一章〜非望〜 四百六十四話 分け合い方
アレルは、道化を演じながらもアリシアが変な事に気付かない様に気を付ける。今のルクスタニアが他国へ剣を向ける可能性、それにアリシアが気付かない様にしている自身の気遣い、そのどちらも悟られない様にアレルはどんなに滑ろうともくだらない事を口にし続ける。
一度、アレルはクーデター派に支配されたルクスタニアが他国へ侵略する可能性を口にしたが、その時には色々と反論されて有耶無耶になっていた。それ故か、今のアリシアにはルクスタニアが他国へ攻め入る為に現在の騎士団を動かす事は無いと思っているのだろう。もしかしたら、それは願望に近い盲信の類なのかもしれない。
ただ、アレルはアリシアが失念している事にこそ懸念を抱いている。そう、騎士団が侵略行為に動く可能性はあるのだ。何故なら、騎士団長のガルシアがおらず、ラルフの様な主だった騎士もいない現在のルクスタニア騎士団は、アリシアの知る騎士団とは全くの別物なのだから。
(そこに、セドリック・ハウザーの合流も確認されている。その役割は、主だった騎士のいない中での剣術指南なのかもしれない。······ルクスタニア流を逆恨みしている奴にとって、主流派の座を奪える機会だったんだ。それは、さぞかし喜んで尻尾を振ったんだろうな)
しかし、それがセドリック出奔の真実だとすると、ここから先遭遇する可能性のある追手の使う剣術はパウリー流が多くなるかもしれない。そう考えるアレルは、昨日戦ったパウリー流もどきの傭兵との経験が多少なりとも役に立つかもしれないと思う。
「ねえアレル、それさっきも言ってたよ?」
すると、考え事をしながら話していたせいか、アレルは無意識に同じ事を話し始めていたみたいだった。
「へ······そうか? いや〜、流石の俺もネタ切れだったかな」
アハハと、咄嗟に誤魔化すアレルではあったが、考え事をしながらの話では同じ話を繰り返している事までは気が回っていなかった。そこを、見事にアリシアに指摘されてしまったアレルな訳だが、アリシアはそこから何かに耐えるみたいなどこか暗い表情を浮かべる。
「······また、何か考え事? どうして······どうして、アレルは何も私達に相談してくれないの?」
アリシアは感情を抑えているのか、僅かに震える声のまま右手で胸の辺りを触れながら訊ねてくる。
その言葉で、アレルは自らの不器用さに苛立ちを覚える。昨日今日と、散々自身だけではどうにもならない事に直面して考え方を改めたはずだった。しかし、人の助けも借りられる様にならなければと覚悟しておきながら、真っ先に助けを請うべき相手にはその助けを求めていなかったのだ。
ただ、それに気付いたところで今更助けを求めるつもりだったと口にしても、その言葉は軽くアリシアには届かない。なので、アレルがここで口にすべきは無意識にアリシアの助力を拒んでいた理由なのだが、アレル自身よく解っていない事柄故か自然と閉口してしまう。
「······また、話してくれないんだね」
「違ッ!? 俺は、ただ──」
「ううん、良いの。だって、アレルが話してくれないのは私の問題でもあると思うから」
咄嗟に言い訳しようとしてしまったアレルを遮り、アリシアは力なく笑ってからそのまま続ける。
「私もね、色々と考えたんだ。何で、アレルがそうしているのかを。······そしたらね、私求めてばかりだったって気付いたの。自分は変わらないのに、アレルにばかり変わる事を求め続けていた。だから、私も求めてばかりじゃなくて、ちゃんとアレルが隠してる事も話して大丈夫だって思ってもらえる様に頑張って変わらなくちゃって思ったんだ」
言いながら、おそらくはそこにペンダントがあるのだろう胸の辺りに触れているアリシアの右手は小刻みに震えていた。
アレルには、それが怯えなのか恐れなのか判らない。それでも、アリシアが勇気を振り絞って覚悟を口にしてくれた事だけは理解出来る。そうして、いつも先に勇気を出して踏み込んできてくれるのはアリシアだなと、アレルは自らの情けなさに歯噛みする。
そんなアレルは、例え纏まっていなくとも構わない、支離滅裂だって何だって今ここで自身の心を曝け出さなくていつするんだと無理矢理口を動かす。
「意地······なんだと思う」
「えっ?」
「我ながら、子供じみているとは思うよ。それでも、自分が守ろうとしている人に助けてもらうなんてどこか格好悪く感じて······心のどこかで拒んでいたんだと思う」
そうして、自身でも解っていない事を語り始めたアレルに、アリシアは戸惑いながらも黙って耳を傾けてくれる。
