一章〜非望〜 四百二十八話 奔流の中で
そうして、いざ現状を打破する為に動こうと決意したアレルだったが、正直何をすれば良いのか判らない。そもそも、意識だけしか自由にならないのに、そんな自分に何をさせようとしているのか未だにアレルは理解出来ていない。
そこで、アレルはここまでのマスラオの話を少し整理してみる。マスラオが言うには、今のアレルの身体は内側から生み出される力によって、許容限界以上にまで力が溢れている状態らしい。更には、普段それらを押し留めていた枷とやらも緩んでいたと言う。
その緩んだきっかけは置いておくとして、現状それを内側からマスラオが消費して、その消費を加速させる為に外からロバートが打撃を加えている。それ故に、今は良いが後々一人で対処出来なくなると困るので、マスラオはアレルに自らの感覚で余剰分の力を散らす術を身につけろと言ってきている。
──今のそなたは意識だけの存在だ。だからこそ、自らの内に集中も出来る。内から生み出される力の本質を、今ここで掴み取れ。
正直、そんな事を言われてもアレルには理解出来ない。そもそも、その内側から生み出されている力自体、感じられない訳ではないが酷く希薄に感じられるので、アレルにはそこまで切羽詰まった状況だとも思えない。
ただ、要約するならば元々力を生み出す能力が高かったものの、そのままにしておくと身体が力に耐えられる様になる前に生み出す力の方が大きくなりそうだった。だからこそ、マスラオはその力を生み出す能力に枷を掛けた訳だが、不慮の事態で枷を上回る能力を発揮した為にわざと枷を外したのが現状だとアレルは理解する。
そこで、アレルは自身に要求されているのは、マスラオが力の消費をしながら再び枷を掛ける間にアレルはアレルで万が一に備えて力を外へ逃がす術を身につけろという事だと考える。
(······なんか、破裂寸前の風船みたいだな。でも、空気を送り込むポンプの方がいくら制限しても空気を送り込むから、風船の方でガス抜きをしろって事だよな)
──······深刻さが解ってないようだし、言ってる事もよく判らん事が多いが、概ねそんな理解で構わんだろう。それで、出来るか?
どうやら、マスラオは身体を共有しているからか、アレルの考えに言葉を返してくる。しかし、考えが筒抜けなのがどこか落ち着かないアレルは辟易する。
──気持ちは解らんでもないが、慣れろ。持って生まれた宿命だ。それで、枷の方だが以前と同じにすれば今回の二の舞いになる。故に、多少のゆとりをもたせるからそれの扱いにも慣れろ。
(どういう事なんだ?)
──これまでと違い、多少は扱える力の量が増えるという事だ。但し、勘違いはするのでないぞ。あくまでもそれは枷があって可能な訳で、もし枷を壊せば溢れる力が汝を内側から壊しにくるからの。
話から察するに、アレルの考え方では風船は膨らんでいてこそ力として利用出来るが、枷が壊れて機能しなくなれば破裂した風船が萎んで力として利用出来なくなる上に、風船を膨らませていたものが身体を壊し始めると解釈する。マスラオも、特に何も言わない事からその認識で間違ってはいないのだろう。
ただ、そこで突如としてアレルの意識にズシンとそれまで存在してなかった負荷がのしかかって来る。
──悪いが、我慢せい。いくら自らの肉体とはいえ、その程度耐えてもらわねば干渉する事など叶わぬ故な。
マスラオの言葉に、アレルは文句の一つも返さずに何とかその負荷に耐える。上手い例えが思いつかないのもあるが、その負荷は少しでも気を抜けば意識がバラバラにされるんじゃないかと思う程で、本来なら意識だけでどうこう出来るかと文句を口にするところだった。
しかし、それでもアレルが文句を口にしないのは、それ程の負荷でも残りの大部分を引き受けているのがマスラオなのだと直感で理解出来るからだった。
──ハッ、それぐらい気にするでない。ただの、先達としての意地ゆえな。だが、手を貸せるのはここまでだ。力を散らす感覚は、己のみの力で掴み取らねばならんぞ。
