一章〜非望〜 四百七十二話 鋼産まれし場所
──轟々と、炉心で鋼を融かして余る程の炎が燃え盛る。
ジュワッとした、その熱波だけで肌が焼け焦げてしまうのではないかという熱さを感じる中、アレルは何者かの声を聞く。
──思イ出セ。己ノ、創リ出サレタ意味ヲ。
その者の声は──否、その者達の声は折り重なり、まるで感じている熱さのせいで陽炎でも出来ているみたいにユラユラと断続的にアレルへ届く。ただ、アレルとしてはその声に抵抗感など感じずに、単にその灼かれる様な熱さから逃れる為にその言葉の意味も解らずに受け入れてしまいたかった。
だが、アレルの内にはそれを受け入れ難いと思っている存在がいた。
『待たれよ! この者は、我等であって我等ではない! 我等の使命は、我等で行うが故に手出しは無用として頂こうかッ!』
──己ノ使命、全ウ出来ヌナラバ早々ニ消エヨ。
『貴方がたは、いつも身勝手ですね。無理難題を押し付けておきながら、こちらの要求は一切聞き入れない』
最初はマスラオ、次の声は双剣術の男と、アレルの知る声が幾重にも重なる声に抵抗して不快感を示す。そして、二人が正体不明の声に対峙する中、もう一つの声がアレルにだけ語り掛けてくる。
『見えずとも、聞こえてしまっているみたいだな。ならば、仕方ない。どうせ、ここでの事はほとんど覚えていられないだろうからな』
それに、まるで肉は灼け骨までも溶けてしまったかの様な感覚を覚えるアレルは、残り滓みたいな意識を奮い立たせて声を絞り出す。
(だ······? ······れ、なんだ······まえ······?)
しかし、出せたのは言葉にすらなっていないものでしかなかった。それでも、声の主には理解出来たみたいで反応が返ってくる。
『成る程、二人の言う様に反骨心だけは中々の様だな。ただ、───の疑問に答えるならいずれ判るとだけ言っておこう。それと、私からはもう一つ伝えておく言葉がある。······レイナーレの血筋、決して絶やす様な事はしてくれるなよ』
アレルは、その声の主が何か特殊な呼び方で自身を呼んだ様にも感じたが聞き取れず、それよりもレイナーレの血筋と口にした事の方が気になってしまう。
レイナーレの血筋、そう聞いて真っ先に思い浮かぶのはアリシアの事だった。もしかしたら、アリシアの叔父にあたる大公の方かもしれないが、わざわざ自身に伝えるのならば間違いなくアリシアの事だろうとアレルは確信する。だが、何故自身にわざわざそんな事を伝えてくるのかが解らない。まさか、近くにアリシアへの危機が迫っているのかとアレルは焦り始める。
その意図を、真意を、何としてでも訊き出さねばと、アレルは最早搾り滓すら残っていない気力を振り絞る。その瞬間、そんなアレルにゾワリとした感覚が意識の全体に駆け抜ける。
『コロス、コロス、コロス、コロスッ!! オマエラダケハ、カノジョノオモイヲフミニジッタキサマラダケハ、ナントシテデモコロスッ! コロシツクシテヤルッ!!』
怨嗟、そう呼ぶにはあまりにも悲しく、恨みと言うには忍びない程に誰かへの想いにその声は満ちていた。最初の時は、そんな事には気付けなかった。だが、今はより近くに存在を感じる為か、よりその心が伝わりやすい。そして、自身の身体を乗っ取ろうとした事のある不気味な声の敵意は、アレルへではなくマスラオ達と対峙する者達へと向けられている。
『アレに対して、そんな風に感じるのか。······流石といったところだな。アレは、他者を想い過ぎたあまり悲惨な結末を迎えてしまった者の成れの果てだ。───、お前はああなってくれるなよ。それと、力ならば条件さえ合えば多少は貸してやれる。だから、もうここまでは来るな。······人として、最期を迎えたいのであればな』
それだけ言い残し、アレルに語り掛けていた声はマスラオ達の方へと離れていく。
『ガハハハ、助力を請う時に呼ぶなら我を呼べよ』
『次は、私でも構いませんよ。───、聞こえないかもしれませんが私の名前です』
『ガァァァァッ!!』
マスラオ、双剣術の男、不気味な声と、何をしているのかまでは判らないが、離れ始めたアレルの意識に最後の言葉を届けてくる。そして、もう一人も同様に言葉を伝えてくる。
『私達の存在など、知らぬ方が幸せだったかもしれない。それに関しては、申し訳なく感じている。だが、最後に選ぶのはお前自身だ。決して、希望を捨てるな。諦めるな。望みに手を伸ばし続けろ。そして······願わくば──いや、やめておこう。好きに生きよ。私からは、それだけだ』
