一章〜非望〜 四百六十一話 今だから話せる事
話がある、そう口にしておきながらアリシアの沈黙は長い。シープヒルからの出立を明朝に控えた今、そこまでの話があるのだろうかとアレルは疑問に思う。しかし、そんな時にでもならなければ出来ない話もあるかともアレルは考え始めてしまう。
例えば、今回死にかけた事で実力不足が露呈した自身を解雇するとか、もしかしたら今目の前にいるアリシアこそが影武者で本物は別にいるとか、アレルはあまりにも想定してなかった状況にあり得ない事まで考えてしまう。
(······まさか、実は私は男だったんです······は、無いよな?)
などと、変にあり得ない事を想像して何を言われても驚かない心構えをしていたアレルだったが、そこでようやくアリシアが口を開く。
「ねえ、アレルはこの先も私達と一緒にいてくれるんだよね?」
「へ? ······ああ、それが許されるならな」
唐突な確認に、思わず変な声が出てしまったアレルだったが、どうにか普通に返事を返す。それに、アリシアは何かを決心したみたいに頷くと、右手を胸の辺りに置いてから話し始める。
「あのね、私達の目的地······アレルには公国としか言ってなかったよね?」
「そうだな」
目的地について聞かされた夜、確かにアレルは公国までとしか聞いていなかったし、移動に掛かる日数も地図上で逆算してみたら国境までの期間でしかなかった。それ故に、アレルは最初国境さえ越えればアリシア達だけでも安全に旅が出来るのか、そうでなければ国境の街に秘密裏に迎えでも来るのかと思っていた。
だが、今のアリシアの口振りからはそうではなかったらしい事が窺える。
「隠していた訳じゃないんだ。でもね、コルトでアレルを待っている時にメリル達と話し合ったの。······あっ、勘違いしないでねっ! 別に、その時はアレルの事が信用出来なかったとかじゃないんだよ。アレルが良い人なのは解ってたし、それに──」
「アリシア、俺への配慮は要らないから本題を話してくれ」
アレルは、アリシアの言葉を遮り唐突に始まったアレルへの言い訳めいた話を止めさせる。しかし、中途半端に止められたせいかアリシアはどこか不満気にする。
「······解った。それで、話し合った結果アレルには公国までとしか話さない事に決めたの。私は、そんな事したくなかったんだけど、メリルが言うの。ガルシアが最後の最後まで伝えずにいた事だから、知ってる人間は少ない方が良い事に違いないって」
「まあ、その頃はメリルも俺に対して完全には信用していなかっただろうしな」
その上、アリシアには言えないが一人でどうにかしなければと頑なになっていたメリルなので、そう考えるのも仕方ないとアレルは思う。
「うん······伝えられた時の状況も良くなかったんだ。王都から脱出する時、当然門は閉められているし別の所から逃げる必要があったから、私達は王都に用意されていた脱出経路を利用したの」
「脱出経路?」
「うん、今の王都はフローレイティア様がご存命だった時の王都から遷都されたものなの。それで、女王となられたレイナーレ様が遷都時に治水と共に上下水道の手配もするのと同時に進められたのが地下開発なのね。その地下は、勿論精霊信仰の関係で下水を浄化する為の施設を作る為でもあったんだけど、他に王族の脱出経路を作る為でもあったの。だからね、王都の街中にもいくつか脱出経路への入口があるんだ」
アリシアはそう言うものの、アレルは少しおかしい点に気付いてそこを指摘する。
「なあ、王族の脱出経路って事はレグルスも知っていたんだろ? 出口で待ち伏せされなかったのは、何でだ?」
「それはね、王族それぞれで知っている脱出経路が違うからなの。勿論、その全てを把握している人はいるんだけどね、その人の事は誰も知らないんだ」
「は? じゃあ、どうやって教えるんだよ?」
「私は、お母様が遺した手紙に書いてあった経路をそのまま、お兄様は自室に届けられた手紙の指示に従っていくつかの経路を実際に辿ったって言ってたかな? そんな感じで、例え王族であっても全ての経路を知っている訳じゃないし、教え合うのも駄目だって言われてるの」
