一章〜拠り所〜 四十五話 語られない秘密
余裕綽々といったパメラの雰囲気に、再びマウントを取られているとアレルは感じる。
終始、その様にされてきたが故か、アレルはパメラに対して苦手意識を抱き始める。
そんな苦々しい感情が顔に出ているのか、アレルを見てパメラはクスクスと口元を隠して笑う。
「······何だよ?」
「フフッ、別にぃ。というか、バッジの説明よねぇ? それはねぇ、商会の人間の中でも情報を扱う人が持っているものなのねぇ。他にぃ、役割や階級で色や形が違う物もあるけれどぉ、『朱羽根』のアレルちゃんは気にする必要はないわよぉ」
「いや、何で気にする必要ないんだよ?」
その言葉に、パメラは両手の人差し指を頬に当てて、満面の笑顔を浮かべる。
「それはねぇ、朱羽根が私の愛人って印だからぁ」
──瞬間、アレルは脊髄反射で、左足を踏み込み、腰を捻り、バッジを握る右腕を振りかぶる。
「だ、ダメぇぇ〜!?」
そこをすかさず、咄嗟にアレルの右腕に飛びついたパメラに、バッジを投げ捨てようとしたアレルは止められる。
動き出しは、アレルの方が早かったが、投げるまでに四つの動作が必要だったアレルに対して、一つの動作でアレルに飛びついたパメラに軍配が上がった形だ。
手だけで床にポイ捨てせずに、わざわざ遠くへ投げ捨てようとしたアレルの判断ミスが敗因となった。
だが、アレルは諦める事なく、空いている左腕で右前腕にしがみつくパメラを引き剥がそうとする。
「待って、待ってぇッ!? 冗談、冗談だからぁ〜! お願いだからぁ、投げないでぇ!」
パメラの必死の懇願も虚しく、アレルは無表情のまま生気を失った虚ろな目でパメラを引き剥がしに掛かる。
それというのも、冗談という言葉が耳に入った事でアレルの怒りは相当なものになったのだが、仮にもパメラは女性だ。殴るわけにもいかないアレルは、自身の感情を殺し、己をただただバッジを投げ捨てるだけのロボットに仕立て上げていた。
「ごめんなさ〜い! 謝るからぁ、ちゃんと謝るから、これだけは投げないでぇ〜! きいてくれたら、アレルちゃんの言う事何でも聞くからぁッ!」
と、さすがのパメラでも、あわや引き剥がされる寸前では余裕がなくなったのか、自身の身を切る覚悟でアレルを止めようとする。
それには、自身をロボットと化していたアレルの耳にも届いたみたいで、一時的に引き剥がしに掛かる力が弱まる。
「何でもって、本当か?」
そうして、投げ捨てる気配が薄まったからか、パメラの方も少しは落ち着きを取り戻す。
「えっ!? えっ······とぉ、うん······言ったのは私だしぃ、約束は守るわぁ。······でもぉ、エッチなのはダ・メ・よぉ」
──瞬間、先程よりも力強く、より素早く、アレルはバッジを投げ捨てる動作を再開させる。
それに、パメラは全身でアレルの右腕にぶら下がるみたいにして、投げられまいと必死になる。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘ッ、嘘ぉ〜! つい、いつもの癖で言っちゃたのぉ! アッ、レルちゃんがぁ、······そういうの、おっ願い、しないってぇッ、解ってるからぁ! 怒らないでぇ!」
ググッと、アレルが力づくで振り払おうとする度に、ウッと全身で抵抗しながらパメラはアレルに弁明する。
しかし、パメラの努力虚しく、パメラの制止を振り解いたアレルは、その右腕を振り抜いてしまう。
「あっ······」
同時に、悲しげなパメラの声が発せられる。
直後、本来ならバッジが何処かへ落ちた音がするはずなのだが、それがいつまで経っても聞こえてこない。
だが、それを呆然とするパメラが気付かないので、アレルは仕方なく握った右拳をパメラの前で開く。
「ほら、そんなに大事な物なら、俺みたいな奴に渡すなよ」
そう言うアレルの手には、投げ捨てたはずのバッジが乗っていた。
実のところ、アレルを止めようとパメラが抱きつくような形になった時点で、気恥ずかしさからアレルは冷静になっていた。
