一章〜非望〜 四百五十二話 変わっていけるなら
メリル達の部屋の前、アレルは部屋の中での話し方を振り返る。そこには、可能な限りミリアを揺さぶる様な内容を含めていたはずだった。でも、もしかしたら自身の抱える不安が滲む様な言葉があったかもしれないと、アレルは話し方を間違えたかなと少し後悔する。
ただ、現状で本来なら一番信用出来るはずの自身の事が最も信用ならない時点で、アレルには万が一の時に自身を止められるミリアの協力は不可欠だった。しかし、あのミリアに全ての事情を話したところで、協力が得られるとは到底思えない。
そんなアレルには、ああいうアリシアをダシにする様な話し方でしか、ミリアに発破を掛ける事すら出来なかった。その不甲斐なさを、メリルを見送ったアレルは噛み締める。
「······ままならないな」
「何がで御座いましょうか?」
「うぉッ!?」
不意に漏らした呟きに、背後から声を掛けられたアレルは驚いて持っていた食器をトレイごと落としそうになる程驚くも、何とか堪えて声のした方を振り返る。そこには、したり顔で佇むロバートの姿があった。
「その様に、驚かれなくともよろしいかと思いますが?」
「あのなぁ、普通の人間は誰もいないと思っている所で後ろから声を掛けられれば驚くもんなんだよッ」
アレルは、最早次に会うのは明日の朝だけだと思っていたロバートが現れた事で、かなり動揺させられた苛立ちをそのままぶつける。しかし、対するロバートの方は廊下の明かりの見回りをしていたみたいで、どこか悪気がなさそうにしている。
「ところで、この様な場所で何をなさっていたのでしょうか?」
「······ロバート、お前さ判ってて訊いてるよな?」
正直、魔力による感知はしておらずとも、アレルもそれなりに人の気配には敏感だ。それが、全く機能していなかった時点で、ロバートが気配を消していたと睨むアレルはカマをかける。
すると、案の定ロバートはフフッとそれを肯定するみたいに不敵な笑みを浮かべてくる。
「この場では、不意に扉を開けられでもすれば都合も悪いでしょう。厨房へは遠回りになりますが、少し歩きましょうか」
「ああ」
そう言って、東棟ではなく西棟を経由して北棟へと向かうロバートの背中をアレルは追う。
歩きながら、ロバートは壁の光源を確認して、足りなくなりそうな場合はそこへ燃料を継ぎ足していく。そんなロバートの仕事を眺めながら、その背中についていくアレルはそのままの状態で話を切り出される。
「それで、また何か余計な事でも口にされたのでしょうか? 先程のメリル様は、随分と不安そうにされてましたが」
「言ったつもりはない······けど、言い方が良くなかったのか不安にはさせた······かもしれない」
「まあ、察するにアレル様がいなくなった場合にどうするかと奮い立たせたというところで御座いましょうか。ミリア様にはそれで良かったかもしれませんが、メリル様に対しては良くありませんでしたね」
ロバートは、盗み聞きしていただろう部屋の外でのメリルとのやり取りだけで、的確にアレルの状況を把握してくる。それに、アレルは深いため息で返す。
「だから、ままならないって言ったんだ」
「仕方が御座いませんよ。三者三様に、それぞれで別の方向に複雑な方々だと思いますので······しかし、数日前はご自身の事で頭が一杯だったアレル様が、随分と変わられたものですね」
「それを言わないでくれ」
アレルは、もう少し歩けば見えてくる数日前に自身が蹲っていた辺りから視線を逸らす。しかし、ロバートはそこで足を止めてアレルへ振り返る。
「気にし過ぎて御座いますよ、アレル様は。先日、あの辺りで蹲っていた時もそうでしょう? あの時も、アレル様の考え過ぎだったのではありませんか?」
「うっ······まあ、そりゃあな」
元の世界にも、こちらの世界にも居場所なんてない。あの時は、そんな不安を抱いて色々と思い悩んでいた訳だが、結局自身が異世界人だとアリシアと瑠璃に告白したらそんな不安は霧散した。
それには、アリシアが夜中に吐露した望みのお陰もあるのだろうが、今にして思えば考え過ぎだったと確かに言えるなとアレルは思う。
「ミリア様もメリル様も、勿論アリシア様やルリ様にしても、それぞれに自我をお持ちの一個人で御座います。逐一、アレル様が何かをされなくても、ご自分達で自身の悩みぐらい解消する力だってお持ちになられていますよ」
