一章〜非望〜 四百五十七話 料理が結んだ友誼
なんだかんで、自身が大変な状況に置かれているという事を忘れさせてくれる場所だった。それもきっと、ジェームスがただひたすらに料理へ情熱を傾けているからであり、傍から見ればどこか愚かにも感じられる言動がそんな雰囲気を作っていたのかもしれないとアレルは考える。
そういえば、色々と悩んでいる時に料理をする時は笑顔でなんて言ってきたのもジェームスだったなとアレルは思い出す。もしかしたら、そういう所は父親のディミトリス譲りだったりするのかもしれない。
ただ、そんな場所とも明日の朝でお別れだ。アレルは、本当にしっかりしないとなと自らの甘えを叱責する。
(······やっぱ、少し長居し過ぎたのかな)
変に愛着みたいなものが湧いてしまったのか、アレルは餃子や焼売に手を付けずにそんな事を思ってしまう。
「これ、中身とか色々と変えられないかな?」
「良いんじゃない? 野菜とかを入れても、なんか美味しくなりそうだし。でも、そうなるとタレの方も別のを考えたいわね」
「······お、俺はもう、ラーユは作りたくない」
グリーンとイエローが話し合う中、一人別の意味でブルーになっているのを見てアレルは苦笑する。そこへ、アレルが食べていないのを気にしてか、タチアナが話し掛けてくる。
「あの、何か気掛かりでもありましたか?」
「ん? ······いや、そういうのじゃなくてさ······なんか面倒だと思いながらやってたけど、振り返ってみたら結構救われていた部分もあったなって」
そうして、感慨に浸っているんだとアレルが口にすると、タチアナは自らの食べる手を止めてその場から離れる。
「そういう事でしたら、アレルさんの分は別に取り分けて置きますね。お連れ様の分も取り分けますので、お部屋でお召し上がり下さい。食器などは、明日の朝で結構ですので」
「悪いな、気を遣わせて」
「いえ、お互い様ですから」
タチアナはそう返すと、新しい皿を持ってきて二本のスプーンをトングの様に使い器用に餃子と焼売を取り分けてくれる。だが、させているだけでは悪いと感じたアレルは、せめてタレだけでも自身でやろうと代替醤油とビネガーと辣油を小皿で混ぜておく。
すると、そこへジェームスが声を掛けてくる。
「アレルさん、食べてないのですか?」
「あのな、こっちは一応夕食後なんだよ。それに、この厨房で料理するのも今夜が最後だと思って、色々と思い返していたんだ」
そう答えると、ジェームスはフルフルと首を左右に振りながら違いますよと口にしてくる。
「これが最後だなんて、決めつけは良くありませんね。この先の事なんて、私も知りませんしアレルさんにだって判らないでしょ?」
「ああ」
「でしたら、またアレルさんがこの宿に泊まる事だってあるかもしれないではありませんか。だから、そんな自らの可能性を閉ざす様な事を口にしては駄目ですよ」
確かに、ジェームスの言う事には一理あるとアレルは感じる。まだ完全に可能性が閉ざされていないなら、最後だなんて口にして自らその可能性を捨て去るみたいな事をしてはいけない。そう思えたアレルは、つくづくジェームスのこういう前向きな所には勉強させられると反省する。
しかし、その一方でアレルはジェームスが言葉の裏に隠している魂胆も理解したので、ジト目を向けて指摘する。
「お前、そんな事を言ってまだ俺から何かしらの料理を引き出そうとしてるんだろ?」
「ハハハ、バレてしまいましたか」
ジェームスは、しまったという感じで朗らかに笑うも、そのわざとらしさにアレルはため息を吐く。たぶんだが、それもジェームスの本音なのだろうが、自身を気遣っての言葉であるのも事実なのだろうとアレルは感じる。
なので、仕方ないなとアレルは覚悟を決めて、ジェームスの気持ちに応える事にした。
「解ったよ、また近くに通る時はここに泊まるから、そん時はまた何かしら教えてやるよ」
「本当ですかッ?」
「まあ、確約は出来ないけど、それで良いならな」
「勿論でぇ〜す!」
ニカッと、清々しい笑みを返してくるジェームスに、アレルはほんの少しだけやっぱりこっちが本音かと思ってしまう。ただ、その辺はあまり気にしないでおこうと、アレルは不意に蒸し餃子へ手を伸ばしそれを口に運ぶ。
「······やっぱり、海老の方が良かったかな?」
そんなアレルの呟きに、耳聡く反応したジェームスは目をキョトンとさせながら首を傾げる。
「あの······エビでしたら、川で穫れるものがありましたけど?」
「は?」
そこで、アレルは自身が完全に失念していた事を自覚する。言われて気付いた事だが、海老や蟹には淡水で生きているものも少なくはない。
この世界では海産物が穫れない事、元の世界に比べれば足りないものが多い事などで、アレルはそんな簡単な事まですっかり忘れてしまっていた。
「アレルさん?」
そうして、口を開けたまま放心するアレルにジェームスはどうしたのかと声を掛けてくる。
「いや······何でもない。本当は、蒸し餃子に海老を使いたかったってだけの話だ」
「そういう事でしたか。では、それを作るのは次の機会ですね」
イヒヒと、ジェームスは小気味良く笑うが、反対にアレルはしかめっ面で舌打ちする。そこへ、タチアナが二人分取り分けた皿をトレイに載せて持ってくる。
「アレルさん、取り分けてきましたが······何かありましたか?」
「別に何も······それより、わざわざありがとな」
「いえ、これぐらいでお礼なんて······」
タチアナは、アレルの礼に恐縮してヘラっと困った様な愛想笑いを浮かべる。ただ、そうして運ばれてきたものを見たジェームスは、アレルが部屋に戻ろうとしてるのを察してか急に真顔になる。
「アレルさん」
「何だ?」
「明日は、見送りが出来るか判りませんので、この場で言わせてもらいます。あなたが、私の知らない料理を教えてくれたお陰で、私の世界はまた一つ大きく広がりました。色々と、創作の手掛かりとなりそうな料理ばかりで本当に助かりました。······魔物の蔓延る世界で、私の様な料理人が見聞を広める為に世界中を旅する事は難しい。なので、今この時アレルさんと出会えた事に感謝を。そして、アレルさんのこれからに幸運が訪れる事を祈ります」
スッと、ジェームスはそう言って自らの右手を差し出す。それに対して、急に真面目になられたせいで調子が狂うアレルではあったが、反射的に自身も右手でジェームスの手を取る。
「こっちこそ、色々と融通きかせてもらえて助かったよ。俺も、ジェームスがより多くの料理と出会える事を祈っとく」
「祈らずとも、またアレルさんが教えてくれれば良いんですよ」
「おい」
ジェームスの冗談に、アレルが咎めようとするとジェームスは握り合っていた右手を離す。
「別れの言葉は言いません。なので、またいつかお会いしましょう。そして、また私に知らない料理を教えて下サ〜イ」
結局それかと、アレルはズッコケそうになるも堪えて、ニカッと笑うジェームスに薄く笑みを返す。
「あのな······まあ、良いか。解ったよ、またいつかな」
すると、そこでグリーンとイエローが何やら言い合いをしながら残っていた餃子を焼こうとしている。それに気付いたジェームスは、アレルから離れてスタタタと二人に小走りしていく。
「待ちなサ〜イ! 残りを焼くなら、私が先ですよ〜!」
そんな、明日出立する自身よりも餃子を優先する姿に、アレルは笑うと共にそのブレない姿勢に敬意を払うのであった。