そして、パメラがそこまでして止める程に大切にしている物を、アレルに投げる事など出来ようはずもなかった。
ただアレルは、これでまたパメラが膨れっ面にでもなって、七面倒臭いやり取りをするしかないんだろうなと、ため息を吐く。
ところが──
「ううん、良いの。それは、アレルちゃんが持ってて。でも、捨てたりしないって約束してくれると嬉しいかな?」
と、予想外の反応に、アレルは驚いて言葉を失う。
そんなアレルを前に、力のない笑みを浮かべていたパメラは、目を開き真顔でアレルに問い掛ける。
「どうしたの、アレルちゃん?」
「い、いや、急にマトモになったら驚きもするだろ?」
「だって、それはアレルちゃんが怒るからじゃない?」
「それは······そうなんだが」
正直、これはこれでやりづらいと、自身の行動の結果が原因なのでアレルは自分からは言い出せない。
それを察したのか、パメラはクスクスと笑う。
「戻した方が良い?」
そう言って、アレルをからかう様にパメラはアレルの顔を下から覗き込む。
そんなパメラの視線から目を逸らしつつも、アレルは照れ隠しに頭を軽く掻く。
「どっちでも良いよ」
「えっ?」
「えっ、じゃなくてな······どっちが良いとか悪いとかじゃなくて、どっちもパメラ自身だろ? 使い分けてんのも、そうじゃない人に見せない部分も含めて、全部でパメラだろ? だったら、俺に伺いなんて立てずに好きに振る舞えよ」
雑な言い方ではあるが、アレルは言外に、人の好みで自分を偽る必要なんかないと、言っている。
それが伝わったのかは判らないが、一瞬だけ微笑むとパメラは再び笑顔の仮面を被る。
「じゃあ〜、こっちにするぅ。でもぉ、一つだけ言わせてねぇ。アレルちゃんのぉ、すけこましぃ」
「人聞きの悪い事を言うなッ! ったく、お前と話していると本当に疲れるよ」
「エヘヘ〜」
別に褒めた訳ではないのだが、何故か照れたように笑うパメラに、アレルは辟易する。
そこで、ふとアレルは手の中のバッジに視線を落とす。
「そういや、これに使い方ってあるのか?」
朱羽根について、どんな意味があるのかははぐらかされてしまったが、今更蒸し返したくもないアレルは話題を変える。
しかし、そこはパメラも自身に非があると思っているのか、少し真面目な雰囲気を醸し出す。
「そうねぇ、取り敢えず朱羽根に関してはぁ、ウチの子達を自由に使える便利な道具とでも思っててくれればいいわぁ。居場所を知られたくない、その上訳ありなぁ、それでも情報は欲しいアレルちゃんにはうってつけでしょ〜。それを持っていればぁ、ウチの子達から色々な情報が得られる様になるわぁ」
「それは、確かに助かるんだが······さっき、あんだけ騒ぐ程に大事な物を何で俺に渡すんだ?」
その言葉に、少しの間逡巡したパメラは、両手の人差し指同士を交差してバツの字を作る。
「それはぁ、ナイショ〜。女の子の秘密を探る様なマネはダメよぉ」
イラッ、したアレルだったが、ここで怒ろうと更に聞き出そうとしても、どちらにしろパメラのペースに巻き込まれるだけだと、軽く受け流す。
「······ああ。んで?」
「うん、私に伝えたい事や頼み事がある時はぁ、それを右胸に付けてねぇ。逆にぃ、何か知りたい事や私からの言伝が聞きたい時は左胸に付けてねぇ」
「解った。これで、これから俺が見聞きしたものから、思った事や推測なんかをパメラに伝えればいいんだな」
「そゆことぉ」
パメラの言葉で、長引いた取り引きの話はようやく終わった。
しかし、やはりあまりに都合が良すぎる上に、パメラがあれ程大事にする朱羽根を渡す理由が腑に落ちないアレルは、飲み込みきれない言葉が口から漏れてしまう。
「なあ、最後に一つだけ確認したいんだが······パメラは、敵ではないんだよな?」
味方なんだよな、と問う事も出来た。
しかしアレルは、パメラの口から敵ではないと聞きたいが為に、そんな訊ね方をした。
パメラが敵ではないとの確信はある。
だが、アレルの思いとは裏腹に、パメラはその表情を隠す様に俯くのだった。




