一章〜非望〜 四百三十四話 循環と膨張
説明を終えると、アレルの回復を待つ間に時間を無駄にはしたくないというロバートの提案で、アレルの身体を柔らかくする為の柔軟が行われた。アレルとしては、先にロバート一人で闘気の循環を試みてもらっても良かったのだが、循環に関してはアレルの方が長けているとのマスラオの言葉により拒否されてしまった。
ただ、マスラオのその言葉には少し疑問が残る。何故なら、アレルは自らの意思で魔力の循環などやった事が無いし、経験といえば意識だけの時に霊子の循環で生み出された力の奔流に触れただけだからだ。それを踏まえて、アレルは果たして自身がロバートよりも長けているなどと言えるのだろうかと頭を悩ませる。
しかし、そんな経験でも全くそういったものに触れていないロバートよりかは幾分秀でているとも言えなくはないかと、アレルは柔軟を受けながら考え直す。それでも、アレルの中にはいくらかの不安が残る。
(マスラオは、枷は頑丈にしておくみたいな事を言っていたけど、やっぱり掛ける負荷は小さい事に越した事はないよな。もし、万が一にでも枷が壊れる様な事があれば今度は助けてくれる奴がいないなんて事も考えられるし)
今のアレルは、マスラオの言う枷により霊子が力を生み出す能力を制限されている状態だ。それがあればこそ、アレルの身体は内側から壊される事なく、普段通りに過ごす事が出来る状態にある。
それ故に、枷が壊れるとアレルの意識を四散しかけた力の奔流が、今度は意識ではなくアレルの身体の方を攻撃し始めると考えられる。そういった考えから、アレルは霊子の循環に繋がりそうな魔力の循環に対して気後れしている。
「アレル様、一通り終わりましたが、魔力の方は使えそうになられましたか?」
そこへ、アレルの柔軟の補助をしていたロバートが、そろそろ回復したのではと伺いを立ててくる。それに、アレルは自身の胸に手を当てて瞑目する。
そこには、少し前まであった妙な虚脱感は無く、確かな力の巡りを感じる。ただ、それは以前よりも掴み所がなくどこか純度が増しているかの様にアレルには感じられた。そして、アレルはゆっくりと閉じていた目を開いていく。
「ああ、一応使えるとは思う」
何故か、マスラオとの交流の前後でアレルは内側に感じる魔力の質の変化を敏感に感じ取る。それは、以前とは違って淀みが無く、清らかというかどこか透明度が増したような感じもアレルはしている。
果たして、そんな微妙な差異とはいえ、アレルは変化前と同様に扱えるのかと怖気づいてしまう。そういった不安とも言えない気持ちが迷いとなって、アレルに『一応』とまるで予防線を張るみたいな一言を無意識に口にさせる。
対して、ロバートの方はアレルの発した言葉から何かを察したみたいで、アレルの肩をポンと叩く。
「ならば、まだお休みになられますか? 別に、私の事は考えずともよろしいので」
その提案に、アレルはゆっくりと首を左右に振る。
「いや、やるよ。何か問題があるなら、早めに知った方が対処もしやすいし、どうせ何か起こるなら早いか遅いかの違いぐらいだ。それに、ロバートよりも俺の方が長けているなんて言われたら、その信頼には応えないとさ」
アレルは、そう言いながら不安を吹き飛ばそうと心の中だけでガハハハと豪快に笑い飛ばしてみる。すると、意外にもスッと心が軽くなったので、声は聞こえずともどこかしろで助けてくれてるのかもしれないとアレルは思う。
そうして、どこか背中を押された気分になれたアレルはロバートから少し離れる。
「アレル様?」
「取り敢えず、ロバートも循環を身につけたいって認識で良いんだよな?」
「ええ、私もまだまだだと思い知らされましたので、目指せる頂があるのなら挑戦させて頂きたいと思います」
「じゃあ、まずは俺がやってみて感じた事なんかを伝える形で良いか? というか、それしか出来ないんだけど」
