一章〜非望〜 四百五十四話 準備をする中で
異様な程に張り切るジェームスを先頭に、アレルは申し訳無さそうに身体を縮こませるタチアナを伴って厨房の中へと入る。すると、やはりと言えば良いのか、つまみ食い戦隊の他の三人も中で待ち構えていた。
三人はアレルの姿を見ると、ほらだのやっぱりだのとアレルが来るのを予想していたみたいに騒がしくなる。その話を聞くに、三人共ジェームスと同様に今夜が最後の機会だからと期待していたらしい。
元々、アレルとしてはジェームスに餞別代わりに何かもう一品くらい教えるつもりではあったが、予定より人数が増えて少し面倒だなと感じる。しかし、餃子も焼売も最後の火入れ以外は似た様な作業なので、思った程手間は掛からないかと考える様にした。
(焼売は蒸すだけだし、餃子の方を少し多めに拵えて焼く蒸す茹でるの三種類作れば納得するだろ)
そう思いながら、アレルは持っていた食器を載せたトレイを適当な場所へ置く。
「んで、まずは材料を持ってきて欲しいんだが、頼めるか?」
「はい、用意出来るものなら何でも持ってきますよ」
ニコニコと、満面の笑みを浮かべるジェームスは戦隊を代表して言ってくる。しかし、アレルは一応宿の備品扱いだろう食材を勝手に使って良いのだろうかと、今更ながらに思う。
「······まあ、良いか。じゃあ、まずは小麦粉と挽き肉、次にキャベツとニラにねぎと玉ねぎ、それから生姜とにんにく······くらいかな」
アレルは、取り敢えず思い付く限りの食材を口にしていく。しかし、その最後に重要な事に気が付く。
「あっ!?」
「わっ······えっ? どうかしましたか?」
アレルの突然の声に、意気揚々とパントリーへ向かおうとしていたジェームスが動きを止める。それに、アレルは自身の失念に手で顔を覆ってしまう。
(そうだ······醤油がないから、タレをどうにかするしかないんだった)
調理なら、あくまで風味などを度外視した塩味の観点のみで言えば、醤油大さじ一杯に対して水大さじ一杯と塩小さじ半分で対応出来る。しかし、ただの塩水で食べてくれと言うのはどこか忍びない。
そこで、アレルはどうしたものかと考えていると、辣油ぐらいならどうにかなるかもしれないと思い付く。
(そうだな······辣油が作れれば、あとは塩分を醤油に合わせた塩水とビネガーを混ぜて、それっぽくは出来るかもしれない)
そこまで考えて、アレルはジェームスに答えていない事に気付いて周りを見ると、ジェームスを始めとした五人の視線が自身に集まっていた。一瞬、注目を集めてしまっていた事に戸惑うが、アレルは直ぐに気を取り直して説明を始める。
「悪い、食べる時に使うタレが直ぐには手に入らない調味料を基本にしててさ、それでどうするか考えていた」
「オ〜ウ、それで黙り込んでいたのですね」
「それでは、ギョウザやシューマイは作れないんですか?」
ジェームスが、アレルの黙っていた理由に納得する傍ら、そのジェームスが落胆するのではないかと心配している様子のタチアナが訊いてくる。
「いや、申し訳ないけど代用品で何とかしてみるから、このまま作り始めよう。だから、さっき言った食材に加えて、レッドペッパーと鷹の爪があれば持ってきてくれないか?」
「わっかりましたぁ〜! 直ぐに、用意させてもらいます」
「あっ、私も手伝います」
と、ジェームスが再び興奮してパントリーへと駆けていく後ろを、慌ててタチアナが追いかけていく。その背中を見ながら、不意にアレルは思ってしまう。
(鷹の爪で通じるんだな)
変なところで便利な英雄の偉業に感謝しつつ、アレルは一度頭の中で辣油の作り方を確認する。そこで、アレルは他の三人を見るとどこか温かい目でタチアナの背中を眺めていたので、三人共タチアナの気持ちを知っているのだろうと察する。