「解ってはいるんだけどな······お節介気質なのかな、俺?」
「まあ、それを好む方もいらっしゃれば嫌う方もいらっしゃいますが、皆様から拒絶されていないのなら何でもよろしいのではありませんか?」
「それもそうか」
そうして、アレルが納得した様子を見せると、ロバートは再び前を向いて歩き出す。それに、アレルも追随して歩き始める。
そのまま少し歩くと、先日アレルが蹲っていた場所を通る。しかし、アレルはロバートに続いて歩いているせいもあってか、足を止める事なくすんなり通り過ぎる。ほんの数日前は、そこで動く事は疎か立っている事も出来なかったのに、今は何も無かったみたいに通り過ぎる事が出来ている。
そんな些細な事だが、アレルは数日前よりかは多少成長出来たのだなと、何故か妙な実感を覚えてしまう。
(そう······なんだよな。昨日より今日、今日よりも明日······例え僅かでも確かに成長していけるなら、抱えている不安もその成長で上書きしていける。だから、きっと大丈夫だ)
そう思えたアレルは、どこかスッキリした気持ちでその口角を無意識に少しだけ上げる。
そう、人は変わっていける。どんなに不安や悩みを抱えていたって、それを糧に成長だって出来る。そうやって、変わっていけるなら関わる人達との関係性だって変わっていくはずだとアレルは考える。
そして、願わくばその変化が互いに良いものであれば良いなと、アレルは密かに思う。すると、不意に前を向いたままのロバートが話しかけてくる。
「ディミトリス様は、その辺りの気遣いが上手い方でしたよ。必要だと感じれば寄り添い、必要ないと感じれば素っ気なく接するといった具合で······ただ、アレル様はディミトリス様ではありませんので、アレル様なりの気遣いでよろしいかと私は思います」
「お節介でもか?」
「それで、救われる者もいますので」
ロバートは、前を向いたまま肩で笑ってくる。その姿に、むしろ気遣いが上手いのはロバートの方なんじゃないかとアレルは思う。
さっきも、話し相手がいればなと思った瞬間に現れて、こうして特に突っ込んだ話はせずに頭の整理に付き合ってくれている。その微妙な距離感が、今夜のアレルには丁度いい。そのお陰で、アレルはまた変に悩まずに済んだとロバートに感謝する。
「ありがとな」
「はて? 何の事で御座いましょうか?」
その上、礼を言えばこうしてとぼけてくるんだよなとアレルはため息を吐きながら肩を落とす。
「······察してくれ」
「フフッ、冗談で御座いますよ」
そんなやり取りをしてる内に、二人は東棟に入り視線の先に一階へ降りる階段が見えてくる。そうして、アレルは特に話す事もなくなったが、先に階段を下りていくロバートに続いて自身も一階へと向かう。
ただ、そこで不意にロバートが視線だけで振り返り、一言だけ余計な事を言ってくる。
「今夜は、もう一部屋ご用意せずとも大丈夫そうで御座いますね。先日は、ご用意が無駄になってしまいましたので」
「ッグ······悪かったな、無駄に用意させてッ」
言葉を詰まらせながらも、嫌味を言われたままでは終われないと、アレルも皮肉を返す。しかし、前を向いたままのロバートは肩を竦めて返す。
「ご安心下さい。元より、ご用意などしていませんでしたから無駄にはなっておりませんよ」
「ロバート、お前なぁ」
からかわれた事を察したアレルは、文句を言おうとするもそこで丁度階段を下りきってしまう。なので、アレルはここまでかと、喉まで出かかった文句を引っ込めて厨房へと身体の向きを変えるも首だけで振り返る。
「ロバートは、カウンターに戻るのか?」
「ええ、仕事中ですので」
ロバートは、それだけ答えると速やかにカウンターの方へと歩いていく。そんなロバートもアレルも、そこで特に言葉を交わす事なく各々目的の方向へ歩く。
こういう、なんてことはない場面で余計な言葉は要らない。それは、きっと明日も会うだろうし、アレルが宿を去った後でもいずれ会う事もあるだろうと思えるからだ。おそらく、ロバートも似た様な事を思っているからこそ、何も言わずにカウンターへ戻ったのだろうとアレルは感じる。
そんな、ロバートとの絶妙な距離感が今夜のアレルには心地よく感じられた。




