一章〜非望〜 四百四十五話 帰った部屋には
アリシア達は、だいぶ日は傾いてしまったものの、どうにか日が落ちるまでには宿へと帰ってくる。宿の中へと足を踏み入れたアリシア達は、預けていた鍵を受け取ろうとまずはカウンターへ向かう。
すると、出された鍵はメリル達の部屋のものだけで、アリシアの方の鍵は出てこなかった。
「もう一方は、既にお連れ様が少し前にお持ちになっていきましたよ」
「それでは、アレルさんは部屋へ戻っているんですか?」
「はい」
メリルがやり取りする中、アリシアはアレルが戻ってないなら中庭に行って引っ張ってくるつもりだったが、それをしなくて良いんだと安堵する。続けて、いつもそれぐらいこっちの思っている事をちゃんと行動にしてくれれば良いのにと、アリシアは心の中だけで文句を言う。
「それでは、部屋に戻ります」
「はい、後ほど夕食をお部屋まで運ばせます」
それだけの言葉を交わすと、メリルはアリシア達の方へ振り返り部屋へと向かおうと指で示す。それに続いて、アリシアは部屋へと足を向けるも、夕食と聞いたのでアレルがまた何か作りに行ったりしないかとソワソワしてくる。
ただ、そんなアリシアの気配を感じたのか、瑠璃が小物入れから僅かに顔を出してくる。
「ルリちゃん?」
声を掛けると、瑠璃はチカチカと羽を数度明滅させるがアリシアにはそれが何を言っているのか判らない。しかし、どういう気持ちかぐらいは伝わってくるので、アリシアは瑠璃へ感謝を口にする。
「大丈夫だって、言ってくれてるのかな? ありがとね、ルリちゃん」
すると、間違ってはいなかったのか、瑠璃はどこか嬉しそうに羽をパタパタと動かして応えてくれる。それに良かったと思う反面、こういう時に普通に会話が出来るアレルはやっぱりズルいとアリシアは感じる。
「アンネ、ルリさんがどうかしたんですか?」
「あっ、ううん。私が、少しアレルの心配してたらね、ルリちゃんが大丈夫だよって励ましてくれただけ」
「······何ていうか、アンネもルリさんの言ってる事が解る様になったんですか?」
ちょうど階段に差し掛かった辺りで、メリルはそんな事を訊ねてくる。これには、多少ペンダントのお陰というのもあるが、本来ペンダントの事は話してはならない事なのでアリシアは即座に首を左右に振る。
「ううん、ルリちゃんが羽で大体の事は伝えてくれるから、こうなのかなってどうにか理解してるだけだよ。アレルみたいに、言ってる事が判るなんて事はないよ」
「ですよね。でも、アレルさんはどうしてルリさんの言う事が判るんですかね?」
「アイツ、本当は人間じゃないのでは?」
そこへ、アリシアとメリルに続いて階段を上がり始めたミリアが一言挟んでくる。だが、その一言は瑠璃の怒りを買い、小物入れから飛び出した瑠璃の体当たりをミリアは額にもらってしまう。
「うッ······この、コイツは何度も何度もッ!」
これまでの鬱憤もあるのか、ミリアは瑠璃を捕まえようとするが、妖精なだけあって動きの速い瑠璃は既にアリシアが肩から掛ける小物入れへと避難している。それに、グヌヌと憤りを露わにするミリアだったが、そこへアリシアはメリルと共に釘を刺していく。
「言っとくけど、ルリちゃんに乱暴したらクリスの事なんてもう知らないからね」
「というか、階段なんかで暴れるなんて何を考えているんですか? 本当にいい加減にしないと、折檻しますよ」
「そ、そんなぁ〜」
と、アリシアとメリルから言われてしまったミリアは、何とも情けない声を出す。
ただ、アリシアはこういう時アレルだったら瑠璃の方にも注意はするんだろうなと思い、小物入れの中の瑠璃に小さな声で伝える。
「ルリちゃんも、あまりクリスをからかっちゃダメだよ」
すると、瑠璃は少しだけ姿を見せて、どこか反省した様子で羽を二度明滅させてくる。
「うん、反省してくれるなら良いからね」
アリシアは、そんな瑠璃の姿にアレルもこれぐらい素直に人の言う事聞いてくれれば良いのにと密かに思う。本当に、何でアレルは人の言う事を聞かずに無茶や無理ばかりするんだろうとアリシアは首を傾げる。
