一章〜非望〜 四百六十五話 理由の判らない怖さ
そうして、アレルが食べさせられた餃子を嚥下すると、アリシアも満足そうに頷いて残りの半分を自らの口へと運ぶ。その姿に、アレルはやっぱり王女様ともなると同じフォークを使ったりなんかでは恥じらいを見せる事がないのだろうなと思う。
そのせいなのか、何故か変に冷静になれたアレルは、気分も落ち着いて改めて考えを纏め始める。しかし、分け合うとは言われたものの、この世の物事は餃子の様に綺麗に半分に出来るものではない。それでは、どのようにすれば良いのかと悩み始めた所、アレルは向かいに座るアリシアにそれを悟られる。
「また、何か難しく考え過ぎてない?」
「······性分だ、仕方ないだろ」
そう言って、そっぽを向くアレルをアリシアはフフフと笑みを浮かべてからかってくる。
「なんか、叱られた子供が拗ねてるみたいで可愛い」
「なっ!? それを言うなら、アリシアの方がよっぽど子供っぽい所があるだろッ?」
「そ、それはッ······ただ、物珍しかったり初めての事で少しはしゃいじゃっただけだもッ──だけだからッ!」
アリシアは、以前の言い合いで語尾を指摘された事を気にしているのか、わざわざ言い直して反論してくる。ただ、その事に関しては言い過ぎた自覚のあるアレルが申し訳ない気持ちになったので、アリシアよりも先に冷静になる。
「あの······さ、それ別に言い直さなくても良いんじゃないか? あの時は、俺も頭に血が上っていて冷静じゃなかったし悪いと思っているんだ。だから、その······さ、ゴメンな」
それで、アリシアの方も冷静になったのか、どこかシュンとした様子でアレルに応え始める。
「別に······アレルに対して、怒ってるとかじゃないんだよ。でも、そう思われる所は直していかないと、ちゃんとした場でも出たりしちゃうから気を付けようとしてるだけだよ。だからね、アレルは謝らなくて良いよ」
「でもさ、それだってアリシアの個性だろ? そんな風にしていったら、それでこそ本当のアリシアを見てくれる奴なんていなくなるだろ。······だから、せめて俺の前でくらい好きに振る舞っていて良い」
「うん······ありがと」
ポツリと、アリシアはそれだけ口にすると恥ずかしそうにしながら俯いてしまう。その反応に、アレルも自身が口走った言葉の意味を遅れて理解して言葉を失う。
そして、しばしの沈黙──。
アリシアが、今何を思っているのかはアレルには判らない。しかし、先程の発言は自身だけはアリシアの本当の姿を見ているからと宣言したに等しい。
ただ、今更発言を撤回する事も出来ないし、言い訳なんてアレルはしたくない。それでも、無意識に出た言葉なら自身の本心なのだろうと考えを改めたアレルは、意を決して場の雰囲気を変えようと声を絞り出す。
「「あの」さ」
そこで、同様の事を思っていたのか、アレルはアリシアと声が重なってしまう。そんな二人は、互いに口を半開きにしたまま、互いの間の悪さに少しの間言葉を失ってしまう。
だが、ここでアリシアに先に言わせてしまうのは良くないと、アレルは再び喉奥から声を絞り出す。
「えっと、アリシアから先に言ってくれ。俺のは、大した事じゃないから」
「えっ、でも······ううん、それなら私から良い?」
「ああ」
アレルが返すと、アリシアは胸に手を当てて一度だけ深呼吸をしてから話し出す。
「······あのね、私······本当は凄く臆病なんだ」
「ああ、それは何となく知ってた」
その間髪入れないアレルの返しに、アリシアは一瞬たじろぐも直ぐに少しムッとしてくる。
「もうっ、茶化さないで少しの間黙っててッ」
「······悪かったよ」
アレルとしては、少し深刻になりそうだったから茶化しを交えたのだが、真剣に話したいアリシアは気に入らなかったみたいだった。だが、その直後に僅かにハッとしたアリシアは、何かに気付いたみたいにアレルの目を見てくるも直ぐにその目を伏せてしまう。
「······私が、今一番怖いのはアレルのそういう所なんだよ。これは、さっきの話にも繋がるんだけど、アレルはさ······全部を誰かにあげるか自分で背負うかしか出来ないって私は言ったよね? でも、それは正確じゃないんだ。アレルは、誰かが笑ったり喜んだりする事は全部誰かにあげちゃうし、逆に辛かったり苦しかったりする事は是が非でも自分で全部背負っちゃう······それが、私から見たアレルなの」
それは、おそらくラ・アトランディアに来てからの自身だとアレルは思う。基本的に、この世界からは何も奪いたくないし、自身が関係して何か損害が生じるものなら自身だけで解決しなければならないと思っていた。
それ故に、そんな想いがアリシアには少し違って見えていたのだろうとアレルは考える。
「だからね、私······そうやってアレルがくれるものを喜んでいる間に、辛かったり苦しかったりする事を背負い込んだアレルが、それを一人でどうにかしようとしていつの間にかいなくなったりしちゃうんじゃないかって思うの。······それがね、今一番怖いの」
何故アリシアがそんな事で恐怖を感じているのか、先程までの話を纏めれば自ずとそれが判る。きっと、自身は現状アリシアが唯一素の自分を曝け出せる場であり、それを失うという事は自己の損失に近い恐怖を感じているのだろうとアレルは考える。
ただ、それはきっと単なる錯覚に過ぎない。どうしてか、それは例えアレルがいなくなろうとも、アリシアからは何一つ失われはしないからに他ならない。だから、事実アリシアの感じている恐怖はただの錯覚なのだとアレルは結論づける。
「変だよね······迷惑だよね。でもね、本当にアレルがいなくなるかもって考えると、怖くて仕方なくなるの」
「別に迷惑なんかじゃないし、変でもないだろ······よく判らないものに対して恐怖を抱くのなんて普通だし」
アレルはそう言って、取り敢えず一般論でアリシアの事を落ち着かせてみる。だが、まだアリシアが形容し難い気持ちを恐怖と言い換えている可能性もある為に、アレルはアリシアの反応に注視する。
すると、やはりというかアリシアは戸惑いを見せつつ納得出来ないみたいに俯いてしまう。それでも、アリシアはそのまま俯いたままではおらずに、顔を上げて再び話し出す。
「うん······そうだね、理解出来ないものが怖いっていうのは解るよ。確かに、私自身どうしてアレルがいなくなる事に怖さを感じるのか解らないから」
但し、そうしてアリシアが口にした言葉は、どこか言い訳じみてアレルには聞こえた。それが何故なのか、アレル自身にも判らない。でも、部分的には誤魔化しとも感じ取れる言い回しに、アレルはそれが自身に向けられたものかアリシア自身を言い聞かせる為のものなのか判らなくなる。
一方で、それを口にしたアリシアは続きを話そうともしないので、アレルはこれでアリシアの話は終わりなのだろうかと感じる。なので、アレルは今度は自分の番だから少しでもアリシアの気分が晴れる様にしなければと気合を入れる。
「それで、アリシアの話はもう終わりか?」
「う、うん······一応は」
「じゃあ、次は俺が話す番だな。まあ、簡単な決意表明みたいなもんだから、気軽に聞いてくれればいいさ」
そうして、宣言するとアレルは自らの気持ちを言葉にし始めるのであった。