(結局、あれだけ判り易いのに知らないのはジェームスだけか······)
そう思いながら、アレルは水場で手を洗っていると、その間にグリーンがアレルの運んできた食器を洗い始める。
「悪いな」
「いえ、これぐらいは通常業務ですから」
それだけ聞いて、手を洗い終えたアレルは水場から離れると今度はイエローが手ぬぐいを差し出してくれる。
「どうぞ、使って下さい」
「ああ、ありがとう。······なあ、三人ってやっぱりタチアナの気持ちを知っていたりするのか?」
アレルが訊ねると、イエローは苦笑いを浮かべながら答えづらそうではあったが、ちゃんと答えてくれる。
「ええ······まあ、余程鈍くなければ普通気付きますよ。あれだけ判り易いんですから」
「つまり、アイツの鈍さは普通じゃないって事か······」
アレルは、そうしてジェームスの鈍さを評するが、そこへブルーが話し掛けてくる。
「あの、何か必要になる調理器具とかはありますか?」
「じゃあ、食材を蒸す為のものってあるか?」
「ええ、ありますよ。ここでも、たまに蒸し料理を作るんで」
その言葉に、アレルは少しだけ戸惑いを覗かせてしまう。アレルの知識だと、元の世界では蒸し料理はアジア圏で広まりはしたものの欧州へ伝わったのは近代だったはずだ。
その違いから、当たり前ではあるのだがラ・アトランディアでは食文化なんかも元の世界とは違う伝わり方をしているんだなと、アレルは実感する。ただ、ブルーはそんなアレルの様子に気付く事なくどこか自慢気に語る。
「何でも、偶然の産物だったらしいすっよ。とある料理人が、野菜を茹でようとしたんすけど、水を入れた鍋に誰かの悪戯で茹でられない様に網が張られていたらしくて。んで、その料理人も他の作業をするのに忙しくて、悪戯に気付かず碌に見もしないまま野菜を入れて蓋をしたままにしていたところ、出来上がったのは茹でた時よりも色味が鮮やかで食感も柔らかい野菜だったって話っす」
そうして、話を締めくくったブルーにイエローが肘で脇腹を突く。
「ちょっと、話し方! お客様なんだから、気を付けなさいよ」
「あっ、マズッ!? じゃなかった······えっと、すみませんでした」
イエローに注意されたブルーは、慌てて口調を正すも当のアレルは肩を竦めて返す。
「別に、話しやすい話し方で構わないよ。それより、他にフライパンを二つと鍋も用意してもらえるか? 片方のフライパンには、蓋も付いてると有り難い」
「はい、任せて下さいっす」
「あっ、一人じゃ用意しきれないでしょ? 私も、手伝うから」
ニカッと、朗らかな笑みを浮かべながら調理器具を取りに行くブルーに、どこか説教くさいイエローがその後を追う。その姿に、イエローはともかくブルーの方は少しブルーらしくないヤツを充てがってしまったなとアレルは思う。
ただ、そうしてにわかに活気づく厨房の雰囲気に当てられたのか、アレルはそれまでどこか面倒だなと感じていた事にやる気が出てくる。それ故に、ヨシッと気合を入れたアレルは、まずは皮を作る為の生地作りかと調理台へ向き直る。
「言われた食材、持ってきましたよぉ!」
と、そこで騒がしいのがパントリーから戻って来る。その影からは、タチアナがひょこっと顔を出して頭を下げてくる。アレルは、そんなタチアナに構わないという意味で片手を軽く上げる。
「それじゃ、時間の掛かるところから始めていくか」
「はい、何でもやるので任せて下サ〜イ!」
アレルの掛け声に、癖のあるジェームスの返事と共にタチアナを含む他の三人もアレルへ向かって頷きを返してくる。そして、シープヒルでの最後の夜の調理が始まる。