それに、小物入れの中の瑠璃が何か言いたげに羽を動かすも、伝わらないと感じたのか直ぐに止めてしまう。
「ルリちゃん?」
その様子に気付いたアリシアが問い掛けるも、瑠璃は既に言葉を引っ込めてしまったみたいで羽を三度明滅して返す。いいえ、とその明滅を解釈したアリシア、どこか申し訳ない気持ちになってしまう。
「なんかゴメンね、アレルみたいに私も話せれば良かったんだけど」
そう言うと、瑠璃はパタパタパタと羽を素早く動かしてきて、アリシアにはそれが気にしないでと言ってるみたいに感じられた。
「······うん、ありがとう。でも、私の事は良いからルリちゃんも気を遣わなくて良いんだよ」
ただ、そこでアリシアはふと思ってしまう。自分の事は良いからなんて、まるでアレルみたいだと。
思えば、アレルはそうやって自分の事は後回しにしていつもこちらを優先してくれている。その気持ちは、もしかしたら自身がたった今瑠璃に対して抱いた気持ちと同じなのかもしれないとアリシアは思う。
自身が庇護するべき、そう感じるからこそアリシアは瑠璃を気にかけていた。自身に対して、アレルも同じ様に思っている可能性に気付いたアリシアは何故だか複雑な気持ちになる。
(それ自体は、有り難いけど······でも、なんか釈然としない。だって、アレルもそこまで強い訳じゃないのに、人並みの脆さとか不安だって抱えているのに、そんなのって······もう、本当にバカなんだから)
会ったばかりなら、そんな事は思わなかっただろう。しかし、今のアリシアは昨夜アレルのそういった普段隠されている部分を垣間見ている。それ故か、一方的に庇護されているかもしれない状況に静かな憤りを感じる。
なので、アリシアは部屋に帰ったら一言文句を言ってやろうと心に決めると、丁度階段を上がりきる。そうして、部屋へと向かって廊下を歩いていると、アリシアは段々と文句を言ったら嫌われたりしないかと不安になる。それでも、お土産もあるから大丈夫だよねと自分に言い聞かし、アリシアはとうとう部屋の前まで来てしまう。
「それでは、アタシ達はあっちなので」
「あの、アンネ様もこちらに来ませんか? アイツなんて放って──」
「ク〜リ〜ス〜?」
メリルが、一言残して一つ奥の部屋へ足を向けたところでミリアが余計な一言を口にするが、それは怖さを秘めたメリルの笑顔に阻止される。アリシアは、そこに関わって巻き込まれるのだけは嫌だと軽く手を振って微笑む。
「うん、またね」
「アン──」
「ほら、あなたはこっちでしょ?」
と、何故かメリルよりも背が高いミリアなのに、メリルに首根っこを掴まれて引き摺られていく。その様子に、巻き込まれなくて良かったと安堵したアリシアは、一度呼吸を整えてから部屋の扉を数回小突く。
しかし、中から返事は無い。アリシアは、聞こえなかったのかなと思い再度扉を叩く。それでも、中からは何の反応も返ってこない。
「アレル?」
声を掛けながら扉に触れると、何故だか施錠されておらずそのまま開けられてしまう。その事に、アリシアは警戒心の強いアレルにしてはおかしいと思い瑠璃に確認を取る。
「ルリちゃん、中に変な気配とかしない?」
すると、瑠璃は普通に小物入れから出てきてヒラヒラと扉の前を浮遊する。そして、しばらく中の様子を探る様な動きを見せた後で、くるりとアリシアの方を向いてから五度程羽を明滅させてくる。
五文字、たったそれだけの言葉でも考えられる候補はそれなりにある。大丈夫とか何もないとか、それなら良いのだがアリシアは中にアレルがいて返事も返してこない事で変な想像をしてしまう。
「まさか!?」
死んでいる、の五文字ではないかと不安に駆られたアリシアは、扉の隙間から中に入った瑠璃に続いて部屋の中へと踏み込む。
部屋に荒らされた形跡は無い。テーブルの端には、アレルが置いたのであろう部屋の鍵が置かれている。アリシアは、そのテーブルの手前に持っていた紙袋を置いて、何があっても良いように両手を空けておく。
そして、視線を部屋の奥にあるベッドへ向けると、そこには唯一人の姿があった。何があったのかは判らない。ただ、ベッドにはうつ伏せで倒れ込んでいるアレルの姿だけがあった。