マスラオは、それだけ伝えるとアレルの邪魔になると思ったのか、アレルの意識に語り掛けてくるのを止める。その代わり、マスラオは身体の方で話し始める。
「のう、そなたは何故闘気を全身にいき渡らせて終わりにしておるのだ?」
「はあ? 何言ってやがる。それ以外に、使い方なんてねえだろ!」
訊ねられたロバートは、右脚を上げたままアレルの脇腹、鳩尾、喉元と流れる様に三連蹴りを繰り出しながら返す。対するマスラオは、そんな攻撃を腕を組んだまま微動だにせず受け止めながらもどこか呆れ気味に応える。
「い〜や、それだけではないぞ。魔力にしろ闘気にしろ、最も重要なのは循環だ。生み出された力を、まずは循環させ膨張を経て放出へと至る。これを滞りなく行う事で、己の力を掌握し本当の意味で扱えると言うのだ」
その言葉に、アレルは直感でその言葉がロバートだけではなく自身にも向けられている事を察する。故にアレルは、まず自らの内側に溢れる力に意識を集中させる。
「ふざけるなッ。内勁だけの俺に、放出なんて出来る訳がないだろ」
しかし、マスラオの話はロバートには受け入れられずに反発的に捉えられてしまう。それでも、マスラオは余裕を見せてガハハハと豪快に笑う。
「そなたの方こそ、何を言っているんだ? 放出というのは、あくまで力として発現させる事を意味し、先程からそなたが攻撃の当たる瞬間に闘気を瞬間的に高めているのもそれに当たるではないか」
マスラオは言う。放出とは、あくまで大きな分類を指す言葉で、細かく言えば他にも放出の手段は多種多様に存在していると。アレルは、そこから先程マスラオが自身に伝えた世界の循環に自身の循環を合わせるという事も、そこに含まれるのだと考える。ただ、そんないきなり世界と同調しろなどと言われても、そんなだいそれた事は簡単に出来はしない。
なので、アレルは一先ず己の内から湧き出る力を感じ取るところから始めようと考える。だが、そうして力の流れの中心に意識を向ける事でアレルに襲い掛かる負荷は更なる牙を突き立ててくる。それは、意識だけのアレルを上下左右バラバラの方向へ捻り上げ、まるで渦潮か竜巻にでも巻き込まれたかの様な苦痛を強いてくる。
だが、そんな苦境に立たされようとも、アレルはただ負けたくないという一心で自我を強く保ち、その激流の源を探る。そうする過程で、アレルはマスラオの語った循環という言葉が痛い程に理解させられる羽目に合う。何故なら、アレルを苦しめる激流は奥底へ向かえば向かう程に激しさを増して、一度通り過ぎた流れですら舞い戻り激しさに厚みを持たせてくるからだ。
(これが、循環?)
思えば、アリシアに魔力を引き出して貰った時、そのアリシアが弾かれるみたいに手を離した。目には見えない魔力とはいえ、こんなものに触れたのだからそれは当然の反応だったのかもしれないと、アレルはあの時のアリシアに対して申し訳ない気持ちになる。
ただ、そこからはマスラオの言う膨張が起こる気配もなく、依然としてバラバラにされそうな激しさではあるものの、アレルは徐々にその流れに慣れてくる。そして、アレルは直感的にマスラオが口にした膨張とはここから組み上げたものに対して己の手で行うものなのではないかと考える。
(もし、それが間違っていないなら、普段の俺が使える少ない魔力でも膨張の技術次第で戦闘力を向上出来るかもしれない)
循環の渦に身を置くアレルには既に聞こえないが、渦の中に飛び込む前のマスラオはロバートに対して放出の説明が言葉足らずだった。そのマスラオが説明下手なら、膨張という言葉も何かしら別の意味が含まれている可能性もあり、アレルはそこにも今後の活路を見出す。
ただその瞬間、油断が生じたのかアレルの意識は外に向かう渦の流れに乗せられて、循環の外へと投げ出されてしまう。それでも、力の循環をその身で受け膨張の可能性を掴んだアレルは、意識だけのはずなのに勝鬨を上げるみたいにしっかりと拳を突き上げた。
そんな最後の最後の中で、不意にアレルは一瞬だけアリシアの顔を思い浮かべてしまう様な何かを循環の中から感じ取るのであった。




