一章〜非望〜 四百四十二話 手札が増えても
身体を休め、少し冷静になれたアレルは現実的な事を考える。一応、アマデウスの能力を任意に使う事は控えるとしたが、この先使用条件が整う様な状況に直面した場合はどうするべきなのかと。
先程の暴走さえなければ迷わず使うところなのだが、その場にいる誰に標的を定めるか判らない以上アリシア達の前で使う訳にはいかない。更に言えば、ただでさえ成功率が低いみたいな話し方をされていたのに、暴走の可能性まであるなんて自爆技にすらならない。ましてや、使用後に動けなくなる様な反動を引いた場合、アリシア達の足を引っ張るお荷物に成り下がる。
ただ、それでも使わなければならない時もあるだろうとアレルは思う。それは、本当に自身の実力ではどうにもならない強者を相手にして、尚且つ死を目前にして他に打開策が一つも無い場合だ。そんな時は、アリシア達が近くにいないという条件に限り、アレルはアマデウスの能力を頼る事に決める。
(アリシア達が暴走に巻き込まれないなら、本当に最後の最後に使うのであれば動けなくなるのも関係ない。そういう条件であるなら、何も問題はない。······だから良いよな、マスラオ)
アレルは、一応自身を案じて忠告してくれたマスラオに、ダメ元なら構わないだろうと一方的に語り掛けて了承を得た事にしてしまう。ただ、そう思うのとは裏腹に、飛び抜けて異質なアマデウスの力が無くなると自身の器用貧乏さが際立つなと、アレルは自虐からため息を吐いてしまう。
「アレル様、如何なさいましたか?」
「ん? ああ、いや······大した事じゃないんだ。今回、ロバートのお陰で出来る事が増えたけど、その分戦闘時の判断が難しくなるなって少し思っただけでさ」
「確かに、それはあるでしょうね。出来る事が増える、それだけを見れば戦闘で優位性が向上するかと思われがちで御座いますが、実際は瞬間的な状況判断が的確に行われなければ宝の持ち腐れですから」
ロバートの言う事は、アレルも十二分に理解している。例えば道を歩く時、真っ直ぐにしか歩けないなら分岐があろうと壁が設置されようと、何があっても真っ直ぐにしか歩けないから何一つ悩む事なく歩き続けるしかない。逆に、様々な選択肢を持っているとその都度悩む必要が出てくる。分岐では、どこへ行くのが正解なのかと考える為に足を止め、壁に対しては迂回か登るのか壊すのか、それらは自身には可能なのかと大いに悩む事になる。
その選択肢を持つが故に生じる悩みが、戦闘時では命取りになる可能性がある。相対する敵が攻撃の予備動作に入ってからその攻撃が届くまでの僅かな時間、それだけが対応を選択する為に与えられた時間だ。そこで、運良く選択が功を奏して攻撃を防いだところで敵は続け様に二の手三の手を繰り出してくる。当然、考えて対処する時間なんて無い。
ましてや、それがロバートの様な手練れの場合なら尚更だ。つまり、アレルは選択肢が増えた分、ある程度は反射で最適解を出し続けられる程に練度を高めていくしかない。
「アマデウスの暴走の前、ロバートに良いようにやられて骨身に染みたよ。相手の動きを見てからなんて、その後で適切な対処を考える暇がほとんどないって事をさ」
「ええ、相手が未熟ならまだしも熟練した者を相手にすれば、考えながら戦うなどといった事は出来ないでしょうね」
ロバートの言葉から、アレルはミリアの戦い方を思い出す。剣術の手解きをされている時しか見てないが、ミリアの動きはほとんど無駄な動きも無く迷いなんて感じさせない動きでアレルの攻撃を防いでいた。
つまり、ミリアも積み重ねた修練と実戦の経験から、自身の戦い方を確立させた上で相手の攻撃には反射的に防げる様になっていたという事だ。近衛なんてやっているのだから、それぐらいは当たり前なのかもしれない。それでもアレルは、自身が出来ていない事をやれているミリアに対して嫉妬に近い感情を覚える。
「······やっぱり、足りない経験はどうにもならないな」
「まあ、付け焼き刃なんて己は疎か周囲の者までも危険に晒す事も御座いますから」
「解ってるよ、焦るなって言いたいんだろ? マスラオにも言われてんだ、安易なものに縋るつもりはねえよ」
そう言いながらも、不貞腐れた態度のアレルにロバートはやれやれと肩を竦めてくる。
「······何だよ?」
「いえ、確かにアレル様は未熟なようですので、少しだけ助言をして差し上げようと思いましたので」
よろしいですか、とロバートは左手を後腰に回して右手の人差し指を立ててくる。