「あとは······怖さもあるんだ、たぶん。一度、そうやって助けてもらったら俺の中に甘えが生まれてさ。その甘えは、きっと次も何かあったら助けてもらえばいい······その次も、今度もって際限がなくなる。そうなったら、さ······依存してるのと変わらないだろ? それが、怖いんだと思う」
「ねえアレル、気付いてる? 今、そうしてアレルに助けてもらってばかりなのが私なんだよ」
「ッ!?」
言われて、アレルはハッとさせられる。それで、もしアリシアが自身と同じ気持ちでいたなら、アレルは自らが苦しみたくないあまりアリシアにそれを押し付けていた形になってしまう。
そう思ったアレルは、自身では判らないが酷い顔をしていたのだろう。向かい合うアリシアは、そんなアレルを気遣ってか穏やかな笑みを向けてくれる。
「大丈夫、別にアレルを責めてる訳じゃないから。でもね、私は思うんだ。アレルの言い方だと、まるで人は一人で生きる為に頑張っているみたいだって······誰かに依存したくないからって、一人で何でも出来る様にならなくちゃっていうのは何だか少し違う気がするんだ。だって、そうでしょ? そうやって、本当に自分一人で全部が出来ちゃうなら他の人と一緒にいる必要もなくなっちゃう。······そしたら、最後は一人になるしかないじゃない」
前に、アリシアは一人にさせたくないと言ってきた。だから、アレルは今の話もそこと何かしら繋がっているのであろうと考える。
ただ、アリシアは先程アレルの口にした事に、それは自分の事なんだと返してきていた。それでアレルは、アリシアが自身を一人にさせたくないという想いの裏側には、アリシアが一人になりたくないという気持ちが隠れていると確信する。
しかし、それでアレルは増々解らなくなってしまう。マスラオは、自身とアリシアは相容れない存在だと言っていたのに、こうして合わせ鏡の様に互いが重なる様な部分もある。そのせいなのか、アレルは何を信じれば良いのか判断がつかなくなりそうになってしまう。
「······俺は、そうなるかもしれない。でも、アリシアにはメリル達だっているし、他にも傍にいてくれる人はいるだろ?」
それでも、アレルは考える事を諦めては駄目だと、アリシアに対して言葉を返す。だが、アリシアはそんなアレルの言葉を首を左右に振って否定する。
「ううん、違うよ。確かに、一緒にはいてくれると思うよ。でもね、皆は私を······王女としての私を見てるから本当の私だけを見てくれる事はないんだよ。それって、案外ね一人でいるより孤独だったりするんだよ」
アリシアは言う。例え、物理的に近くにいても、心理的な距離感を感じていればそれは寸分違わず孤独なのだと。
アレルにも、アリシアの言い分は多少なりとも理解は出来る。要は、集団の中にいようとして自分を偽りながら関係性を維持しても、その中に本当の友人と呼べる者がいないのと近い感覚なのではないかとアレルは考える。
言われてみれば、ミリアは言わずもがなだし、メリルもメリルでアリシアには王女である事の自覚を持っている様に常に促している節はあった。それを踏まえると、アレルは自身と一緒に町中を散策している時のどこか無邪気なアリシアの姿が本来のアリシアなのかもしれないと思えてくる。
「······そんな孤独を知るから、俺の事も一人にはさせたくないなんて言ったのか?」
「うん······そうかもしれない」
「でも······それでも俺には、どうすれば良いかなんて判らねえよ」
その言葉は、紛う事なきアレルの本心だった。正直な話、アレルにはどうしたらアリシアが納得してくれるのか、どの様な結果になれば満足してくれるのかが判らない。
ただ、そんなアレルにアリシアはニコッと明るい微笑みを向けてくれる。
「それは仕方ないよ。アレルって、自分で思ってるよりバカなんだもん」
「は?」
「大丈夫だよ、簡単な事だから」
バカと言われて、僅かな反発心が鎌首をもたげるアレルを他所に、アリシアはフォークを手にしてそれで残っていた最後の餃子を半分にする。それから、半分にした片方をフォークで突き刺してアレルへと差し出す。
「こうやって、一つの物事を半分ずつ分ければ良いんだよ。そうすれば、どんな事でも同じ気持ちを分け合えるんだから。······アレルはね、全部誰かにあげちゃうか全部を自分一人で背負っちゃうから、こんな簡単な事も判らないんだよ」
そう言いながら、アリシアは半ば無理矢理差し出してきた半分の餃子をアレルに食べさせてくる。そうして食べさせられた餃子は、アレルにとって初めてでありながら何とも言えない味がしたのであった。




