一章〜非望〜 四百四十話 思わぬ使い道
顎下への掌底、右後方からのハイキック、跳び上がりからの踵落とし、都合三回ロバートはアレルへ死角からの攻撃を行う。それら三度の攻撃を、アレルは目で確認する事なく防いでみせる。それで、ロバートはアレルが感知していると確信が持てたのか、続いてアレルの正面に回って攻撃を仕掛ける様になる。
そこからは、ロバートの方もマスラオに教えられたと口にしていた事から、使い慣れていない活性化を自分のものにする為なのか真剣に拳を打ち込んでくる。その拳は鋭くも重く、活性化を単純な筋力重視にはせずにロバートなりの調整をしているのが見て取れた。
対するアレルも、魔力による感知で色々と試していく。周囲に放射状に拡げるだけでなく、ロバートへ焦点を当てて水溜りでも作る様な感覚で魔力感知を張ってみる。すると、感知から得られる情報量は増えたものの、その分魔力消費も増え循環の際に得られる微増魔力だけでは賄いきれなくなる。
(正直、強化と循環が一括りで成立してるせいか、全体の消費魔力は少なくて済んでいる。だから、保有魔力を感知の方に割いても構わないんだけど、出来るだけ保有魔力は強化の方に残しておきたい。それに、判る事が増えたと言っても考えてる事が何となく伝わる程度で、消費魔力を考えると割に合わない)
そう考えたアレルは、対象を絞る方法を諦めて周囲に拡げる形にもう一度戻す。ただ、そこでアレルは、水といえば三つ程状態を変化させる事を思い出す。液体、固体、気体、もしかしたら魔力を水と捉えている今なら、これに準じた変化も可能なのではないかと考えたアレルはそれを試し始める。
ただ、魔力と固体がどうしても結び付けられなかったので、試すのは気体の心象だけになった。なので、アレルは感知から伝わるロバートの攻撃の意思を汲み取りながら防御に徹し、水が液体から気体になる心象を魔力へ反映させていく。
沸騰からの体積の膨張、雲や霧の心象、アレルは自身の中の想像を魔力へと投影していく。その最中も、防御に徹している事を闘気で感じたのか、ロバートの攻撃は苛烈さを増して三回に一回の割合でアレルの防御を抜けてくる。だが、そんな中でも魔力と気体の心象を重ねられたアレルは、それを感知の魔力を拡げたみたいにして自身の周囲へ散布してみる。
「なッ!?」
その瞬間、何故か驚いた様な反応を返したロバートがアレルから距離を取ろうとして反射的に飛び退く。そんな予想外の反応に、アレルは思わず首を傾げてしまう。
「ロバート? どうしたんだ、一体?」
「どうしたなどと······それは、こちらの台詞で御座います。一体、アレル様は何をされたのですか?」
ロバートは、まるで未知のものを恐れるみたいに、警戒を強めながら訊ねてくる。それに、アレルは肩を竦めながら何でもないかの様に答える。
「いや、何をって言われても単純に魔力を霧状にぶち撒けただけなんだけど、そっちこそ何でそこまで警戒してんだ?」
「成る程······そういう事でしたか」
そう口にすると、ロバートの方は納得出来たのか、警戒を一段階下げて話を続ける。
「一から説明致しますと、私は闘気でアレル様の動きなどを探っていたのですが、アレル様が魔力を霧状に撒かれた瞬間にそれまで感じられていた気配などが一切感じられなくなったので御座います」
「は?」
「おそらくですが、それにはアレル様の魔力が感じられづらいという事に起因しているのかと思われます」
つまり、ロバートが言う事を噛み砕くとアレルの魔力は闘気では感じづらく、その魔力を霧の様に散布したせいで目の前にいるのに感知上では突然消えた様な気持ち悪さから警戒をしたらしい。その事から、アレルはマスラオから言われた自身の魔力がエーテルの海から生み出されるものと近いという言葉を思い出す。
(もしかして、この霧の様に魔力を散布する方法は、感知上でのステルス迷彩みたいな扱いが出来るのか? その理由も、エーテルの海から生み出されるものと俺の魔力が近い性質を持っているからこその効果なのか)