「どうぞ、ご随意に。これに関しては、私の方が教えを請う立場なので文句は御座いません」
ロバートは、それだけ答えると流れる様な動きで、アレルの集中を邪魔しないように視界から外れる。それを受けて、アレルは自身の力の流れに集中する為に再び目を閉じる。
まずは、いつも通りの身体強化を施していく。ロバートが言う所の闘気法、それと同じと言われたやり方でアレルは全身に魔力を流していく。ここまでは、以前と比べ多少魔力が流れやすくなっているといった感覚はあったものの、変化と呼べる程の違いはなく行う事が出来た。
続いて、アレルは循環を意識した魔力操作を始める。全身に行き渡らせる感覚から、更に踏み込んで末端まで行き届いた魔力を再び身体の中心へと戻す感覚に変えていく。さながら、心臓と肺を中心に身体中を駆け巡る血流の様なものを頭に思い浮かべて、アレルは一先ず魔力を一周させてみる。
ただ、循環というだけあって一周だけではこれといった変化は感じられなかったので、アレルは一度出来たからと魔力操作の速度を上げていく。一巡を約三十秒で終える血流然り、アレルは循環の起点を心臓から気の中心と言われる臍下の丹田に移して、何度も何度も魔力を全身に回していく。
すると、突如として体内を回していた魔力がブワッと一瞬で太くなったみたいな感覚が伝わる。そのせいか、全身を駆け巡る魔力量すらも増加した様な感覚を覚える。但し、それは確かに徐々に増え続けている様な感じがするものの、量としては微々たるもので戦闘中に失った魔力を回復させられるとかいう類のものではない。
(成る程、この辺りが魔力や闘気では出来ない霊子との隔たりなのか)
もし、循環しているのが霊子ならばそこから新たに魔力や闘気が生み出されるが、魔力の循環ではあくまでも膨張止まりになる。そう理解したアレルだったが、膨張した魔力は更に面白い変化をしていく。
魔力は、一旦膨張を始めると総量は然程変わらないにも関わらず、何故か力を溜め込み始める。要は、総量が変わらずとも溜め込んだ力を解放させる事で利用した際の効力を高められる可能性が秘められているという事になる。
そこで、アレルは時間経過と共に徐々に効果が劣化していく欠点のある自身の強化を補う為に、この膨張した魔力をマスラオがしていたように強化の維持へ回してみる。すると、劣化する事自体は止められないものの、初期出力の一割減の領域を上下する程度には留める事が可能になった。
「強化は強化でやりようはある······か。マスラオが言ってたのは、こういう事だったのか」
「アレル様、何かお解りになられたのですか? 一応、私の方でもアレル様の魔力の流れを感知しようとしていたのですが、やはりアレル様の魔力は感知しづらかったので」
「ああ、そうか。なら、今から説明するけど、ロバートってどうやって闘気を操作しているんだ?」
アレルは、何かを掴んだ様子を察して近づいてきたロバートに訊ねる。
「そうですね、私の場合は自身の闘気を知覚可能なので、適宜必要な所へ動かしています」
「なら、それを身体の中を血が巡るみたいに臍下辺りから全身を循環させるんだ。そして、一巡出来たら徐々にその速度を高めていく」
アレルの言葉に従い、ロバートは言われた通りに闘気を操作し始めた様子を見せる。しかし、どこかで苦戦しているのか、その表情を僅かに歪ませ始める。
「ロバート?」
「いえ······申し訳ありません。少々、梃子摺っていますので待って頂けると幸いで御座います」
そう言われ、それならば助言をするのも憚られるなとアレルは沈黙を守って自身の魔力操作へ集中する。そうしている内に、ふとアレルは思う。この魔力の循環で得られる、膨張の力を予め考えていた強化時の劣化対策へ応用したら、どれ程の効果を発揮してくれるのだろうと。