「つまり、有事の際に一網打尽にされない為にと、万が一捕まった時に自身の知る経路を話したところで他の王族が捕まる事がない様にする為か」
「うん。それにね、自白を強要された場合も想定して、本当の事を話せる様にしてあるの。嘘を見破る方法もあるし、嘘自体をつけない様にさせられる事もあるらしいから、その場合も捕まった王族が助かる可能性を残す為でもあるって聞いたよ」
それが、魔法なのかそれとも薬でなのかは判らない。ただ、捕まった状況で知っている事を全て話したなら、命までが助かるかは判らないが少なくとも酷い拷問をする必要はなくなる。そういった意味では、確かに生存確率は多少上がるなとアレルは思う。
ただ、その一方でアレルには、その脱出経路を全て知る者に思い当たる節がある。たぶん、脱出経路が造られた時期ならば、その時はまだ国の侯爵位にヴァーミリオン家がいたはずだ。つまり、ヴァーミリオン家の諜報組織が母体になっているクリムエーラ商会ならば、件の脱出経路に関した情報を網羅していてもおかしくはないとアレルは考える。
しかし、王族であるアリシアですら知らない事を自身が知る訳にはいかないなと、アレルはそんな考えを自身の奥底へとしまい込む。それでも、そんな幾重にも張り巡らされている王族を守る為の仕組みに、まるで永き時の間王家の血を存続させたい誰かの執念みたいなものが感じられてしまう。その途方もなさに、アレルは一抹の不安を感じてしまうも、永続的な治世を望むのは権力者の常かとその不安を切り捨てる。
「んで、その脱出経路に入る前に何かあったのか?」
そして、アレルは自身の気持ちを切り替える意味でも、脱線していた話を元に戻す。それに、アリシアもそうだったとハッとした表情を浮かべる。
「それでね、その脱出経路の入口付近にドミニク側の騎士がいたからガルシアが囮になってくれたんだけど、その時に色々と指示されたんだ。道中でフードを被る事とか、どこの領地を通るのが安全かとかね。······アレルも知ってる通り、そのほとんどは無駄にしちゃったんだけどね」
アハハと、アリシアはその失態を恥じているのか、乾いた声で苦笑する。
「まあ、そんな状況で言われた事なんて、実践出来なくて当然だろうな」
「うん······それでね、ガルシアは自分が戻れなかった時の事も話していたの。まず、重要なのは国境を無事に越える事、それから速やかに国境から離れる事、最後に公国で私達を保護してくれる街の名前を教えてくれたんだ」
保護と聞き、アレルはやはり何者かの迎えは予め用意されていたんだなと思う。
ただ、こちらの世界にも元の世界程ではないにしろ衆目というものは存在する。仮に、その迎えがぞろぞろと護衛部隊を引き連れてくれば人目を引いてしまう。流石に監視カメラなどが無い分かなりマシだが、一度そんなものを集めてしまえば所在を喧伝しかねない。
アレルは、その懸念を払拭する為にアリシア達の迎えは少人数なのだろうと考える。ただ、アレルはアリシア達からはともかく、その迎えからしてみれば自身は単なる部外者でしかないと思う。それ故に、一応訊かずにはいられなかった。
「それは、俺が聞いても良い話なのか?」
しかし、その言葉にアリシアは少しだけムッとする。
「······今更、そんな事を訊かないでよ、バカ」
「いや、馬鹿って······一応、公国側からしたら俺は部外者だし間者の可能性もあるんだから、それぐらい確かめておかないとって思ったんだよ」
アレルは、自身の考えを説明するもアリシアはムスッとしたままで、そんな姿に変なところで頑固なんだよなとアレルは思う。ただ、そのままだと話を切り出した意味が無いと思ったのか、アリシアはため息を一つ挟んで気を取り直してから話を再開させる。
「······それでね、迎えに来る人は公国の騎士団長でヴォルフラムって人らしいの。私は知らないんだけど、ガルシアは何度か会った事があるらしくて信用出来る人物だって聞いたよ。その人が迎えに来るのが、公都の一つ手前の街でアエシュドゥスっていう街なの」
アエシュドゥス、その街が公都の一つ手前という事は、国境を越えた後もかなり公国内を進む事になる。アリシアの話から、それが判ったアレルは国境を越えた後の事まで考えを巡らせ始めるのであった。




