一章〜非望〜 四百七十話 思考の共有
そうして、地図自体と旧道の件が片付いたアレルは、中途半端になっていた話を再開させる。
「じゃあ、この旧道を通ってヘッケルまで行くってところまでは良いよな?」
「うんっ、大丈夫だよ」
先程、アレルが誤魔化さずに考えを伝えたからか、アリシアの声はどこか弾んでいるみたいに聞こえる。それにしても、先程からアリシアの感情があっちこっちに取っ散らかってる印象がアレルには感じられる。
ただ、それもアリシアが潜在的に抱えている不安や恐怖といったものに押し潰されない為に、無意識で行っている自己防衛反応なのかもしれない。そう思ったアレルは、アリシアのそういった部分を刺激しない様に言葉を選んで話を続ける。
「それで、ヘッケルからは再び街道へ戻って次の町を目指す。まあ、アリシアとしては街道に戻る事に疑問があるだろうが、瑠璃と会った簡易宿泊所を思い出してくれ。ビットーリオが、アリシア達らしき人物の目撃情報に懸賞金を出しているなんて話もあっただろ? だから、懸賞金目当ての連中が彷徨いていそうな場所は、どうしても警戒している瑠璃に負担が掛かってしまうんだ」
「そっか······ルリちゃんを気遣ってなんだね」
「ああ、ただそれだけって訳でもなくてな、懸賞金目当てのゴロツキ自体に会いたくないっていうのもあるんだ」
アレルのその言葉に、アリシアは言葉を返せずとも首を傾げる事で、アレルへ疑問を投げ掛けてくる。
「もしもの話だ。運悪くゴロツキと遭遇したとして、何とかアリシア達の事を知られずに追い払えたとする。それでも、何かしらの逆恨みでアリシア達でないと判っていても、ビットーリオ側に通報されてしまう可能性がある」
「何で? 私達ではないと思ったのなら、それを伝えてもお金が貰えないのは解るんじゃないの?」
「残念ながら、ああいうゴロツキなんていうのは少しでも虚仮にされたと感じると、ちっぽけな自尊心を守る為に何かしらの嫌がらせをしてくるんだよ。自分を怒らせるとこういう事になるんだぞ、舐めるんじゃねえぞってな」
「そんな理由で······」
「くだらないだろ? でも、変な情報を伝えられない様にする為には、そんな奴等相手でも不快感や敵意を抱かせない様に対応をするしかないから神経を使うんだ。だから、そう何度も相手にはしたくないし、可能な限り遭遇したくないんだ」
そういう訳で、アレルは不必要に街道から外れた道を使うのは忌避したいと説明する。ただ、そう話されたアリシアの方は、論理的な思考で動かないゴロツキ達の行動理念に理解が追いついていないみたいだった。
それをアレルは、今までの人生で関わる事の無かった様な連中だからだろうと思う。王宮なんて所で暮らしていれば、そんな一時的な感情の昂りで何の得にもならない事をする人物なんていなかっただろう。ただ、一度王宮から離れればそんな理屈の通じない連中なんていくらでも存在する。
アレルは、出来る事ならそんなのが存在しているなんて知らずにいて欲しいとも思うが、これからのアリシアの糧にもなるだろうとも思って話した。それでも、どこかアリシアを穢してしまったと感じるのは、その育ちの良さ故だろうと考える。
「それで、今度は街道に戻ってからの話だけど、そこからはしばらく安全だとは思う。それというのも、ここ数日ビットーリオ側にはアリシア達の情報は一切入っていないはずだからなんだ。それでも、国境を越えたなんて話も出てないから国境での待ち伏せに体制を移行している可能性が高い。そこで、向こうには候補が三つある。まずは、公都への最短経路であるリバッジ。二つ目が、同じブルックス領のセプルス。そして、最後がクレイル領を迂回して国境を越える経路だ」
「待って、その······私と叔父様の関係を知っていれば、公都に近いリバッジに兵を集中するんじゃないの?」
アリシアは、至極真っ当な疑問を挟んでくるも、その反応からアレルはアリシアの家庭教師は少し頭の硬い人物だったんだろうなと感じる。