「まず一つ、別に考えながらでも戦う術は御座います」
「は? そんなん、どうやって──」
「単純な話、相手との距離を取れば良いので御座いますよ。長柄武器で間合いをはかるのも良いですし、間合いを詰められたなら牽制しながら距離を取れば良いだけで御座います。アレル様は、その牽制の為に投擲術を所望なされたのではありませんか?」
言われてみれば、そもそものきっかけはそこにあった事をアレルは思い出す。そのせいで、あまりのバツの悪さからアレルはロバートから視線を逸らす。
しかし、そんなアレルの様子からアレルの理解を察したのかロバートは人差し指に続けて中指を立てる。
「そして二つ目ですが、出来る事が増えたからといって、その全てを戦闘で使う必要などどこにも御座いません。どんなに剣術を極めようとも、礫を投げた方が相手を制しやすいならばそちらを用いるべきなのです」
「要は、欲張るなって事か?」
「端的に言えば、そうで御座いますね。それで、最後に三つ目」
「まだあんのかよ?」
続けて、薬指まで立ててきたロバートに、アレルは最早助言ではなく文句なのではないかと噛みつく。しかし、そんなアレルの事など意に介さず、ロバートはそのまま話す。
「アレル様は、経験が足りないと仰っていましたが、経験というものは後からついてくるものであって予め得られる様なものでは御座いません。その様な事を思われる時点で、未熟である事をご自覚なさって下さいませ」
と、最後は小言までもらってしまったアレルは、自らの失言を恥じて黙り込む。ただ、そんなアレルを見るロバートはどこか力無く微笑む。
「ロバート?」
「いえ、最早小言を口にするぐらいしかお力にはなれないのかと、自身の力不足を嘆いただけに御座いますよ。今日は、アレル様に休んで頂く為にと宿泊して頂いたのに、これ以上は元も子もない状態になってしまいますし、日も傾き始めております。なので、此度の手解きはこの辺りで幕引きとした方がよろしいでしょう」
アレルとしては、日が落ちるぐらいまで色々とやらされる覚悟をしていたので、唐突なロバートによる終了宣言に一瞬言葉を失う。
「いや······でも、俺はまだ──」
出来ると、口にしながら立ち上がろうとしたアレルは何故か足に力が入らずに、前のめりに倒れそうになる。それを、ロバートはすかさず支えて受け止めてくれる。
「ご無理をなさらないで下さい。今日は、短時間で都合二回のアマデウスを使用なさってます。それで、この様になられている事と昨日の様子を鑑みるに、アレル様がアマデウスの能力を使用出来るのは成否や力の大小に関わらず一日に三回前後が限界なのでしょう」
言われて、アレルもようやく気が付く。確かに、アマデウスの能力は強力だがその反面身体に返る反動も大きい。当然、そこには使用制限があって然るべきだし、それが現状では三回前後という事なのだろうとアレルは納得する。
「······失敗や暴走もあるのに、三回は少ないな」
「それだけ、アレル様のお身体に負担を強いる能力なのだとご自覚下さい。ですが、光の刃の様な超常的な能力でさえなければ、古流に双剣術などは今のアレル様でも見様見真似で扱う事も出来るかと思います。それらと、この時間で私が教えられた事を上手く活用さえ出来れば、いずれアレル様自身のお力とする事も出来ます。ただ、焦りだけは禁物で御座います」
「······解ってるよ」
アレルは、その忠告は事ある毎に思い出せという意味だと受け取る。すると、ロバートは軽くアレルの服に付いている土埃を払ってから、再びアレルを木箱へと座らせる。
「では、手解きの方は終了と致しますが、アレル様にお渡しする物が御座いますので少々お待ち頂けますか?」
「ああ、別に構わない」
「では、少し失礼致します」
ロバートはそう言うと、アレルから離れて馬車の方へと歩いていく。アレルは、その背を目で追いながら思ってしまう。
焦りはしなくても、強さへの渇望というものは何処からともなく溢れてくる。もし、どんな大軍勢が相手でも負けない強さがあれば、今すぐにでもアリシアを本来いるべき場所に帰してやれる。でも、実際はそんな力ずくでどうこうした所で、全てが上手く解決出来るなんて話でもないのはアレルにだって理解出来ている。
ただ、そちらを行う知識も足りなければ、携われるだけの立場も無い。現状、無いもの尽くしでどうにもならないもどかしさに、アレルは思わず天を仰ぐのであった。そう、まるでそこにいると言われる神にでも訴えるみたいに。




