくれる。
それに、首を傾げたくなるアレルだったが、アリシアに代わって瑠璃がその疑問に答えてくれる。
──主様、普段アリシア様がごねたりするのは主様に構って欲しいからなのだと思いますよ。
(そうなのか?)
──はい、ルリも時々そうしたくなる事もあるので。まあ、ルリはこうして内緒話が出来る様になったので満足してますのでやりませんけど。
(ああ、それなんだけどそろそろ止めても良いか? 慣れてないから、疲労が溜まってきた)
──もう、そういう事でしたらルリには気を遣わずに即座に止めて下さい! それで主様が体調を崩されたら、どうするおつもりですか?
と、瑠璃は事情を知っていたらメリル辺りが言いそうな事をアレルへ伝えてくる。
(ごめん······でも、この······便宜上精神感知とでもするか? を、やめる前に一つだけ訊いて良いか?)
──はい、何でしょうか?
(瑠璃は、人が使っている文字って理解出来たりするのか?)
──いえ、ルリは文字とかは読む必要が無かったので解りません。
(そうか······解った。取り敢えず、こうして話が出来るのはアリシア達には伏せておくとして、一先ず精神感知を止めるからな)
アレルは、そう瑠璃に宣言してから精神感知を止める。すると、丁度結んだ髪をローブの中へと入れたアリシアがフードを被り、瑠璃は一時的に身を隠す為小物入れではなくアレルの外套のフードへ入り込む。
そんな光景を目にしつつ、アレルは先程の瑠璃への質問を踏まえて精神感知を最大限利用する方法を考えるのであった。