「そうだな、普通ならそうするのが一番だ。でも、それは俺がアリシア達に加わる前みたく、ある程度居場所が特定出来ている場合の話なんだ。考えてみてくれよ、大まかな居場所が伝わってくるなら王都からの追手と予想される通り道での待ち伏せで挟む様にすれば確実に捕まえられる。でも、現状はそうなっていない。昨日の騒動があったのに、今日一日シープヒルに追手がやってきている気配なんてなかっただろ? つまり、連中は現在アリシア達の所在を完全に見失っていると思われる。だとするなら、どこか一箇所に待ち伏せの兵を集中させる事なんて出来ないのさ」
「それでも、私達の焦る気持ちや体力なんかを考慮するなら、やっぱりリバッジしか考えられないんじゃないの?」
「まあ、最悪逃がしても良いって考えなら、それもあり得る話ではある。でも、シープヒルでの盗賊騒ぎの本来の目的はアンデッドの召喚で、その為には自らの集めた傭兵達を生贄にする様な奴が命令系統の頭の方にいるんだ。連中、きっと失敗なんて出来ないって思ってんじゃないかな?」
任務を遂行しても、その先には死が待ち構えていた。その事を知らずとも、人の命を何とも思ってない奴には独特の気配があるはずだ。何の保証も無く、明日命を失うかもしれない戦場を渡り歩く傭兵ならば、少なからずそういった死の匂いを嗅ぎ分けられる。
そんな、ある意味生き汚いとも言える連中が、自分の命を危険に晒す様な真似をするとは思えない。実際死んでしまったものの、デジルとビクスンの二人だって殺される可能性を考えてビットーリオの下へ戻る事を諦めていた。
仮に、任務を受けたのが傭兵でなく騎士団に残った騎士であったとしても、こちらにはこちらで面子というものがある。それ故に、例え騎士と傭兵のどちらだとしても打ってくる策は、どちらかといえば失敗しない策を用いてくる可能性が高いとアレルは考える。
「失敗出来ないなら、怪しい場所の全てを見張っているしかない。ただ、相手も人である事は変わらないのだから、来るか判らない相手を待ち続けるのは精神を削る。ミリアと俺の事が無ければ、本来俺達は三日分は先に進んでいた。だから、早ければ既にリバッジの目前に迫っていたとしてもおかしくなかったし、ビットーリオの手下もコルトまではアリシア達の動向を追えていたんだからそれぐらいのつもりで待ち構えているだろう。でも、到着はまだ先になる。そうして、来ると思っていた時に待っていた相手が現れないってのは疲労が倍になる上に疑心暗鬼を生む」
「だから、もう既に国境を越えているかもしれないとか、他の経路を使ったんじゃないかって思わせる事が出来るって事?」
「それだけじゃない。情報が入らない事から、人目を避けるあまり魔物にでも襲われて既に死んでいるとまで考えさせられる。まあ、要するに待ち伏せされてても、連中の精神的な部分に綻びが生じているだろうから、隙をつくことは充分に可能だって事だな」
そう言うと、アレルは考えていた事はこれで全部だと言わんばかりに伸びをして話を終わらせる。しかし、隣のアリシアはどこか落ち着かない様子を見せ始める。
「どうかしたのか?」
「えっ······あっ、うん。自分で訊いておいて何なんだけど、本当にアレルって色々と考えているんだなって改めて感じて······私、何が出来るんだろうって」
何か、漠然としたものを感じてしまったアリシアは、そうやって不安とも迷いとも受け取れる感情を吐露する。ただ、それにはアレルが深刻に受け止め過ぎない様にポンとその肩に触れる。
「俺も、随分と話したからな。今は、聞いた話を呑み込めてないだけで少し混乱してるんだろ。だから大丈夫だよ、焦らなくても。今した話が、ちゃんとアリシアの中に落とし込まれれば、自ずと何か思い浮かぶ事もあるだろうし、何も無くたって構わないんだからさ」
もっと気軽にな、とアレルは再度アリシアの肩をポンと触れて、広げていた地図を片付ける。
「それじゃ、俺は汗を流すから眠ければ先に寝ていて良いからな」
「うん······ありがとね、色々と」
掛けられたアリシアの言葉に、アレルは無言のまま頷きだけを返し、必要なものを手に浴室へと入るのであった。




