一章〜非望〜 四百六十六話 歩み寄る態度で
アリシアの抱える恐怖、その正体は未だアリシアでもその形が捉えられない程にあやふやなものだ。それというのも、目の前で父を殺された上に、殺した相手が自分の兄だった事にも影響されているのかもしれない。
そう考えると、先程怖いとアリシアが口にした言葉の裏に隠された一人になりたくないという本心にも裏付けが取れる。それ故に、アレルはアリシアが深層的に抱える恐怖と自身へ感じている不安とが変な形で折り重なって、先程の様な事を言わせていたのだろうと考える。
なので、アレルはアリシアが自分自身の気持ちと向き合える様に、せめて自身が原因の不安ぐらいは消してやらないとなと言葉を選ぶ。
「それで······俺の話なんだけどさ、昨日と今日で自分一人ではどうにもならない事があるって実感したんだよ。······これでもさ」
「うん······」
「だから、さっき食器を回収しにメリル達の部屋に行った時にミリアの奴に言ったんだ。お前も自分で考える様にしろ、これからは役割分担じゃなくて協力体制でやろうってさ」
「えっ?」
流石のアリシアも、アレルのその行動は予想外だったのか、とても驚いた表情のまま固まってしまう。一方で、アレルの方も今の流れでこういう話し方をすれば、アリシアの方で勝手に良い方に解釈してくれるだろうと考える。
実際は、アマデウス暴走の際の防波堤代わりにミリアへ協力を求めた形ではあるが、今の話の流れからでは自ら助けを求めたと思っても無理がない流れだった。その上、アリシアが言葉を失ってしまう程の意外性は、アリシアが抱える不安を和らげるのにも効果を発揮してくれる。
「アリシアには伝えるのが遅くなったけど、これからはアリシアにもちゃんと相談したりするよ。······まあ、全部は無理かもしれないけれどさ」
ここは、しっかり全てを包み隠さずにと口にするべきだったのだろうが、変に嘘をつけないアレルの悪癖が出てきてしまう。
「結果的にミリアが先になっちまったけど、アリシアも······そうだな、色々と知恵を貸してくれると助かる。俺は、こっちの世界の事をほとんど知らないし、それ知ってんのもアリシアの他には瑠璃だけだしさ」
アレルがそう言うと、アリシアは固まっていた表情が一変して、ハッとしたりムスッとしたり七変化する様を見せてくれる。それでも、最後にはどこか微笑みに似た表情でアレルへ向き合ってくれる。
「うん、解ったよ······アレルが、そうして相談してくれるなら私も助けてあげる。······でも、もしかして······アレルがもうミリアに話していたなら、私が今話していた事って余計なお世話だったのかな?」
だが、そうして話す途中でアリシアは、自分がわざわざ話さなくてもという考えに行き着いたせいで表情に不安を滲ませてくる。ただ、アレルはそんな事を気にしてくれるなよと笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。そのお陰で、アリシアの考えというか想いというか、そういうものを知る事が出来た。それに、俺も自分でも自覚のなかったものを言語化した事で自分の欠陥みたいな所も判ったんだ。だから、アリシアが話してくれた事は絶対に余計なお世話なんかじゃないよ」
「アレル······うんっ」
アレルの言葉に、アリシアは生じた不安が消えたのかどこか嬉しそうにはにかむ。その表情にアレルは、これでようやく一段落かなと心の中で安堵する。
ただ、この際だからもう一押ししておくかと、再びアリシアへ声を掛ける。
「そういえば、間が悪くて言葉を詰まらせていたけど、さっき俺が話しながら考えていた事も気になるなら少し話そうか?」
「いいの? それって、私が聞いても大丈夫な話?」
すると、余程意外だったのかアリシアは驚いた様な表情で矢継ぎ早に質問を重ねる。それに、アレルはなんて事はないと軽く肩を竦める。
「別に、大した事を考えていた訳じゃないからな」
「そう······なんだ。それなら、聞かせてくれる?」
アレルは、小首を傾げるアリシアに黙って頷いてみせる。しかし、そうは言っても徒にアリシアを怯えさせたり不安にさせる訳にもいかないので、話す内容の取捨選択はアレルの方で勝手に行う。
「さっき、俺が話しながら考えていたのはルクスタニアの騎士団の事だよ。今は、騎士団長のガルシアがいないんだから、他の奴がその位置に収まっているんだろうなって考えてて······そこに、馬と傭兵だからな。昨日来てた連中も、そういうのの中から選ばれた奴等だろうし、言ったと思うけど中にはビットーリオに反抗的だったラルフもいた。ガルシアに加えて、ラルフみたいなまともな騎士も自分達で追い出しているんだ。今は、名ばかり騎士団に成り下がっているんだろうなって考えていたんだよ」
「······本当に、それだけ?」
しかし、やはりこういう時には信用がないのか、アレルはアリシアに疑いの目を向けられてしまう。それでも、アレルはルクスタニア騎士団の剣が他国へ向けられる可能性をアリシアにだけは伝えたくはないので、最後の抵抗を示してみせる。
「いや、実はさ······モーガンの部下にセドリックって奴がいたらしいんだけど、アリシアは知ってるか?」
「ううん」
「そうか。んで、ソイツが馬車の物資を手配してくれた商会の人間に懸想してるって聞いた上にモーガンの所を出奔したらしいから、一応動向を調べてもらっていたんだ。そしたら、その商会から偶々仕入れをしていたロバートが俺宛の手紙を預かっててくれて、今日の午後にその手紙を受け取ったんだ」
アレルは、そう言いながらもかなり苦しい言い訳を並べ立てているなと感じる。その証拠に、アリシアからは当然の質問をされてしまう。
「その手紙、よくアレルがここにいるって判ったね」
「まあ、大まかに向かう方向は伝えていたからな。そっちに向かう用事のある奴全員に、同じ内容の手紙を持たせていたんだろ?」
「それを、あのロバートって人が受け取ったんだ」
「まあ、推測でしかないけどな」
こうしてロバートの名前を出しておけば、ロバートに苦手意識のあるアリシアはわざわざ真偽を訊ねにはいかないだろうし、例え訊ねにいったとしてもロバートならば察してくれるだろうとアレルは考える。
そして、アレルの思惑通りアリシアからはそれ以上の追及はなかった。ただ、これ幸いと慌てて話を戻し始めると胡散臭さが漂うので、アレルはアリシアの方から続きを促してくるのを待つ。
「······」
「······? ねえ、続きは?」
「ああ、別に大した事ないから話さなくても良いかと思って」
アレルがそう言うと、アリシアはお預けをくらうのが不服なのかムスッとした表情を浮かべる。
「手紙の内容は、何だったの? 中途半端だと気になるから、ちゃんと教えてっ」
「分かったけど、本当に大した事じゃないんだよ。そのセドリックって奴が、王都へ向かったってだけの話だからさ。まあ、ソイツがビットーリオに合流したと考えると、少し王都の状況も見えてくるって思ってね」
「どういう事なの?」
「セドリックって奴は、パウリー流っていう知名度の低い剣術を修めていて、ルクスタニア流を敵視していたらしいんだ。だから、そんな奴が傭兵だらけの騎士団に合流したなら剣術指南役で招かれでもしたのかなって考えていたんだよ」
そうして、アレルが話を締め括るとアリシアはどこか感心したみたいな表情を浮かべる。
「アレルって、いつもそんな風に物事を考えているんだね」
「ハハ、いつもって訳じゃないけどな」
一見、アレルの笑いはアリシアに対しての苦笑いの様に見えるだろうが実は違う。それは、どうにかアリシアの追及を躱しきれたという安堵の笑いだった。