それを最後に、アレルの意識は四人と謎の声が対峙する場から離れていく。ただ、アレルは危ない時に力を貸してくれてるのだから望みぐらい口にしてくれと、それに応えようとする自身を案じて敢えて口にしなかった声の主に対して悔しさを噛み締める。
自身が、四人と同じ位の強さを持っていたなら、その願いも託して貰えたはずなのにと。
──全ての弱きは灰塵に帰し、残るは真に強き鋼のみ。と、またも知らない声が残響を残して遠ざかる。
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ガバッと、アレルはその息苦しさから上掛けを跳ね除けて上体を起こす。そして、嘘みたいに乱れた呼吸を整えつつ、額と首筋に流れる汗を拭って周囲を確認する。
時刻は判らない。しかし、外は未だ暗く、慌てて確認した隣のアリシアは静かな寝息で上掛けを僅かに上下させていた。
そうして、安堵したアレルは不意についさっきまで覚えていたはずの事を、忘れてはならない事を、一切合切忘れ去ってしまった様な感覚に陥る。何か、そう何か夏の幻影に手が触れたみたいな、それとも誰かの言葉が耳の奥に残っている様な気がしていた。しかし、今は既にそれがどんな感覚だったのかも何を意味していたのかも、その全てが思い出せない。
(クソッ······また、これか)
アレルは、マスラオとの経験から今回もアマデウス関連の出来事ではないかと睨む。しかし、いくら思い出そうとしてもその取っ掛かりすら出てくる事がなく、アレルは暗い部屋の中で途方に暮れてしまう。
ただ、もしここでアリシアが起きていたなら、何があったか話せと言ってくるのだろうかとアレルは考える。さしものアレルでも、今の揺らいでいる精神状態ではアリシアへ寄り掛かって全てを話してしまうかもしれない。それでも、例え話した所で、アレル自身が覚えていない事を話されてもアリシアだって迷惑でしかないだろう。
そう思った途端、アレルの頭にたった一つだけ授けられた言葉が呼び起こされる。
──絶やす様な事はしてくれるなよ。
瞬間、アレルの思考にノイズの様なものが奔る。
そのノイズは、アレルに断片的なものを呼び起こさせる。マスラオに双剣術の男、怨嗟を口にする不気味な声とどこか頼もしさを感じる声、それと幾重にも重なった悍ましくも疎ましい声の存在。
話の内容までは思い出せずとも、まるで全ての存在を融かしきってしまう様な空間でそれらが対峙していた事だけは思い出す。そんなアレルに、再び意識の奥底から声だけが届けられる。
──ワスレルナ、アレハコロサネバナラナイ。ソレガ、ユイイツノツグナイダ。
何故かは解らない。解らないが、怨嗟を垂れ流す不気味なその声だけが、不思議な事にアレルにとっては最も身近に感じられる。
それこそ、何かを理由に分かたれた自らの半身であるかと錯覚してしまう程に。
(······それでも、俺は俺だ! お前じゃないッ! 例え、お前がいなければ俺が存在していなかったとしても、俺はッ──恨みや憎しみだけは、どんな理由があろうとも受け継がない!)
そうして、アレルが自らの意思を強く示すと、何故か不気味な声は狼狽えた気配を感じさせて再び意識の奥底へ帰る素振りを見せる。
──······ナラバ、セメテカノジョダケハスクッテヤッテクレ。
(待てよ! 彼女って、誰なんだッ? アリシアの事じゃねえよなッ!?)
アレルは、マスラオとの一件で意識だけになっていた時みたく語り掛けるも、不気味な声の主は何一つ応える事なく奥底へと戻ってしまう。
覚えられず忘れ去ってしまった夢の内容、ノイズと共に呼び起こされた言葉、それと会話の成り立たない不気味な声の存在。それら全てが、起き抜けのアレルを混乱の渦中へと叩き込む。
(クソッ! 一体、何なんだッ)
まだ暗いとはいえ、既に日付は変わり日が昇ればシープヒルを出立しなければならないという大事な朝だ。そんな時にも関わらず、こんなにも理由の解らない事ばかりがさざ波の様に押し寄せてくる。
その間の悪さに、アレルは憤りを感じてギリリッと音がする程に歯噛みする。しかし、朝までそんな理由の解らない事を引き摺る訳にもいかないアレルは、音を立てずに浴室へと向かい静かに顔を洗う。
そうして、一先ずの落ち着きを得たアレルは日の出までまだ時間があると判断して、記憶の整理の為に再び眠りにつく事にした。