そう感じたアレルは、霧状魔力は感知には使えないが、別の潜入などには効果が期待出来るのではないかと考える。そこへ、ロバートが構えを改めて声を掛けてくる。
「アレル様、そういった応用まで可能となったのならば、そろそろアマデウスの方をお試しになりましょうか?」
「へ? いや······でも、まだ感知の方も中途半端なものしか出来てないし」
「それを言うなら、投擲術にしても徒手格闘にしてもまだまだな所は御座います。ですが、元より今日のものはあくまでアレル様がお一人でも修練を重ねられる様な取っ掛かりを掴んで頂くものです。十全に身につけられるまでやっていたら、一日二日では終わりませんよ」
そう言われて、それはそうだと理解を示したアレルは反論する事を止める。思えば、この時間でロバートから教わったものは、その全てに修練の余地を残したまま終わっている。
ただ、そのどれもが後に何をどうすれば良いかという道標的なものは得られている状態だ。つまり、ロバートは今回の事を糧に、この先は一人でも試行錯誤しながら修練を重ねて自身の戦い方を築いていけと言っているのだ。
それにアレルは、心のどこかでロバートに頼りきっていた部分があった事を自覚する。でも、そうして最後までロバートに教わってしまえば、それはロバートの劣化品を目指すに等しい行為だとアレルは自省する。
「そう······だよな。俺はロバートとは違う。だから、ちゃんと自分の戦い方を自ら作り上げていかなきゃならないんだよな」
言いながら、アレルもロバートと同様に構えを改める。対して、ロバートはまるで言うべきはもうないかと言うみたいにフッと軽く笑う。
「まあ、最後まで教えて差し上げたいのは山々ですがね」
「ハッ、心にもない事を」
「そんな事は御座いません、純然たる本心ですよ。あなたは、本当に危なっかしい方ですからね」
そんな事を口にしながらロバートは闘気を昂らせ、対してアレルは魔力を満たしていく。
「アレル様、ここからは本気でいきますので覚悟して下さいませ」
「ああ、そっちもアマデウスの力には気を付けろよ」
そうして交わした言葉が、二人にとって開始の合図となった。
先に動いたのはロバートで、というかアレルはそのロバートの動きの速さに反応出来ずに棒立ちになっていた。アレルも感知を疎かにしていた訳ではない。それでも、アレルが感知したところで反応の出来ない速さでロバートは右拳をアレルの鳩尾に抉り込んでくる。
直後、鳩尾への攻撃で身体をくの字に折ったアレルへ、ロバートはバク転するみたいな動きでアレルの顎下を蹴り上げ上体を起こさせると、アレルの懐で沈み込みアレルの身体を宙に蹴り飛ばす。
初撃の余波で、ここまで何も出来ずに宙に浮かせられたアレルは何かしようと慌てるも、ロバートは自身も跳躍してアレルへ追撃を加えてくる。まずは、上昇が止まった瞬間のアレルの身体へ更に蹴り上げを加え、一度着地してから再度跳躍したロバートは右拳左拳と交互に殴りつけ、最後に腹を下にしたアレルの背に踵を落としてアレルを地に叩きつける。
「ガハッ!」
叩きつけの勢いを殺せず、地面で弾むアレルはこうまで一方的にやられるのかと衝撃を受ける。しかし、そんなアレルにロバートは着地と同時にアレルの背に拳の追撃を加えてくる。
「ウグッ······!?」
その一撃は、叩きつけられた時に肺の酸素を吐き出してしまったアレルに対して、まるで呼吸をさせない様にする為の一撃であるかの様に背中側の肺の辺りに打ち込まれる。そうして、呼吸すらまともにさせてもらえず、うつ伏せで地に伏せたままロバートに背後を取られた状況は正しく窮地だった。
自分では、もう少し出来るんじゃないかと思っていた。ただ、こんな状況を打開する策なんて一つしかないのも事実なアレルは、息も絶え絶えの中でそれを口にする。
「告げる、恩寵受けし身で······望むは、鋼の体躯『マスラオ』」




